第111話 社畜、異世界情勢に詳しくなる

「『魔界』全体の動きが活発になってきていてな」



 俺を応接室に通すやいなや、フィーダさんが難しそうな顔つきでそう言った。


 魔界……そういえばあの寺院遺跡の奥の山脈を越えると、魔物たちが治める国々が広がっているんだっけ。


 そんなことを思い出す。



「そういえば、以前も魔物の軍勢に襲撃を受けてましたよね」


「ああ、あのときは世話になった。だが、最近は以前とは比べ物にならないほど危険な状況だ。実は……」



 フィーダさんが話し始める。


 彼の話では、この数週間ほど前に『魔界』の魔物国家群全体で大規模な戦争があり、その中の一国……現在この国に最も敵対的な魔物国家がその戦争に勝利をおさめ、周辺の国々を併呑してしまったそうだ。


 今のところは戦争が一段落したばかりで『魔界』全体がごたついており、ただちにこの国へ侵攻を開始する状況でないとのことだったが……近い将来、力を増したその魔物国家が戦争をしかけてくるのはほぼ確実視されているそうだ。



「それにしても、魔物国家群の中では一番穏健派かつ有力国家の『ゼムル』が堕ちたのが痛かったな。あそこは竜人族主体の国だから、オークやらゴブリンやら亜人族主体の『ルガ』なんぞに負けるとは誰も思ってなかったんだがなぁ。ルガの魔王は一体どうやって、あの化け物どもに打ち勝ったんだ?」



 フィーダさんがさらに深刻な顔つきでそんなことを言ってくる。


 後半はほとんど愚痴というか独り言に近かった。



 ちなみにロルナさんは今、この砦にはいない。


 彼女はこの砦の所属ではなく王都の騎士団から派遣されている身分なので、騎士団の権力を背景にして、砦周辺に点在する街に増援を呼びに回っているそうだ。


 ……今日城門にいつもと違う番兵さんがいたのは、つまりはロルナさんの仕事が実を結んだ結果というわけだ。


 彼らは俺のような不審者にはしっかり厳しく対応していたので、それなりに練度の高い兵士さんを配置できているようである。


 まあこっちはあまりいい気分ではなかったけどな。


 こればかりは先方のお仕事なので仕方がない。



 それはさておき、最近の魔界事情だ。



「ゼムルという国は、それほどまでに強力だったんですか?」


「『魔界』じゃ、不死族ノスフェラトゥ主体の『アズーラ』と並んで一、二を争う実力派だな。竜人族は、要するに人族並みの知能を持ったドラゴンだ。巨人並みの図体で、武器だけじゃなく火焔のブレスや魔法まで使いこなすんだぞ? 個体数こそ数千程度で国家としては極小だが、並みの魔物じゃ何万体いたところで手も足も出んよ」


「それが滅ぼされた、と」


「ああ、普通ならありえん話だ。もっとも、ルガは以前より他の国家からあぶれた魔物たちを積極的に取り込んでいたと聞く。もしかしたら、竜人族や不死族のあぶれ者を取り込んだのかもしれんな」


「なるほど」


 確かに、そういう線はあるかもしれない。


 水の合わない会社や馬の合わない上司の下で燻っていたヤツが別の部署に異動したり別の会社に転職したとたんメキメキと頭角を現してゆき、その部署や会社自体も業績をグングン伸ばしていく……というのは現代社会でもたまに見るパターンだ。


 まあ、そんな立身出世譚を敵対国家の中で再現してほしくはないだろうが。



「だから、ヒロイ殿。しばらくはこの周辺に近づかないようにした方がいい。あんたが強いのはよく知っているが……国と国のもめ事ってのは、個人じゃどうしようもない。もし戻れる祖国があるのなら、今すぐ戻るべきだ」


「そうですか……」



 さすがに俺も、戦争に巻き込まれたいとは思わない。


 フィーダさんも真剣に俺の身を案じてくれるのが分かるだけに、頷くしかなかった。



「分かりました。ロルナさんにもよろしくお伝えください」


「ああ、伝えておくよ。まあ、彼女のことは心配しなくていい。殺しても死ぬようなタマじゃないからな」


「確かにロルナさんはお強い方ですからね」



 それを聞いてフィーダさんは何かを思い出したのか「くく……そうだな!」と含み笑いを漏らしてから、さらに先を続ける。



「そもそも、王国騎士団のメンツが前線に出るような戦況なら、どのみちこの砦どころか王都まで攻め入られて国家の存亡の危機だ。俺たちも、さすがにそこまでやられっぱなしのつもりはない。大丈夫だヒロイ殿。あんたが戻ってくるころには、すっかり何もかも平和になっているさ」



 そのセリフ、我々の業界では『フラグ』って言うんですが……


 とはいえ、今の段階では俺にできることは特になさそうだ。


 二人や王国のみなさんの邪魔をするわけにもいかないし、しばらくは砦に顔を出すのは控えようと思う。



 ……まあ、寺院ダンジョンから女神像ダンジョンまでは直通にしているから、直行直帰はセーフってことで。



 それにしても、『魔界』か。


 森の向こうに見える山脈で隔てられているとはいえこのノースレーン王国とは地続きのようだし、出向こうと思えば出向けなくもないだろう。


 確かに戦争が起きててんやわんやらしいが……一度、どんな状況かこの眼で確かめてみたいところではある。



 どこかのダンジョンから繋がってたりとかしないだろうか……?





 ※諸般の事情により、来週からちょっとペース落とします。

  できれば週2くらいで、水・土くらいに更新していく予定です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る