第124話 社畜、共犯者になる

「朝来さん、加東さん、お疲れ様です」


「ちょっと遅かったですね。妖魔の制圧は私たちで済ませましたよ」



 存外に落ち着いた声が出た。


 桐井課長をチラリと横目で見れば、彼女もすでに仕事用の笑みを顔に張り付けていた。


 どうやら俺たちの意思は一致しているようだ。



「てゆーか! なんで平日でもないのに二人が一緒にいるのよ……むごっ!?」



 何かを察したミラクルマキナが俺たちに詰め寄ってきたが、顔が真っ赤なゴシックセイラに止められる。


 ナイスセーブ、加東さん。



「だめでしょマキナちゃん! こういうお、大人のデ、デートを邪魔するのは『野暮』っていうんだよ!?」


「むごっ! むごごっ!」



 とはいえ、これはまずい。


 いや別に俺と桐井課長が休日に二人で会ってようが何をしていようが誰かに文句を言われる筋合いはないのだが、知り合いに見つかるのはあまりよろしくないということくらいは俺にも分かる。そもそもこのシチュエーションは中高生の二人には教育上よろしくないようなそうでもないような――


 とにかくここは、うまく誤魔化さねば。



「いや、別にデートというわけでは……」



 悲しいかな、万年非モテの俺がこの手の状況をうまく対処できるわけもなく。


 結局俺の口から出てきたのは、月並みな誤魔化しの言葉だった。



「…………」


「…………」



 案の定。


 わちゃわちゃしていた二人の動きが止まり、目つきがスッと細くなっていく。


 まずい……これでは余計怪しまれてしまう……!



 と思った、そのとき。



「ふふ……今日は廣井さんとデートだったんですよ~♪」


「むごっ!?」


「えっ!?」


「!?!?」



 まさかの桐井課長から爆弾発言が飛び出した。


 ほわほわの笑顔を浮かべながら、俺の腕を取り……からの、これである。


 当然のごとく、彼女以外の全員が固まった。



「ちょっ……課長?」


「ふふ、冗談ですよ」



 慌てて桐井課長を見ると、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべ口に手を当てながら、意味ありげな視線を返してきた。


 その心は……と一瞬考えを巡らせたのち、合点がいく。


 なるほど、そういうことか。



 意図を理解したことが通じたのか、桐井課長が軽く頷いてから魔法少女二人に向き直った。



「先日はちょっと、廣井さんにいろいろと・・・・・動いてもらった・・・・・・・件がありまして。その慰労会……ようするに『お疲れ様会』です。ね、廣井さん?」


「あ、ああ……そう! そうです!」



 嘘は言っていない。


 まあ二日酔いの桐井課長を介抱しただけだが、その詳細はうまくぼかされている。


 事情を知らない第三者には、仕事の付き合いで開催した飲み会の話だとしか聞こえないだろう。



 これは一種の話術だ。


 つまりは、いったんインパクト重視の発言で相手に心の隙を作り出し、そのあとに一見まともそうな理由を追加することで後者をなんとなく納得させてしまおうという魂胆である。


 もちろん俺のように無駄に年を食った大人には通用しない手だ。


 しかし、まだまだ十代の彼女たちがとっさにこの手の話術を見抜くことは難しいだろう。



 もちろん二人の若さや純真さを利用しているわけで、あまり褒められたやり方とは言えないが……この場を穏便に切り抜けるには桐井課長の策に乗っかるしかない。


 まあ、嘘(この場合は嘘というわけでもないが)も方便、というやつである。



「な、なーんだ、つまんないの! お仕事関係ならば早く言ってよね!」



 桐井課長の発言を受けて、心なしかほっとした様子で悪態をつく朝来さん。


 ……どうやら首尾よく術中に嵌ってくれたようである。


 俺も内心ほっと安堵の息を吐く。



「ちょっとマキナちゃん、一応二人とも上司みたいなものなんだから、もうちょっと敬語で……すいません桐井さん、廣井さん! この子はちょっと私があとでしっかり言っておきますんで!」



 一方、加東さんの方はというと……存外、空気の読める子らしい。


 薄々何かを察して微妙な表情をしているものの、ひとまず会話を合わせてくれているように見える。


 ……彼女には今度何か差し入れでもしておこう。



「それよりも、二人とも巡回はこれから?」



 と、頃合いと見たのか桐井課長が話を切り替えた。


 すでにその横顔は仕事モードだ。


 それを受けてか、魔法少女二人の顔つきも真面目なものへと切り替わった。



「はい、あとは駅周辺と裏側をぐるりと回る予定です」


「妖魔の反応はいまひとつだけど……駅裏は空き家が多いからしっかり見ていくわ!」


「了解、二人とも気を付けてね。……あ、そこの妖魔と目撃者はこっちで受け持っておくから大丈夫ですよ」



 桐井課長がそう言うと、どこかに電話をかけ始めた。



 たしか、寄生型を確保した場合は人体と妖魔を分離する必要があるので専門の部署に引き渡す取り決めになっていたんだっけ。


 ちなみにその後は、寄生された被害者と目撃者は両方とも警察だか公安だかに引き渡されるらしい。



 お上も一応妖魔の存在は把握しているらしく、桐井課長の話ではそっちの担当者が記憶の一部消去だとかの処置を適切に施すのだとか。


 俺はそっちの方々と顔を合わせたことがないが、多分SFめいた金属製のスティックをピカッとやるのではなかろうか。たぶん。


 もちろん仕事気質なおっさんと陽気な新人の二人組で、制服は黒一色だろう。たぶん。

 


「それでは、私たちはそろそろ巡回に戻りますね。あ、廣井さんこれ使ってください」


「ありがとうございます、助かります」



 加東さんが渡してくれたのは、小さなアクセサリだ。


 確かこれは、簡易版の『遮音結界』を発生させる魔道具だったかな。


 二人がいなくなると、結界が保てなくなるから、現場確保に必須のアイテムである。



「…………」



 とりあえず魔力を込める。


 キンと一瞬耳鳴りがして、俺を中心として10メートルくらいの範囲にドーム状の透明な『膜』が発生した。



「では、私たちはこれで」


「それじゃ、廣井さんも桐井さんもお疲れ!」


「二人とも気を付けてね」



 簡易結界の設置が完了したのを見届けたあと。


 魔法少女たちは軽やかな足取りで壁面を蹴り、あっという間にビルの屋上まで登っていった。



「……ふう」



 彼女たちの姿が見えなくなったあと、ようやく俺はため息を吐くことができたのだった。



「廣井さん、お疲れ様です。さっきの戦闘で怪我しませんでしたか?」



 妖魔とチンピラの引き渡しの段取りが済んだのか、スマホを片手に持った桐井課長がホッとした表情で歩み寄ってきた。

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