第139話 魔法少女 vs『傀儡師』④ 【side】

「くっ……あれが研究の成果ってこと……! 大きいわね……」



 地上を埋め尽くす妖魔の群れを見下ろし、シャイニールナが呻くように言った。


 だが、その口調に悲壮感はない。



「ま、強化したこの子たちの性能を発揮するにはちょうどいい相手だわ! 腕が鳴るわね」



 言って、彼女は二挺の拳銃をジャキンと持ち直した。



 ミラクルマキナも同感だ。


 もちろん、この物量と質量を兼ね備えたワーム型妖魔と、武装した寄生型妖魔を相手にするのは、普通の魔法少女では不可能だろう。


 だが、少なくとも今の自分たちは『普通の魔法少女』ではない。



 この程度の修羅場、どうということもない。


 先日の戦闘訓練で廣井さんと魔法少女化した桐井さんを相手にする方がよほど恐ろしかった。


 というかなんであの人たち、気づいたら背後に立っているんだろう。


 あの威圧感とヒリヒリとした緊張感に比べれば、こんな状況はピクニックも同然だ。



「えっと、私は……」


「セイラさんは『寄生型』の駆除ね。強化型『タナトス』の魔力刃なら、中の人間を傷つけないだろうし」


「で、ですよね!」



 シャイニールナの言葉に、少しホッとした様子で息を吐くゴシックセイラ。


 彼女はどうやらあのワーム型妖魔が苦手のようだ。


 ならば適材適所でいい。


 そもそもあの巨体を横取りされたくない。


 早く暴れたい。



「さっさといくわよ。そろそろ足場がもたないし」


「だからなんでアンタが仕切ってんのよ……」


「いいからいくわよ!」


「はいはい」


「う、うん!」



 ミラクルマキナの合図とともに、三人の魔法少女がマンションの屋上から一気に飛び降りた。



「はああぁーーっ!」



 ミラクルマキナが落下する勢いのまま、地上で待ち構えていたワーム型妖魔の頭部に『ガベル』を叩きつける。


 ビリビリと強烈な手ごたえが柄から伝わってくるのと同時に妖魔の巨体が一気に膨張、爆散した。


 あとに残るのは、バラバラに飛び散った妖魔の肉片と、猛烈な衝撃により生じた地面のクレーターだけだ。



「まずは一体……!」


『ボアアアァァッ!!』



 とはいえ、彼女が息をつく暇はない。


 十体近くのワーム型妖魔が、一気に押し寄せたからだ。



「……ははっ! みんなまとめて挽肉にしてあげるわ!」



 牙だらけの口吻を広げ襲い掛かってきたワーム型妖魔を横に飛んで躱し、捻った身体の勢いを利用して『ガベル』を頭部に叩きつける。



 『ォボッ!?』



 柔らかい妖魔の頭部がゴムのようにぐにゃりと変形し、直後、奇妙な断末魔とともに爆散。



「まだまだ!」



 ミラクルマキナは獰猛な笑みを浮かべながら、次々と迫りくるワーム型妖魔の巨体を殴りつけ、蹴り飛ばし、どんどんと粉砕していく。



「ふん、こいつらキモいだけで図体だけの虚仮威こけおどしだわ!」



 横で聞こえた声にチラリと目を向けてみれば、シャイニールナが強化された二丁拳銃で近くにいたワーム型妖魔の上半身を吹き飛ばしていた。


 手に持っているのはいつもの拳銃だが、その威力はまるで大砲だ。


 どうやら彼女も危なげなく戦えているらしい。



「はあっ……!」



 少し離れた場所を見れば、ゴシックセイラが俊敏な動きで寄生型妖魔を翻弄し、魔力の大鎌で次々と敵を刈り取っていた。


 彼女は人間に寄生した妖魔を相手にしているせいで少しばかり繊細な・・・攻撃を強いられていたが、その戦いぶりは危なげないものだ。



 結局、ミラクルマキナたちが妖魔の群れを殲滅するのに要した時間は、ほんの数分だった。



