第134話 社畜と従魔の休日
『別室』が予定している朝来さん、加東さん、能勢さんへの戦闘訓練は、一週間ほどの期間を設けて計四回ほど実施することになっている。
とはいえ、彼女らは魔法少女である前に学生である。
平日は授業があるため極力避ける必要があり、必然的に四回のうち二回を土日に
ちなみに訓練以外の三日の内訳は、二日が新装備の確認、残りの一日は彼女たちの休養日である。
そんなわけで土日ともに休日出勤となってしまうが、その代わりに訓練のない平日を俺と桐井課長の休日に充てることになった。
さて、ここで重要なポイントが一つある。
平日休みとは、つまり――平日に休めるということである。
◇
「うーむ、やはり平日休みは最高だな……」
「…………」
カラっと晴れた冬空の下。
俺は近所の公園のベンチに腰掛け、しみじみと呟いた。
朝はクロと一緒にご飯を食べてから、一人と一匹で二度寝。
正午をかなり過ぎてから起きだして適当に昼食を取り、さらにベッドで小一時間ほどスマホを弄り、その後街に繰り出すか積んでいたゲームをやるか迷ったあげく……そのどちらでもない選択肢を選んだ。
つまり
もちろんクロも一緒だ。
彼女はベンチに腰掛ける俺の膝にピョンと乗り、のんびり三度寝を決め込んでいる。
最近の『別室』の仕事は地味に忙しいので、こういうオフらしいオフは俺もクロを見習って全力でぐだぐだしなければ。
「はあ……平和だなぁ……」
俺は近くの自販機で買ってきていた缶コーヒーを一口すすり、しみじみと呟いた。
少し離れた場所のベンチでは老夫婦が寄り添いながらおしゃべりに興じている。
公園の奥にある遊具広場では、小学生くらいの子供たちが歓声を上げながら鬼ごっこをしている。
その横を、学校帰りと思しき女子高生がぶらぶらと散策しているのが見えた。
以前、魔物と激しいバトルを繰り広げたとは思えない平和な光景だ。
まあ、そもそもこの光景が通常なのだが。
「…………」
と、そのとき。
周囲を散策していた女子高生が俺の方を向いた。
彼女は一瞬驚いた顔をする。
それから……どういうわけかこちらに向かって小さく手を振り、小走りで近寄ってきたのだ。
一瞬、俺の近くで友達とか彼氏とかと待ち合わせでもしているのかと思ったのだが、完全にこちらに向かってきている。
というか、ものすごく見覚えのある顔だった。
「やっぱり廣井さんだ! お疲れ様です! ……こんなところで何してるんですか?」
彼女は軽く息を弾ませながら、俺の目の前までやってきて笑顔で話しかけてきた。
「……こんにちは、加東さん。見ての通り、犬の散歩の途中だよ」
厚めのマフラーで口元を覆っていたせいで近くにやってくるまで彼女だと確信が持てなかったが、間違いなく加東さんその人だった。
……それにしても、まさか休日にこんな場所で出くわすとは。
「というか、こんな格好で悪いね」
俺は自分の格好に視線を落としてから苦笑した。
当然だが、いつものスーツ姿ではない。
特に今日はクロの散歩がメインだったので、上はジャケットだが下はスウェットで、靴は歩きやすいスニーカー。
洒落っ気の欠片もない、完全無欠のオッサンスタイルである。
もっとも、加東さんは気にした様子はない。
むしろ、なぜか嬉しそうな顔だ。
彼女は俺の言葉に小さく横に振って言った。
「いえいえ! それよりも休日の無防備でアンニュイな様子の廣井さんを見れちゃいましたので、私的には全然オッケーです!」
「そ、そっか」
彼女の真面目な性格からしても皮肉のたぐいでないことは分かるが……実際にそう言われて嬉しいかと言われると微妙なところだ。
オブラートに包んではいるが、要するにくたびれたオッサンってことだからな……
まあ、実際その通りなので気にしたら負けだ。
とりあえず話題を変えよう。
「それより、加東さんこそこんなところでどうしたの?」
加東さんのご自宅は数駅離れた新興住宅街だったと記憶している。
