第110話 社畜、マナ集めをする
割とあっさり『深淵の澱』の情報をある程度入手できてしまったので、休日にやるべきタスクが片付いてしまった。
とはいえまだ時間はたっぷり余っている。
となれば異世界でのんびりするしかない。
いったん自宅に戻ってクロと昼食を摂ってから、今度はビルの扉側から異世界へ。
先日入り口近くに設置した転移魔法陣でダンジョン内部をショートカットして外に出ると、まだ空はうっすらと明るくなっている程度だった。
時刻はおおよそ午前4時か5時くらいだろうか。
「ふう……やっぱこっちの方が空気の方が美味いな」
「……フスッ」
クロは興味なさそうな様子で鼻を鳴らすが、やはりここの空気は都会のそれとはモノが違う。
夜明け前の森に漂う空気は凛と冷えていて、昼間のむせかえるような緑の匂いとはまた違った良さがある。
もしかしたら大気にマナを含んでいるとかもあるのかもしれない。
それはさておき。
「うーん……少し早く来すぎてしまったかな」
砦に挨拶してから集落で宿を取ろうと思ったんだが……緊急でもないのにこの時間に訪ねるのはさすがに非常識だろう。
「となると……先に女神像を倒してマナ稼ぎでもしてくるか」
『深淵の澱』を倒すために、マナはいくらあってもありすぎるということはない。
幸い女神像とドラゴン像を倒せば7、80万ほどのマナを得られるからな。
というわけで遺跡の内部に戻って、そのまま女神像のいる遺跡ダンジョンへ。
「――そいやっ」
『ヴオオオオォォッ!?』
先日と同じルーティンで魔物たちを撃破。
すでに攻略法を確立している相手なので、とくに苦戦することもなく十分ほどで80万弱のマナをゲットすることができた。
とんぼ返りで寺院ダンジョンまで戻り、クロの遊び(ダンジョンでスケルトン狩り)に付き合ったり遺跡の外にある石段に座りクロを膝に乗せつつぼーっと夜空の星を数えたりしつつ、ゆったりと流れてゆく時間を楽しむ。
……これが憧れのスローライフかどうかは分からないが、それっぽいことができているのではなかろうか。
「……ん、そろそろか」
そうこうしていると、夜も明けてきた。
森の奥、魔界との境界とされる山脈の頂上付近はすでに陽光で輝き始めている。
……そろそろ砦の方に向かっても大丈夫だろう。
それにしても、フィーダさんやロルナさんは毎回ほぼアポなしで訪問しているにも関わらず快く受け入れてくれていることに感謝の念を禁じ得ない。
できることなら次回の来訪の予定を伝えたり「今から行きますね」くらいは伝えたいところだが、さすがにこっちの世界には電話なんてないだろうからな。
こればかりは仕方がない。
まあ、俺もあまり邪魔をせずサクッと挨拶とお土産でも渡して宿の方に移動することにしよう。
そんなことを考えつつ、森を抜けたところで砦の異変に気付いた。
「なんか……人多いな?」
異変と言っても、魔物に襲われているとか内部が騒がしいとか煙が立ち上っているとかではない。
端的にいえば、城門の番兵さんの数がやたら多かった。
いつもは門の左右に1人ずつくらいなものだが、今日に限っては5、6人はいる。
しかも、いつも立っている顔見知りの兵士のオッサンがいない。
「おい、お前! そこの犬を連れたお前だ! そこで止まれ!」
案の定というか森を出たところで見つかり、兵士たちのうち数人ほどが慌ただしくこちらにやってきた。
というか囲まれた。
「お前……商人か? 見たところこの国の人間ではないな。いまどの方角からやってきた? 森から出てきたように見えたが」
「こんな早朝からどこから来たんだお前! 街道からならいざ知らず、あっちは遺跡しかないはずだが……まさか、山脈を超えてきたわけじゃないだろうな!?」
「なんだその黒い犬は! 可愛いなおい!」
武器こそ突き付けたりはしてこないが、完全に包囲されすごい圧力で詰問される。
なんだこれ……職質か!?
最後の詰問(?)についてはまあ、おっしゃる通りでございますが。
というか今日の兵士さん、知らない顔ばかりだな。
あまり詳しくはないが、来ている鎧や武器もいつもと違う気がする。
それに皆、ずいぶんと険しい顔をしている。
というか、これは……めちゃくちゃ警戒されている感じ?
「おいお前、俺たちの言葉は分かるか! 分かるなら黙ってないで返事しろ!」
「面倒だな……とりあえず取り押さえるか?」
「やめとけ。まだこいつが魔物と決まったわけじゃない。民間人には手を出すなって兵士長殿に言われてるだろ」
と、ここで兵士長というワードが出た。
そう、兵士長。フィーダさんだ。
「あの、すいません」
「なんだ! というか喋れるなら最初から返事をしろ!」
えぇ……そんなご無体な。
思わず不平を漏らしそうになるが、我慢する。
ここは異世界だ。
平和な日本じゃない。
いきなり槍やら剣で攻撃してこないだけでも、彼らはまだ理性的だ。
さすがに俺もそれくらいは分かる。
というか、怪しい人物に対して優しく職質してくれるのなんて、現実世界でも日本のお巡りさんくらいなものだろう。
「失礼しました。私はこの周辺で行商などを行っているヒロイと申します。兵士長のフィーダさんにヒロイが来たとお伝え願えませんでしょうか?」
「……お前、兵士長殿の知り合いなのか?」
そこでようやくリーダーっぽい中年の兵士さんが、怪訝な様子ではあるがこちらの話に応じてくれた。
「まあ、はい」
「……ウェズ、すぐに確認を取ってこい!」
「はっ」
俺を取り囲んだ中で一番若い兵士さんが返事をして、砦へと走っていった。
その後、数分ののち。
顔を引きつらせた若い兵士さんと、なんともいえない表情のフィーダさんが足早にやってきた。
「兵士長殿!?」
まさか本当にフィーダさんがやってくるとは思っていなかったのか、リーダーの兵士さんが慌てたように俺とフィーダさんを交互に見ている。
「ようヒロイ殿。元気そうだな」
「フィーダさん、お久しぶりです」
「なっ……!?」
気軽な様子で俺に手を振るフィーダさんを見て、リーダーの兵士さんが絶句してしまった。
「あー、ザックス小隊長、あんたが知らなくても無理はない。この方は俺の客人だ。問題ない」
「承知しました。兵士長殿がそう仰るのであれば……」
リーダーのザックスさんは未だ信じられないようなものを見る目で俺を見つめていたが、それ以上は何も言わず引き下がった。
フィーダさんが俺に向き直る。
「ヒロイ殿、悪かったな。彼は別の街の衛兵でな。……いくらアンタでもこんな時期に来るとは思ってなかったんだが、それはそれとして伝達が不十分だった。俺の落ち度だ」
「いえいえ! 特に理不尽な扱いはされていませんので大丈夫ですよ」
「ならいいんだが……というか道中、大丈夫だったか?」
まるで「危険な目にあっただろ?」みたいな調子でフィーダさんがそう聞いてくる。
「道中は特に危険なことはなかったですが……何かあったんですか? あ、ここしばらく故郷に戻っておりまして、最近の王国の世情に疎くなってしまっておりまして」
「何もなかったのならいいんだが……ともかく、詳しいことは中で話そう」
そう言いつつも、フィーダさんは油断なく周囲に視線を巡らせていた。
この空気……どうやらのんびりできそうにない感じだな。
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