第115話 社畜と魔物の子

 《対象の名称:羊人/生体反応:微弱/危険度 無》


 《主にインロウ高地に多く暮らす羊の形質を持つ亜人、その幼体。羊人は種族全体の傾向として、非常に臆病な性格で戦いを好まない》


 《しかしながら身体は強靭で力は強いため、追い詰めると思わぬ反撃に遭うことがある》


 《群れのリーダーは体格が巨大化する傾向があり、その個体は好戦的かつ戦闘力が高いので群れを襲うことは推奨されない》



 羊っぽい獣人――羊人の子を『鑑定』してみると、おおむね欲しかった情報が得られた。


 とりあえず危険度の低い種族らしいので少し安堵する。



 とりあえず群れのリーダーと喧嘩にならなければOK、と。


 まあ群れを襲うつもりは毛頭ないので、そこは問題ないだろう。



 で、この羊人の子供だ。



 この子はどうやらこの辺りに植物を採りにやってきていたようだ。


 少し周囲を探したところ、周囲に新芽だとか山菜らしきものがぶちまけられた鞄が見つかったことからそうだと思われる。


 これが夕飯用なのか薬草なのかは分からなかったが、とりあえず地面に散らばっているやつは集めて鞄に詰め込んでおく。



「さすがに、このままにはしておけないよなぁ……」



 子供の怪我はけっこう酷い。


 このまま放置していれば、死んでしまうかもしれなかった。


 せめて、この子の集落とかまでは連れて行ったほうがいいだろう。


 

「…………」



 まあ、子供の救助は探索のついで……だ。


 羊人は戦いを好まない種族らしいし、親御さんとかにこっち側の話を聞けるかもしれない。



「よっ……と」



 いまだ意識のない羊人の子を抱き上げる。


 身体能力が強化された俺にとっては、十歳程度の子供なんて羽のような軽さにしか感じられない。


 親御さんは……普通の羊人だといいんだが。




「クロ、もしものときは頼むぞ」


「…………」



 クロは「承知した」みたいな様子で俺の腕の中の子供の匂いを嗅ぎ、それから先導するように歩き出した。


 時おり立ち止まりながら街道の石畳をフンフンと嗅いでいるので、足跡の匂いを辿っているのだろう。



 ……というかクロ、狼だったわ。


 よくよく考えたら、この濃霧の中でも匂いを辿っていけば迷うことなく子供の家まで進むことができるわけで。



 少し歩くと徐々に霧が晴れてゆき、やがて子供が暮らしていると思しき集落が見つかった。


 街道沿いに森が切り開かれ、簡素な家屋が何軒か建っている。


 見た感じ、遊牧民が暮らすテントみたいなやつだ。


 集落の中央にはたきぎのあとがある。


 羊人は火を扱うようだ。


 それを見て、なぜかホッとした。



 一方で、テントや薪の周辺で目を丸くしてこちらを眺める数人の羊人たちが目に入った。


 なんか完全に固まっているが、この中にこの子のご両親がいらっしゃるといいんだが。



「あの……」



 そう思って、手近な羊人に声をかけた……のだが。



「ひぃっ……ひ、人族ッ!?」


「魔狼までっ!?」


「うわわっ……誰か……誰か!!」



 一瞬硬直したあと、羊人のみなさんが蜘蛛の子を散らすようにバタバタと逃げてゆく。


 あっという間に、その全員が家に駆けこんで閉じこもってしまった。



 あー……



 そこで思い至る。


 そう言えば羊人、好戦的でないのを通り越して臆病な種族だったっけ……


 それにしても、ここまで怖がられるとこっちも悲しくなってくるんだが……?


 とはいえ、これでは埒があかない。


 こちらもできることはしなくては。



「……クロ、悪い。小さくなってもらえるか? あの人たちを怖がらせたくないんだ」


「フス……」




 俺がそう言うと、クロは少々納得いかなさそうに小さく鳴らし、いつもの豆柴サイズになった。


 すまんクロ……「お主も原因のひとつだろう」とか言いたいんだろう。


 だが俺はお前みたいに小さくなれないんだ……



「さて、と」



 子供を抱え直し、集落に入っていく。


 村人たちは家に閉じこもったままで、出てくる気配がない。


 この調子だと村人から襲われることはないだろうが、遠くにいた人が群れのリーダーを呼びに行ってるのかもしれない。



 リーダーとは……会いたくないな。


 好戦的らしいし、会えば戦闘になるだろう。


 せっかく子供を助けたというのに、その子と同族のリーダーをシバき倒すわけにもいかない。



 ……仕方がない。


 俺は子供を下ろして、村の真ん中にある薪の側に横たえた。


 薪はまだくすぶっていて、ほのかに熱が伝わってくる。


 ここならば多少放置していても凍えることはないだろう。



「すいませーん! この子、森の奥で魔物に襲われてケガしていたのを見つけまして! 俺たちはすぐにここからから立ち去りますんで、誰か介抱お願いします!」



 隠れている村人たちに聞こえるよう、大きな声を張り上げる。


 一瞬、窓からこちらを見る羊人と目が合ったが、彼はすぐに窓から離れて見えなくなってしまった。



「……クロ、戻ろう」



 まあ、戦闘が発生しなかっただけでも良かったとしよう。


 なんと言っても『魔界』だからな。


 さっさと人間の国に戻るとしよう。



 そう思って集落から出ようとしたところで――



「待たれよーーッッ!! 人の子と魔狼よッッ!!」



 銅鑼を鳴らしたようなバカでかい声とともに、上空から真っ白い塊が降ってきた。



 ――――ズズン!



「ぬおっ!?」


「ガウッ!?」



 白い塊が俺たちの目の前に着地する。


 まるで岩石でも落下してきたかのように地面がグラグラと揺れる。



 それは巨大な羊人だった。


 背丈は三メートル以上ありそうだ。


 立派な角に、鋭い眼光、筋骨隆々の上半身。


 傷痕だらけの太い腕で、冗談みたいに巨大な斧を担いでいる。


 もっとも外見は野蛮そのものだったが、こちらを見据える視線には明らかに知性の光が宿っていた。



 もしかしなくても、コイツがこの集落のリーダー……だよな。


 リーダーが巨大な個体なのは分かったが、もはやこれは羊毛をまとったミノタウロスだろ……


 ミノタウロス見たことないけど。



「…………」


「…………」



 やばい。


 完全に行く手を遮られている。


 見つかる前に退散するつもりだったんだが、やはり戦闘は避けられないか。


 戦って負ける気はしないが……


 そう思い身構えた、その時だった。



「お主らか、私の息子……ヴィオをここまで連れてきてくれたのは」



 ゴフゥ、と熱い鼻息とともに、巨漢の羊人がそんな言葉を吐き出した。

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