第132話 社畜、怪人を考察する

「あいつの使役する妖魔は、ただの妖魔なんかじゃないわ!」



 会議室の長机をドン、と叩きながら、朝来あさごさんが忌々しそうな様子でそう言った。


 彼女には『傀儡師』討伐作戦とそのための戦闘訓練に参加することを条件に、情報提供をしてもらうことになったのだが……


 案の定、憎悪と怒りの感情であっちこっちに話が飛んでなかなか取りまとめるのに苦労することになった。


 まあそこは経緯が経緯だし、そもそも彼女がまだ中学生だということで仕方ない。



「まあまあ蒔菜さん、落ち着いて」


「たしか、動きが普通のゴブ……小鬼型妖魔の群れとはまったく違うということだったよね?」



 桐井課長が朝来さんをなだめ、俺は手元のメモを見つつ確認する。


 このあたりの話は、実はさっきから表現や言葉を変えつつ何度も出てきた内容だ。



「ええそうよ! ものすごく凶暴だったとかものすごく戦闘力が高かったとか、そんな簡単なものじゃなかったわ。何というか……全ての妖魔がまるでロボットみたいにそっくりな動きをしていて……それがあまりに異様で、当時はそれがものすごく恐ろしかったのを覚えているわ」


「なるほど……」


 

 確かにゴブリン兵が一糸乱れぬ動きをしているのはかなり異様な光景だが、これは重要なヒントだ。


 というのも連中は基本的に知能が低く、複雑な作戦を理解させたり軍隊みたいなビシッと統率された動きを取らせるのがとても難しいからだ(一応サルくらいの知能はあるので、縄張りの見回りくらいはできるようだが)。


 となれば『傀儡師』の能力でゴブリン兵を統率しているのだろうが、いくら妖魔を使役することが得意な怪人だからといって、連中にそのような行動をさせることが可能なのだろうか?


 考えられるとすれば、怪人が妖魔たちをただ従えさせているだけではなく、完全にその意思を奪って文字通り『操っている』ことだろうか。


 それは『魅了チャーム』のような状態異常を引き起こす魔法なのか?


 それとも、たとえば何かしらの物体を脳とか神経とかに埋め込んで強制的に体を動かしているのか?


 どちらも考えられるし、あるいは他の方法かもしれない。


 一番最悪なのは本当に妖魔が『賢く』なっているケースだが……さすがにこれはないと思いたい。


 まあ、複数のゴブリン兵が同じ行動をしていたとなると『傀儡師』が直接操っていたと考える方が自然だからな。


 これはあくまで俺の推測だが、もしかしたら今問題になっている『蔦の妖魔』をゴブリン兵に植え付け意思を奪い、支配下においていたのかも知れない。


 いずれにせよ、相手の手駒となる妖魔たちが見た目よりもずっと強い可能性が出てきたのは、懸念材料ではあると同時に朗報でもある。


 事前に『傀儡師』の能力の一端が知れたことで、これまでよりも正確な対策を練ることができるようになったからだ。



「そのあたりの話、もう少し詳しく聞かせてもらえるかな?」


「もちろんだわ!」



 朝来さんへの聞き取りは、夜になるまで続いたのだった。




 ◇




「課長、どう思います?」



 朝来さんへの聞き取りがひと通り終わり、彼女を帰したあと。


 俺と桐井課長は会議室に残り、聞き取った内容をまとめていた。

 


 ゴブリン兵に関する情報の他にも、朝来さんからいろいろな情報を得ることができた。


 どうやら彼女は、俺たちが行動を起こす前から『傀儡師』に関して独自に調べていたらしい。


 そのおかげで、郷田課長から提供されたものよりも詳しい情報が得られた。


 今後他部署にも共有した上で作戦を進めることになるだろう。

 


「そうですね……想定以上に『傀儡師』は手強い……というか、狡猾な相手のようですね」

 


 もっとも、課長の表情はあまりよろしくない。


 『傀儡師』が妖魔を操るやり方だけでなく、神出鬼没でなかなか尻尾をつかませないその狡猾な手口など、朝来さんから聞き取った内容は多岐にわたっていたが、それらは今回の討伐作戦を難しくする要素ばかりだったからだ。


 とくに面倒なのは、これは俺たちも疑っていたのだが――『傀儡師』には人間の協力者がいるらしいということだ。


 しかもヤツに使役されていたり操られているわけではなく、お互い協力関係にあるような状況らしい。


 最近アジトに出入りしている連中はどう見ても『蔦の妖魔』に寄生されていているので、連中とは別の人間だ。


 ほぼ間違いなく裏社会の連中だろう。


 面倒なことだ。


 となると、当然のように出てくる疑問がある。



「そういえば、怪人ってどのくらい人間社会に溶け込んでいるんですか?」


「そうですね……社会への侵食度は個体差がありますが、私が倒した怪人の中には、戸籍を持っている者すらいました」


「……本人を食い殺して成りすまし、ですか」


「私が知っているのはそのパターンですね」



 恐ろしい話ではあるが、人と変わらない知能を持っているならば当然想定されるべきではある。


 ただ、そういう連中は一応人間としての立場を持っているわけで、倒すにしても一定の段取りを踏むことことになるだろう。


 人間ならば、見つけてもいきなりボコボコにしたら傷害罪だし、殺せば殺人罪だからな。


 もっとも、そういうパターンだと判明すれば公安の専門部署が対処することになるらしいが。


 ただ幸いなことに、そこまで賢い怪人はごく少数で、大抵は山奥の廃墟などを根城にしていたりするのだそうだ。


 今回の『傀儡師』についてはかなり慎重に立ち回っているうえ人間の協力者がいる可能性が高いので、必然的に『成りすまし』のパターンを想定して、慎重に進めていく必要があるだろう。

 


「この件については、私の方から郷田課長と共有しておきます。おそらく公安とも連携する必要があるでしょうし」


「了解です」


「いずれにせよ、私たち『別室』がやることはあまり変わりません。対怪人戦闘の基礎は共通ですからね」


 

 言って、桐井課長が微笑んだ。


 ……そして、こう続けた。


 

「というわけで、今度の戦闘技能研修では廣井さんに『怪人役』をやってもららおうと思っています」

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