第117話 社畜とモフモフのお護り

「さて……そろそろ夕餉の準備をしなければならん。お主らも食事を共にしていかぬか?」



 しばらくディザルさんや目が覚めたヴィオ君らと談笑したり行商がてらダンジョンで見つけた装飾品などを広げていたら、夕食に誘われた。


 そこで気づく。


 天幕の隙間から差し込む陽光が少し傾いている。


 まだお昼過ぎといった時刻だ。


 だが集落に流れるゆったりとした時間から考えると、これから火を起こしたり食事の準備をしていたら夕方ごろになるだろう。


 確かに羊人の食事は気になる。


 だが、さすがにそろそろ帰らなければ。


 さすがに日が落ちてからあの霧の中を戻るのは結構危なさそうだからな。



「いえ……ありがたい申し出ですが、そろそろおいとますることにします」


「そうか。もしかして余計な時間を取らせてしまったか?」


「いえいえ、とんでもない! とても有意義な時間を過ごせました」


「そうか、ならばいいのだが」



 なんだかんだでこの辺りの地理とか、亜人たちの暮らしなど興味深い話も聞けたからな。


 どうやら山脈のこちら側には、他にも亜人たちの集落が点在しているらしく、少なくともこのインロウ高地という場所に関してはのんびりした辺境、という位置づけらしい。


 ちなみにノースレーン王国との戦争に関しては、特に話題に上がらなかった。


 というかディザルさんが意識的に避けていたように見えたので、もしかしたらこちらに気を遣ってくれたのかもしれない。



「えー? にーちゃんもう帰るの? もっと人族の世界のお話してよー! ワイバーンに襲われた騎士さんは、そのあとどうなったのー?」



 すっかり元気になったヴィオ君は、森ではぐれるだけあって好奇心旺盛というか結構やんちゃな性格らしい。


 俺が立ち上がると、腕にしがみついてお話をせがんできた。


 ただでさえ可愛い盛りの子供だというのに、さらにもふもふの羊人だ。


 ついつい「もうちょっとだけなら……」という気持ちが込み上げてくる。



「こらヴィオ、旅人を引き留めてはならんぞ。すまないヒロイ殿。まだ息子は分別のつかん歳なのだ」


「いえいえ。まだまだ可愛い盛りですよね」


「それは……そうだな!」



 ディザルさんは本当に気遣いの人だなぁ。


 それ以上に親バカっぽいけど。



 とはいえ、これ以上迷惑をかけるつもりはない。


 二人に見送られ集落の外まで出る。



「本当にここまででいいのか? ワイバーンの営巣地からは離れているが、次の集落までは険しい山道の上にそこそこ魔物が出るぞ」


「大丈夫ですよ。私にはコイツがいますからね」



 言って、すでに巨狼の姿に戻ったクロの身体をポンポンと叩く。


 というか、山の中にも亜人の集落があるらしい。



「すげー! 子犬がおっきくなった!」



 巨大化したクロを見て、目を輝かせるヴィオ君。


 そういえばさっき助けたときは、ヴィオ君はクロの巨体を見てなかったのか。


 というか、この子は他の羊人と違ってクロを怖がらないんだな。


 クロもそんな様子にまんざらでもない様子で、得意げにピンと尻尾を立てている。


 このチョロ狼め。かわいい。



「ふむ……まあ、魔狼が付いているのなら大丈夫だろう。……そうだ、少し待たれよ」



 言って、ディザルさんが一度自宅まで戻ると、何かを手に持ってやってきた。



「念のため、これを渡しておこう」



 手渡されたのは、きんちゃく袋のような護符だ。


 神社とかで手に入るお守りに近いが、なぜか座布団みたいにふっくらモフモフしていて手触りが良い。



「……これは?」


「魔物除けの護符だ。俺の毛が詰め込んである。ワイバーンのように強力な魔物には効果がないが、蟲系魔物や大牙猪ボアファング程度ならば寄ってこなくなるはずだ。本来ならばヴィオに持たせるべきだったのだが、俺がついているから大丈夫だと家に置きっぱなしにしていたものでな……引き取ってもらえると嬉しい。新しいものはまた作るつもりだしな」



 ちょっとバツの悪そうな様子で、ディザルさんが頭を掻く。


 なんと、ディザルさん謹製の魔物除けだった。


 おそらくだが、これをずっと持っていると罪悪感に苛まれるから誰かに使って欲しかった……みたいな意思を感じる。


 とはいえ、俺たちの旅の無事を祈ってくれているその気持ちは本物だ。



「……お心遣い、痛み入ります」



 まあ、トンネルからすぐに王国に抜けられるから使う機会はないと思うけど……ありがたいことには変わりない。



「それでは、達者でな。我ら羊人は恩を決して忘れん。いつ来ても、俺たちはお主らを歓迎しよう」


「ありがとうございます。ディザルさんこそ、お達者で。ヴィオ君もまたね」


「絶対また来てね! 約束だよ!」


「約束するよ」



 今度こそ別れの言葉を告げて集落を離れる。


 ディザルさんとヴィオ君はこちらが見えなくなるまで、ずっと街道で見送ってくれていた。




 ◇




 濃霧を抜けて再びトンネルと魔法陣を通り、無事にノースレーン王国領内へと帰ってくることができた。


 道中は少しだけ魔物の気配があったがすぐに遠ざかっていったので、ディザルさんの護符は本当に効果があったらしい。


 彼に感謝をしつつ、そのまま寺院ダンジョンから現実世界へ。


 こちら側はもうすっかり夜更けだ。


 一応、まだ休日は一日残っているが……どうするかな。

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