通っている高校からも離れているし、わざわざここに足を運ぶ必要はないはずだが。
「いえ……あさって、もう作戦当日じゃないですか。ちょっと、初心に返ろうと思いまして」
「なるほど」
たしかにこの公園は、彼女がクリプトとかいう異世界の強力な魔物と戦い……そして敗れた場所だ。
なんとなく、彼女がここを訪れた理由が分かった。
――今回の訓練は数回程度だったが、加東さんを始め三人ともグングンと力を付けてゆき、最初からすると見違えるような強さを身に着けていた。
というか十代の子って、本当にスポンジみたいに教えたことを吸収していくんだよな。
三人の連携といい、供与された新武器の習熟度といい、感心するほどだった。
なにしろ新武器については『装備課』の三木主任の軽い説明のあと、ちょっと試し撃ちみたいなことをしたあとすぐに使いこなしてたからな。
おかげで直近の訓練では、三人がかりで掛かってこられるとだいぶ苦戦するようになっていた。
多分だが、一連の訓練で相当実力と自信が付いたのではないかと思われる。
……まあ、俺も『魔眼光』とか『深淵魔法』は不使用で、『バッシュ』もほとんど使ってない縛りプレイ状態ではあったけれども。
いずれにせよ。
そんなタイミングだからこそ、ここで一度初心に立ち返り苦い敗北の味を思い出すべきだと、彼女は考えたのだろう。
もしかすると加東さんだけでなく、他の二人もそれぞれの方法で勝利を確実とするためのルーティンを行っているのかもしれない。
ちなみに俺は、三人に『わざと勝たせる』ことは結局しなかった。
もちろん桐井課長の言う『勝利体験』の重要性はよく理解できる。
仕事でも、新人の頃に小さなことでも成功体験があるのとないのでは、その後のモチベーションに多大な影響を及ぼすからな。
けれども三人の訓練に対する真摯で貪欲な姿勢を見て、『与えられた勝利』になんて意味がないと考えを改めた。
――結局、『勝利は奪い取るもの』だからだ。
ちなみに桐井課長も最終的には俺と意見を同じくするようになったようだ。
昨日の訓練では、課長自ら変身して彼女たちをボコボコにしていた。
「それより廣井さん、ワンちゃん飼ってたんですね。お名前は何ていうんですか?」
と、加東さんの話題の対象は俺から俺の膝の上に乗るクロに移ったようだ。
「ああ、コイツの名前はクロだよ」
「クロちゃん……! か、可愛い……さ、触っていいですか……?」
加東さんは遠慮がちにそう聞いてくる。
さっきからチラチラと視線が俺の顔と膝で行き来してたので、どうやら初めからクロが気になっていたらしい。
一方クロは一見寝ているように見えるが、もちろん俺たちの会話はしっかりと聞き取っているらしい。
その証拠に、「触っていいですか?」のところで耳がピクンと小さく反応していた。
それは別にいいのだが……
「そういえば加東さん、犬苦手じゃなかったっけ?」
「あ、克服しましたからもう全然平気です」
きっぱりそう言ってのける加東さん。
そういえば、以前『
あれは妖魔のことだけだと思っていたが、普通の犬も平気になったようだ。
「というか私、もともと犬が大好きでして……! でもウチって親が犬とか猫がいるとアレルギーが出ちゃう体質で……なかなかこうやって本物に触れる機会がないんですよね……! 特にこういう黒柴系のワンちゃんは本当にもう目がなくて目がなくてハァハァ……!」
「そ、そっかぁー」
なんか加東さん禁断症状出てませんかね?
ていうか今君がモフろうとしているの、トラウマの根本原因なんだけどね?
……ちなみにその後、様子のおかしい加東さんによりもみくちゃにされたクロだったが……どういうわけか大人しくなすがままになっていた。偉い。
もしかしたら、以前の罪滅ぼしのつもりだったのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます