第114話 社畜、魔界の魔物と遭遇する
転移した先も相変わらずトンネル内だった。
先を見通してみるが、どうやら先はわずかに湾曲しているようで出口が見通せない。
とはいえ、転移前に見た魔法陣の位置情報からここはすでに『魔界』のはずだ。
ごくり、と唾を呑み込む。
もっとも、周囲に魔物の気配はなかった。
落盤や落石の様子もなく、床面も砂埃が溜まっているものの歩きづらいということはない。
こちら側もそれなりに良好な環境が保たれているようだ。
「…………?」
妙な気配がしたので振り返ってみると、クロが巨狼の姿になっていた。
何も言わずいきなりこの姿になるのは、結構珍しいな。
「もしかして、クロもちょっと緊張しているのか?」
「…………」
「そんなわけなかろう」みたいな目をするクロの大きな頭をワシワシと撫でてから、先に進む。
とはいえ、こちら側の入口は数百メートルほどで見つけることができた。
「…………なんか暗いな」
こちら側は特に閉鎖されていないにも関わらず入口付近が薄暗い。
近づいてみると原因が分かった。
「おぉ……魔界って感じだな」
外は王国側と同様に広場になっているようだが、濃い霧が立ち込めていて視界が効かない。
ひんやりと湿った空気も相まって、まるでホラーゲームを彷彿とさせる不気味な雰囲気だ。
一応、こちらも街道が通じているのかトンネルから真っすぐ道が伸びているが……
さすがにこのまま進むと迷子になりかねないな……と思ったところで気づいた。
「クロ、なんかいるぞ」
「……グルル」
俺と同時にクロも気づいたらしい。
牙を剥き出しにしながら小さな唸り声をあげた。
濃霧の奥に赤い点――つまり魔物の弱点が複数、見える。
この『弱点看破』は視界の良、不良に関わらず発動するのが特徴だが、それが索敵の役に立った。
彼我の距離はおよそ三十メートル、赤い点は五つ。
一つは動かないが、残りの四つがゆっくりと散開しつつ近づいてきているのが分かる。
「まいったな……敵じゃなかったら面倒なことになるんだけどなぁ」
とはいえ、向こう側は明らかに俺たちを包囲しようと動いている。
このまま不利な状況に追い込まれたあとに敵だと判明しても後の祭りだ。
トンネルの中に逃げ込むのもいいが、相手の機動力によっては不利になるかもしれないし、閉所ゆえこちらの行動が制限されるのもあまりよろしくない。
俺はともかく、クロは俊敏さが売りでもあるからな。
……止むを得ん。
ここは先手必勝だ。
クロの耳元に口をよせて、ごく小さな声で囁く。
「俺は右側の三体をやる。お前は左の二体を片付けてくれ。生け捕りにする必要はないからな……いくぞ!」
「……ガウッ!」
合図と同時に、まずは一番右端の『赤い点』に向けて『魔眼光』を発射。
『――ギギィッ!?』
金属が
それと同時に赤い点が動揺したように右往左往したあと、かなりの速度でこちらに向かってきた。
「そこっ!」
『ギギッ!?』
断末魔。
もうひとつの、右に回り込んだ赤い点が消える。
手ごたえありだ。
だが、その隙にもう一体の接近を許してしまった。
濃霧の奥からそいつの姿が現れる。
『ギギギギギギッ!!』
「ひっ……!?」
思わず絶句した。
そいつは蟲だった。
大型犬くらいの体躯を持つ、
そいつが鋭い顎をガチガチと鳴らしながらこちらに迫ってくる。
幸い巨体ゆえかオリジナルサイズよりはずっと鈍重だ。
長い脚は飾りなのか、跳躍力もほとんどない。
おそらく、見た目ほど戦闘力は高くないだろう。
だが……そんなことよりも。
本能的に生理的嫌悪感を催すフォルムに身の毛がよだつ。
もはやそれ自体が一種の精神攻撃だった。
だからどうしようもなかった。
「ぬおおおおおおああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!!」
生まれてこのかた出したことのない叫び声を上げながら、間近に迫っていた巨大カマドウマの魔物を思わず最大威力の『魔眼光』でぶち抜いてしまった。
――ゴッッ!!
俺の目から発射された極太の荷電粒子砲みたいな光条が、魔物が跡形なく消しさって――
ドシュン! ……ズガン!
「……あっ」
やべっ。
完全に出力間違えた。
『魔眼光』が濃霧を斬り払い、森の木々を蒸発させ、その通り道にぽっかりと空間を削り取ったかのように大きな穴ができている。
しまった……完全にやりすぎた……
と、そのときだった。
「ガウッ!」
濃霧の奥でクロの唸り声が聞こえ、ハッと我に返る。
「クロ、大丈夫か!?」
濃霧の奥、向かった先には赤い点が一つだけ見えた。
そしてその『点』はまったく動かない。
仕留めた魔物だろうか?
だが、魔物が死ねば赤い点も消滅するはずだ。
「クロ?」
訝しみつつも、濃霧をかき分けてクロの元に向かう。
そこでようやく状況が判明した。
クロの足元には子供が、まるで亀のように
年は、十歳くらいだろうか。
性別は、たぶん……男の子だと思う。
あの蟲どもに襲われたのだろう、子供は全身に怪我を負っていた。
特に背中と手足は酷く傷ついている。
近づいてみると、丸まった背中が上下しているのが分かった。
どうやら生きているようだ。
少しだけホッと胸をなでおろす。
もっとも俺たちが近づいてもまったく反応を示さないので、意識を失っているようだった。
「……フスッ」
「どうだ、助けてやったぞ」みたいな様子で鼻を鳴らすクロ。
それから頭を下げて、俺の身体にこすりつけてきた。
これは……褒めろと言っているのか?
とりあえずワシワシと頭を撫でてやる。
「よくやったな、クロ」
「……フス!」
クロは満足そうに鼻を鳴らし、俺のなすがままになっている。
どうやら正解のようだ。
それにしても、だ。
この子……どうしよう。
というのも、である。
「これ、魔物の子供だよな」
容姿は人間に近い。
だが側頭部には羊みたいな角が生えているし、その下の耳は人間よりもずっと長い。
それに、手足はモコモコのウールみたいな毛におおわれていた。
羊の獣人とでもいうのだろうか。
そして、最後に残る『赤い点』は――
この子の背中の真ん中、心臓付近を示していた。
とりあえず、『鑑定』はしておくべき……だよな。
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