第116話 社畜、チート薬草をゲットする

「人の子よ、そして魔狼よ。お主らは我が息子の命の恩人だ。本当に感謝する」


 

 集落の一番奥にある、ひときわ大きなテント型の家の中。


 床に座ってもなお山のような巨躯の羊人が、そう言って頭を下げた。



「いえいえ、行きがかり上のことでしたので」


「そうは言ってもな。久しぶりの帰郷で舞い上がっていたのは俺の方だったようだ。……父として失格だ」



 そう言って大きな肩をしょんぼり縮こませているモフモフミノタウロスは、ディザルさんという。


 というかそんな状態でも、椅子に座った俺よりも視線が高いので相当だ。



 ちなみにクロは俺の足元で丸くなっている。


 どうやらディザルさんは危険な魔物ではないと判断したらしい。


 とはいえ常に俺の足に尻尾を触れさせているので、俺に異変があればすぐに対処するつもりらしかった。


 忠犬ならぬ忠狼である。


 ……もしかしたら俺の保護者だと思っているのかもしれない。


 最近は俺の方が無茶をやらかすので(そういう自覚はある)、そっちの線が濃厚だ。



 それはさておきディザルさんだ。


 彼は森の奥で助けたヴィオ君を『鑑定』した情報のとおり、この集落の長だそうだ。



 どうやら彼はしばらく遠くの街に出稼ぎに出ていて、つい数日前に帰ってきていたらしい。


 そこで久しぶりに息子さんのヴィオ君と親子水入らずで森に山菜取りに出かけたところ……急に濃霧に包まれてヴィオ君とはぐれてしまったとのことだった。



 まあ、確かにあの濃霧では、ちょっとでも目を離したらあっという間に離れ離れになってしまうだろう。


 ヴィオ君が魔物に襲われていたときに助けられなかったことでディザルさんはかなり落ち込んでいたが、ほとんど不可抗力だと思う。


 俺だってクロの嗅覚がなければ、とてもこの集落まで辿り着けたか怪しかった。


 街道も一本道ではなく途中で何度か枝分かれしてたし。



 とはいえ、しばらくぶりに集落に帰ってきて子供と遊びたかったという彼の気持ちは分からないでもない。



「まあまあ、そこまでにしておきましょうよ。命に別状はなかったみたいですし、目が覚めたあとまでお父さんが落ち込んだままでは息子さんも不安がってしまいますよ」


「う、うむ……そうだな。お主の言う通りだな」



 一応フォローを入れておく。


 ちなみにヴィオ君の怪我は、この家に備えてあった薬草の力でほとんど回復しており、今はディザルさんの横で毛布にくるまりスヤスヤ眠っている状態だ。


 亜人は生命力が高く、おまけにこの周辺で取れる薬草はマナを豊富に含むせいかあっという間に傷が癒えてしまうらしい。


 つーか異世界というか魔界の薬草、すげぇな!



 ちなみにディザルさんからは今回のお礼ということで三株ほどその薬草を分けてもらった。


 その場でこっそり『鑑定』してみたところ、『魔界産の最高級薬草。亜人や魔族ならば千切れた手足もあっという間に元通り、人族でも骨折程度なら一瞬で治癒してしまう』とのことだった。


 つーかこれ……完全にラスボスダンジョン前でゲットできる最上級薬草じゃん。



 とはいえさすがに魔界産の薬草をフィーダさんたちに見せたり売ったりはできないので、現実世界でピンチに陥ったときにこっそり使ってみようと思う。


 そんな機会が訪れないのが一番だけどな……



「それにしても、いい村ですね。最初は怖がられてたけど、皆さん気さくでいい人ですし」



 ひとまず沈んだ空気を入れ替えようと、別の話題を振ってみた。


 さっきもヴィオ君の容態やディザルさんを心配して村人の一人が様子を見に来たのだが、話してみると素朴でいい人だったからな。


 ちなみにお母さんはヴィオ君が幼いころに病気で亡くなってしまい、現在は集落にいる人たち全員で育てているとのことだった。



「うむ、そう思うか」



 俺の言葉に、ディザルさんが嬉しそうに頷く。



「確かにここは良い場所だ。住んでいるのは気のいい羊人ばかりだし、森は豊かで川も清らかだからな。最近はあちこちで魔物どもが騒がしくしているが……いずれにせよ、護るに値する場所だ」


「分かります。私も実家が田舎の方なので、こういった雰囲気は大好きなんですよ」


「ほう、お主も辺境の出か。確かに人族にしては風貌が平坦だ。もしや、祖先にオークが?」


「いえ、純血の人族だと思います……」



 ディザルさんに悪気はないのだろうが、オーク顔と言われるとちょっと凹むな……


 もっとも俺の顔面は良くも悪くも典型的な日本人顔なので、平坦と言われてしまえば返す言葉もない。


 まあ、亜人基準では褒め言葉なのかもしれない。


 そう思っておこう。



「それにしても、この辺りまで人族の者がやってくるのは珍しい。俺も子供の頃に何度かだけ、行商人を見かけたきりだ」


「そうなんですか」



 話を聞いてみると、どうやら四、五十年前まではちらほらと山脈の険しい道を越えて、人族……つまり俺たちのような人間が商売にやってきていたそうだ。


 以前聞いた話では完全にノースレーン王国と『魔界』は没交渉の様子だったが、民間レベルでは交流があったのだろう。


 まあ、ここまでコミュニケーションが取れるのならさもありなんである。


 もっとも俺は『異言語理解』の恩恵で意思疎通に不自由がないからだが、商売のためなら他国や他種族の言語をマスターして険しい山脈を乗り越えてくる逞しい商人たちがわんさかいたことは想像に難くない。


 なんたってここに来ればチート薬草が仕入れられるんだからな。



 ちなみに俺は自分を『行商人』と自己紹介している。


 まあ嘘は言っていない。



 それにしても、だ。


 魔界にやってきて一番驚いたのは、魔物側も普通に村とか集落とかがあることだ。


 ノースレーン王国にいるときは『魔界』のイメージは『危険な魔物が跋扈する未開の地』というイメージだったけど、完全にそれが覆った気がする。


 考えてみればこちら側も亜人が暮らしていたりするのだから当たり前といえば当たり前なのだが、やはり百聞は一見に如かず、である。



 まあ……だからといって『人間と仲良くやっていこうぜ』などと言うつもりは毛頭ないが。


 俺はノースレーン王国の代表でもないし、ましてや人族の代表だなんていうつもりはないからな。



 ただ、少なくともディザルさんに関しては子供を助けたお礼に自宅に招いてもてなしてくれるくらいには理性的な人物だと言うことが分かった。


 あのとき、俺たちがヴィオ君を傷つけたと勘違いすることもなかったし、人族だからと問答無用で襲いかかってくることもなかったわけだし。



 だから……彼らを見て一般的な日本人の感覚で思うのは、「戦争なんて嫌だなぁ」だ。


 話の分かる人たち相手との殺し合いに拒否感を覚えるのは、人として当然の感情だろう。


 まあ言わないけどさ。



 こういうのは、部外者が手前勝手な感情論で話すべきじゃないことくらいは分かっているつもりだ。


 ディザルさんやヴィオ君が当事者とも限らないし。



 きっと、お互いのしがらみやら因縁やら利害やら利権がこんがらがった毛糸みたいに解けなくなっているのだろう。


 そんなことをふと思った。

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