第133話 社畜、怪人役をやる
怪人に関する知識に関しては、戦闘訓練の数日前までに桐井課長からレクチャーを受けた。
曰く、怪人は神でも悪魔でもなく、不死身でもない。
身も蓋もない言い方をすれば、怪人とは『人語を話すちょっと強くて賢い妖魔』だ。
つまりこちらの戦力が奴らの戦力を上回れば、倒せる。
この法則に例外はない。
◇
「いいですか、廣井さん」
「ッス」
冬空の下。
ニコニコと笑みを浮かべた桐井課長が、ずい、と顔を近づけてそう言った。
最近コミュニケーション的にも物理的にも距離が近くなった気がする彼女だが、今回は特に近い。
それにしても良い笑顔だ。
ただ、今日の課長殿の目には『気迫』があった。
俺も笑い返そうとしたが、頬がピクリと引きつっただけだった。
「
「……ッス」
俺は彼女から目を逸らした。
背中が汗でぐっしょりなのは、さっき『激しい運動』をしたせいだろう。
澄み渡る青空の下、本社ビル屋上を吹き抜ける北風が俺の身体をどんどん冷やしていく。
……まさか戦闘の余波で『遮音結界』を展開していたマスコットが全員伸びてしまうのは、さすがに予想外だ。
おかげで寒くてたまらん。
「確かに怪人の脅威は、余さず伝えられたと思います。皆、骨身に沁みたことでしょう」
桐井課長はハァとため息を吐きながら続ける。
本社屋上のあちこちで倒れ伏した、三人の魔法少女たちを見渡しながら。
「ですが……今日はあくまで『訓練』です。勝利体験を積んでもらい、自信を付けてもらうのも目的の一つです」
「ッスネ」
死屍累々、というやつである。
もちろん三人とも死んではいないしケガもしていないが、しばらく起き上がることはできないだろう。
その中には朝来さんことミラクルマキナはもちろんのこと、加東さんことゴシックセイラの姿もある。
もう一人は黄色い衣装に身を包んだ子で、俺としては初めて見る顔だ。
たしか名前は
二挺の魔導拳銃『アッサル』『アラドヴァル』と近接格闘を組み合わせた独自の戦闘術で妖魔を狩る、異色の魔法少女である。
……いずれにせよ。
「すいません、張り切り過ぎました……」
素直に頭を下げた。
今回の俺の役目は、今回の作戦のために選抜された魔法少女に怪人との戦闘を疑似体験させることだ。
怪人は人型ゆえ、基本的には対人格闘訓練が有効だからだ。
もちろん最初は「グワー!」とか「ヤラレター!」とか言ってやられる役に徹していた。
いたのだが……
朝来さんとかこれ幸いと殺意マシマシで襲いかかってくるし、加東さんは朝来さんのフォローを完璧にこなしながら的確に俺の死角から攻撃を仕掛けてくるし、シャイニールナこと能勢さんは中遠距離から的確に狙撃してくるし……三人ともかなりの強さだった。
もちろん全員『寸止め』か当ててもごく軽く、を徹底していたが(約一名除く)、それでもこっちは『まあまあ強めの』怪人役ゆえ簡単にボコボコにされるわけにはいかないわけで。
懸命に攻撃を回避し、たまに軽く反撃をし、あちこちを縦横無尽に駆け回り、同士討ちを誘い――自分なりに一生懸命怪人役をこなしていたら、気が付けば三人全員が地面に倒れていた、というわけである。
まぁ、キチンとKOしたのは朝来さんだけで、あとの二人は体力と魔力切れを起こしてダウンしているだけだが。
……うん、反省してます。
「まあ、やってしまったものは仕方ありません。これは訓練ですからね」
桐井課長がこめかみをもみほぐしながら言った。
「特に能勢さんは怪人討伐経験があるせいか少し慢心していたようですから、いい勉強になったことでしょう」
俺たちから少し離れたところで大の字で倒れている彼女に顔を向け、桐井課長が言った。
ちなみに事前に確認した資料によると、彼女は隣の県に出現した怪人を単独で討伐したことがあるらしく、その経験を買われて今回の作戦に抜擢されたそうだ。
「ぐ……まさか本部の人にここまでいいようにやられるなんて……」
と、その能勢さんに俺たちの声が届いていたのか、上半身を起こしてこちらを睨みつけてきた。
確かに彼女はこの中にいた三人のうち、一番強かった。
なんといっても得物が拳銃だからな。
