第118話 魔王、企てる【side】

「なかなかうまく行かないもんだなぁ……」



 城の玉座に座り、魔王駒田こまだユウは唸った。


 五年ほど前に魔界内のダンジョンで転移魔法陣を発見し、数年ほどかけて不完全ながら解析できたところまでは良かった。


 亀の歩みではあったが改良に改良を重ね、ついにはユウのもといた世界……日本への転移が可能になったのだ。


 ……もっともこの転移魔法陣は短時間で消えてしまう脆弱なものだったので、ユウは十数秒ほど日本に滞在したのちすぐに異世界へと戻ってくる羽目になったが。



 その後も研究と実験を続け、ユウはどうにか転移魔法陣が起動したままの状態を維持することに成功したものの、今度は一定の周期で転移魔法陣を使用しなければ術式があっという間に劣化してしまうという重大な欠陥が判明し、さらにはユウ自身が魔法陣を維持し続けなければならないため自分で使用できず、さらに損耗を覚悟で少数の魔物を定期的に日本に送り込むという非生産的な行為を強いられているのだが……


 それでも、転移魔法陣使用の度に変化する膨大な量の座標計算をこなし直径十数メートルの円を埋め尽くす魔法言語を記述する手間に比べれば大した負担ではない。



 そこでユウは、身動きの取れない自分に代わり情報収集に長けた配下の魔族を何度か日本に送り込み調べさせることにした。


 そこで分かったのが、どうやら『向こう側』には魔物たちを狩る存在がいるらしい、ということだ。


 最初の帰還のさいに、配下の魔族が『人族のガキの姿をした化け物に襲われた』とか言っていたが……自衛隊のことだろうか?


 そのときは大した事態だと思わず口頭での報告を受けたのみだったが、次の転移を最後に配下が帰還することはなかった。


 それゆえ『化け物』とやらがどんな存在かは分からずじまいだ。



 仕方がないので今度はそれなりに腕の確かな魔族数体と数千体規模の魔物を送り込んだが……これも殲滅されてしまったようだ。


 送り込んだまま帰ってくることがなかったから、そう判断せざるをえなかった。



 その後は、魔法陣の劣化を防ぐ目的と嫌がらせの意味合いで、倒しにくいアンデッドなどを中心に定期的に魔物を送り込んではいるが……あまり効果はない気がする。



「まあ、現実世界は当分はいいかな」



 もちろん向こう側に聖女たちの転生体が存在する可能性がある以上、そのうち侵攻を再開しようとは思っているが……少々戦力不足が否めない。


 それよりも、今は王国だ。



 『次元転移用』ではない転移魔法陣の方は、すでに軍事用途に耐えうるものが完成しつつある。


 つい先日などは、ついに魔物の軍勢をノースレーン王国領内に転移させることに成功したのだ。


 その結果、王国側の存外に激しい抵抗があり幹部の一体を失うことになってしまったが……


 それでも、比較的少ないマナ量で数千体の魔物を瞬時に遠隔地に移動させることができたので運用試験自体は成功といっていいだろう。


 あとは、王国の戦力を凌駕する戦力を整えるだけだ。



(……で、各地からいろいろ集まってもらったんだけど)



 王国は現実世界に比べれば与しやすい相手だが、そうは言っても攻め滅ぼすにはそれなりの戦力が必要だ。


 それを可能とするため、魔王軍を再編成することにした。


 主力となるのが、ユウの眼下で跪く四体の魔族たちだ。



 魔造生命体ホムンクルスのスワブ。


 もともと魔王城の執事頭だったが、非力だからという理由で前魔王に奴隷同然に扱われていたところを取り立てた。


 きわめて知能が高く、魔法陣の構築でも知恵を出してもらったユウの右腕である。



 蟲人むしびと、フラメ。


 魔界南方の密林地帯を統べ、数百万もの個体を率いる蟲族の長。


 見た目が生理的に受け付けないが、彼と死をも恐れぬ彼の眷属たちの武力は本物だ。



 小柄な竜人、ハリカン。


 巨大な竜人族にも関わらず人間サイズに生まれたせいで差別され、祖国を裏切りユウの軍門にくだった。


 現在はワイバーンなどの亜竜種を率いているためフラメと同じく魔王軍戦力の要でもある。



 そして、巨躯の羊人ディザル。


 王国に国境を接する辺境出身の田舎者だが、小型の竜種なら一撃で屠る膂力を持つ一騎当千の武人である。



 実力の強弱はあるものの、どの者も新生魔王軍の要とも呼ぶべきユウの配下だ。



「魔王殿、ずいぶんと嬉しそうですな」



 彼らを眺めていたら、羊人ディザルが不思議そうな様子で話しかけてきた。


 ユウは魔族たちの王だが、上下関係や礼儀作法にうるさい質ではない。


 鷹揚に頷き、彼に応じる。



「当然さ。ようやく君たち『四天王』が一堂に会したのだから、嬉しいに決まっているよ」


「……身に余る光栄です、魔王殿」



 ディザルが巨躯を縮め、うやうやしく頭を垂れる。


 もっとも言葉とは裏腹に感情の読めない低い声だ。



「言葉ほど、君は嬉しくなさそうだね」


「いえ、そのようなことは」


「そう言えば君の故郷はインロウ高地だったっけ。実家のある集落も、王国に一番か二番目に近い場所だったかな? 侵攻に最後まで反対していたのも君だった」


「魔王殿、俺は決して――」


「分かってる、分かってるって。別に君の忠誠を疑うつもりも試すつもりもないよ」



 慌てるディザルに、ユウは手を振り落ち着かせる。


 彼は魔族の中では珍しい表裏のない性格だ。


 ユウとしても、『四天王』の中では一番気楽に接することができる相手でもある。


 だから彼が人族と交流を持っていたとしてもそれを咎めるつもりはないし、むしろその性格を好ましく思っている。



 そもそもユウの目的は王国民の殲滅ではなく、あくまでノースレーン国王とその一派の討滅であり、『聖女』の魔術の奪還だ。


 もっともその過程で王国全土が戦火に包まれようと、知ったことではないが。



 とはいえ信頼する配下にそのようなことをあえて伝える意味はない。



「さて、今日君たちに集まってもらったのは他でもない。ノースレーン王国攻略に際して、いろいろと準備が必要でね」



 ユウは広間に控える四体の魔族に次々に指示を出していく。



「フラメとハリカンは共同して兵を国境付近に張り付けておいて。これらの兵は囮だけど、囮とバレない程度には王国側と小競り合いを繰り返してもらう感じで」


「御意」


「承知しました」



 蟲人と竜人が軽く頭を垂れる。



「スワブ、君は俺と彼らとの連絡係だ。できるね?」


「我が身命を賭して」



 スワブが美しい所作で一礼する。



「ディザル、君には当面の間、辺境にある『霧の尖塔』攻略を任せようと思っている。実家から近いでしょ?」


「……あの高さの分からない塔の遺跡ですか」


「そうそう、それ。あの塔には古代文明の兵器が眠っているらしくてね。王都攻略に絶対必要だから、なんとかソイツを見つけだして欲しいんだ」


「畏まりました」


「ああ、見つけるだけにしてきなよ? あれに取り込まれて君を失うとかなりの痛手だからね。ま、詳細はあとでスワブから伝えるよ……じゃ、さっそく行動開始だ。みんな、期待してるよ」


『はっ』



 ユウの号令とともに、魔族たちが動き出す。



 王国に、暗い影が迫りつつあった。

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