第125話 社畜、気になる

「おはようございます」


「あ、廣井さんおはようございます」



 月曜日。


 いつも通りの時間に出勤すると、桐井課長がオフィスの奥に座っていた。


 始業三十分前だというのに、彼女はすでに仕事を始めているらしい。


 早出だろうか……と思ったが、本社の管理職は比較的自由に勤務時間を決められることを思い出す。



「あ、私は早出にしたので気にしないでくださいね。廣井さんは定刻どおりの業務開始で大丈夫ですよ」


「了解です」



 どうやら俺の予想通りだったらしい。


 先週金曜日に退勤するときはそこまで仕事が溜まっていなかったように見えたのだが……



「あ」



 そこで思い出した。


 そういえば、妖魔を討伐したり確保したりしたときは報告書を作成することになっていた。


 桐井課長が一心不乱にPCのキーボードを叩いているのは、多分それだ。



 もちろん俺も作成する必要がある。


 もっとも、それ自体はそこまで負担の大きい作業ではない。


 通常の業務をこなしつつ、定時までに仕上げることができるような代物だ。


 おそらく桐井課長は報告書以外にも、立場上さらに各部署への引継ぎだとかいろいろな事務作業があるっぽいので、なるべく早めに片付けておこうという魂胆なのだろう。


 ということで、俺もPCを立ち上げすぐに取り掛かることにした。




 ◇




 朝来さんと加東さんが立ち去ったあと。


 結局俺と桐井課長は現場保存のためその場にしばらく待機し、本社の人間に妖魔と気絶したチンピラを引き渡した。


 バンを運転してやってきたのは二十代後半くらいの男女だ。


 二人ともビシッとスーツを着こなし、いかにも仕事ができそうな雰囲気だったが……


 事情説明も兼ねて軽く雑談をしていく中で二人が所属する部署『現場調整課』とやらは土日祝日もないシフト制で動いていることが分かり、ちょっと同情してしまった。


 まあ妖魔は日が落ちてから出現する傾向が強いとはいえ昼夜問わずだし、定休日も存在しないからな。


 こればかりは仕方ない。



 ちなみに『蔦の妖魔』は本社の隔離施設(地下にあるらしい)に収容したのち、表面を削り落として中のチンピラを『摘出』するのだそうだ。


 使用する道具はチェーンソーと大型のワイヤーカッターなどなど……らしい。


 意外と原始的というか脳筋である。


 一応、課に所属する元魔法少女の方がシフトに入っていれば、その方の能力だとか腕力だとかも使えるらしいが……現在は育児のため時短勤務だそうで、なかなかタイミングが合わないそうだ。


 いずれにせよ、なかなかの大仕事である。



 余談だが、驚くべきことに蔦の妖魔の『防御形態』に巻き込まれてしまったチンピラはまだ生きているらしい。


 どうやら妖魔に寄生された状態は通常よりも生命力が異常に強くなり、この程度の損傷・・では死ぬことができないとのことだった。


 しかも全身をバキバキに折りたたまれたこの肉団子・・・状態でも、なお意識は鮮明かつ痛覚を含めた五感は寄生によりむしろ鋭敏になっているそうなので、チンピラ君の味わった苦痛と絶望たるや筆舌に尽くしがたいものであったことは想像に難くない。


 それを聞いた時には、さすがに同情してしまった。


 蔦の妖魔……俺にとっては雑魚ではあるが、普通の人にとってはとても恐ろしい存在なのである。



 それと、どうも最近は異世界産の妖魔の動きが少し落ち着いてきた代わりに(蔦の妖魔は異世界産だが)、土着の妖魔が徐々に活発化してきているそうだ。


 その背景には、妖魔を使役する怪人が暗躍しているとかいないとか。



 ちなみに『蔦の妖魔』は寄生されると狂暴化したうえなかなか死ななくなるので、裏社会では手下とかにわざと寄生させ抗争に投入したりと物騒な使い方をする連中もいるらしい……と妖魔を回収しに来た担当者が話していた。


 もっとも、さすがにそこまで倫理観がぶっ飛んでいるのはごく少数だそうだけど。



 なんというか、異世界に続いてこっち側もキナ臭くなってきた気がする。


 まぁ、魔法少女のみなさんには頑張ってもらうしかないわけだけど。



 それはさておき。



「よし……だいたいできたな」



 ざっくりと書き上げた書類を確認して、一息入れる。


 あとは推敲して担当部署にメールすれば完了だ。


 見れば、桐井課長も概ね報告書を書き上げたのか、大きく伸びをしていた。


 と、そこでふと彼女と目が合う。



「…………っ!」



 …………!?


 なぜか気まずそうに目を逸らされてしまった。


 な、なんで!?



 もしかして、チンピラの手首を握り潰したせいで引かれてしまったとかのだろうか?


 今思えば、確かにあれはやりすぎだった気がする。


 やはり腹パンで仕留めるべきだったか。



 あるいは、魔法少女たちがやってきたときにうまく誤魔化せず課長にフォローしてもらったことだろうか。


 咄嗟のことだったとはいえ、さすがにあれは少々不甲斐なかった気がする。



 それとも、レストランでずっと課長の話を聞き続けていたせいだろうか。


 課長の魔法少女時代の話とか最近は元魔法少女の友人たちが次々結婚してしまい自分も焦って婚活してるけど絶賛連敗中だとか、酒が入っていたせいもあってかやたら面白い話題ばかり振ってくるのでずっと聞き役に回っていたしな。


 もう少し俺の方でも彼女を楽しませるような話題を振った方が良かったのかもしれない。



 いや、もしかして……妖魔とチンピラを引き渡したあと、そのまま普通に駅前で解散してしまったのがいけなかったのか。


 でも、お互い完全に仕事モードに切り替わってしまったせいか、そういう空気でもなかったしな……



 いや……よそう。



 考えれば考えるほど、ダメな理由を思いついてしまう。


 俺はパンパンと両頬を張ってモヤモヤした気持ちを頭から追い出し、仕事にとりかかった。



「…………?」


「…………!」



 ……それにしても、今日はなぜか桐井課長とよく目が合う気がする。

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