「さて、これでもう打ち止めかしら?」



 三人の魔法少女が『傀儡師』を取り囲む。


 すでに郷田氏からは『周囲の妖魔の殲滅を確認』と報告を受けている。


 残るのは、目の前の怪人だけだ。



『う、嘘だ……僕の『強化ワーム』が……完全武装の『パペッツ』が……瞬殺……だと!?』



 どうやら『傀儡師』は、この光景があまりに想定外だったようだ。


 ワナワナと唇を震わせながら、虚ろな目で遠くを眺めている。


 ミラクルマキナからすれば、至極当然の結果に過ぎなかったが。



 だが、『傀儡師』が呆けていたのは一瞬のことだ。


 残る右腕で左肩を掻きむしりながら、『傀儡師』が咆哮した。


 傷口から勢いよく蔦が飛び出し、欠損した部位を補うように絡み合ってゆく。



『くそ……舐めるナよクソガキ共があアァァッ! なるべク傷つケずニ捕獲してやろウと思っタオレ・・の優しさヲォッ! 土足デ! 踏ミニジリヤガッテエェッッ……!! 上等ダッ! ナラバコノオレガ直々、本気ノ本気デテメエラヲ挽肉ニシテッッ――――ごぺッ』



 さらには寄生型妖魔のように身体がボコボコと肥大してゆき――


 直後、その身体が爆散した。



「……あんたさ、戦闘中に悠長に能書きたれながら変身なんてしてる暇あるの?」



 ばらばらと降り注ぐ血肉を浴びながら。


 全力で『ガベル』を振り抜いたミラクルマキナが、呆れたようにそう吐き捨てた。




 ◇




『結界内に存在する全敵勢力の殲滅を確認した。これにて作戦を終了する。三人ともご苦労だったな』



 インカムから聞こえてくる郷田氏の声を聞き流しながら、ミラクルマキナはその場に立ち尽くしていた。



 怪人『傀儡師』の居た場所には既にその痕跡は見当たらず、倒壊したマンションも戦闘の余波でクレーターだらけになった駐車場のアスファルトも、すっかり元通りだ。


 ただ、街灯の冷たい光に照らされた静かな世界が、シンと冷えた空気の中でたたずんでいる。


 『遮音結界』で起きた破壊は、基本的に現実世界に反映されることはない。


 それは分かっている。



「……お父さん、お母さん」



 何かが込み上げてくるのを期待してそう呟いてみたが、それでも心の中はいでいた。


 と、そこで思い出す。



 魔法少女は変身中、身体だけでなく精神力も強化される。


 怒りの感情や不安感、それに緊張感や恐怖心などは戦闘において必要とされるためほとんどそのままだが、悲しみの感情や痛みには極端に鈍くなってしまう。



 今はそれがたまらなく不安だった。



「マキナちゃん、そろそろ帰ろう……マキナちゃん?」



 ふいに肩を叩かれ振り向く。


 ゴシックセイラだ。


 なぜか心配そうな顔で立っている。



「……私は大丈夫」


「まだ何も言ってないんだけど……」



 微妙な顔をされたが、あえて無視した。



「それで?」


「あっ、ルナちゃんが一緒にご飯食べて帰ろうって」


「私は別に……」



 と言いかけて、考え直した。


 全力で戦ったせいか、お腹は減っている。


 それに、今日は自宅に戻り一人で食事をする気分でもなかった。



「……分かった、行く」


「じゃ、行こ? 私、もうお腹ペコペコで」



 言って、ゴシックセイラが手を差し出してくる。


 普段、こんなことをしてくる子だっただろうか?


 一瞬そんな疑問がよぎったが、気にしないことにした。



「……ん」



 小さく頷いて、ミラクルマキナはそっと彼女の手を握り返した。

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