近接格闘を組み合わせたスタイルとはいえ、飛び道具ありな時点で他の二人とは戦闘力の次元が違う。
「まだ時間はあります。再戦しますか?」
「当然! このまま負けっぱなしで終われるわけがないでしょ!」
桐井課長がそう言うと、能勢さんが食いつくような勢いで応じた。
彼女はなかなかにプライドが高いようだ。
「あの、無理しないほうが」
「大丈夫です、ちょっと休憩していただけなので。もう一度手合わせをお願いします、教官」
言って、能勢さんが立ち上がる。
両手にはすでに拳銃が握られていた。
多少ふらついてはいるが、目は死んでいない。
ならば俺も教官として、彼女に応える必要がある。
「……分かりました。よろしくお願いします」
「ありがとうございます……では、参ります!」
能勢さん――シャイニールナが頭を下げる。
次の瞬間、彼女の姿が掻き消えた。
……左か。
半身をずらし回避。
直後、二条の閃光が俺のいた場所を刺し貫いた。
……まだだ。
さらに強い殺気が全身に叩きつけられ、反射的に首を軽く傾ける。
目の端に閃光が走った。
間を置かずチュン! と鋭い風切音が耳元で響く。
「一息で三連射か。殺意高いな」
思わず苦笑する。
まずはこちらの動きを止めるため胴体に二発。
さらには相手を確実に仕留めるための頭部への一発。
それを一連の動作として身に着けているらしい。
もちろん必要上以上に乱射することもない。
彼女の得物は拳銃型ゆえか弾幕を張れるほどの連射性能はないし、有効射程も数十メートル程度だ。
なので俺くらいの身体能力があれば、あっという間に距離を潰されてしまう。
それをきちんと理解している。
さすがは怪人討伐経験あり、だ。
ちなみに威力はともに最低出力まで下げているから殺傷力はほぼないが、当たれば熱した油が跳ねて肌に触れたくらいには熱い。
ゆえに彼女の殺気と銃口の向きをしっかりと見極めて回避を行う必要がある。
「まだまだ!」
シャイニールナが叫んで、距離を詰めてきた。
魔法少女の脅威は、武器の性能だけではない。
というか、それらは
本質は、魔力により強化された超人じみた身体能力である。
「ふッ!」
彼女の長い脚が一瞬折りたたまれ、俺の胴体を突き刺すように繰り出された。
まるで大砲のような前蹴りだ。
普通の人間が喰らえば、内臓破裂どころか大穴が開くことだろう。
だがこれは身体を捻って回避する。
「隙ありッ!」
「ぐっ!?」
体勢が戻る前に、俺のこめかみに『アラドヴァル』のひんやりとした感触があった。
とっさに頭をずらす。
耳元でキン! と甲高い音がするが、熱さは感じない。
回避成功。
「『隙あり』、お返しします」
「くっ――!?」
お返しとばかりに、身体を沈み込ませ彼女の鳩尾をポンと軽く叩いた。
もちろんこれは模擬戦だ。
『バッシュ』は使っていない。
だが、それが致命打となったことは彼女も理解したようだ。
「……参りました」
言って、シャイニールナが拳銃のトリガーから指を外し、両手を上げた。
勝負あり、である。
「ふう……」
「廣井さん?」
いい汗をぬぐったところで、桐井課長の凍てついた笑顔に気づく。
……あっ。
「す、すいません……つい」
「はあ……最後はきちんと三人を勝たせてあげてくださいね? 勝利体験を積ませるのも、訓練の目的の一つですからね」
言って、彼女が周囲を見渡す。
「ぐっ……よくもやってくれたわね」
「もう一度……お願いします!」
「わ、私も!」
見れば、朝来さんと加東さんもすでに立ち上がりこちらを見ていた。
まだまだやる気のようだ。
俺としてもまだまだ彼女たちの強さを引き出せるのならば、頑張らないわけにはいかないだろう。
「よし、今度は三人同時の連携を大事にしていこうか。朝来さんは単独で突っ込んでこないように」
「言われなくても分かってるし!」
「私は後方で援護するから安心して!」
――結局、ふたたび三人が力尽きて訓練が終了したのは辺りがすっかり暗くなってからだった。
……勝敗?
まあ、訓練期間はあと一週間ほどあるから……
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