第102話 社畜、相談に乗る

「なんだあれ……土下座してるの、中学生だよな?」


「なになに、パパ活?」


「それだと土下座する方が逆じゃね?」


「えぇ~? じゃああのオッサンがホストとか?」


「いや、そりゃないだろ……相手、ふつうのリーマンだぞ」



 朝来あさごさんがそれはもう見事な土下座をキメたのは、駅へと続く、そこそこ往来のある通りである。


 通行人から何事かと注目を集めるのは必然だった。


 というかすでに興味を示した何人かが立ち止まり、スマホを取り出して撮影を始めようとしている。


 ごくごく小市民的な神経しか持ち合わせていない俺にとって、この状況に耐えることは不可能だった。



「ちょっ…………とにかくこっち来て!」



 よって可及的速やかに彼女を連れて駅前のカフェに退避。


 できるだけ目立たないよう店の奥側の席を確保し朝来さんを座らせてから、カウンターに戻りホットコーヒーを二つ注文した。



「朝来さん、ミルクは入れる?」


「……いらない」


「砂糖は?」


「……いらない」



 俯き加減で沈んだ表情のまま、朝来さんが小さく首を振る。



「というか、本当にコーヒーでよかったの? 紅茶とかもあったけど」


「……廣井さんと同じのでいい」


「……そっか」



 ちなみに俺はブラック派なのでそのままだ。


 中学生の朝来さんが俺と同じブラック派とは思えないが……そこまで気を遣うつもりもない。



「ふう……」



 朝来さんの向かいの席に座り、アツアツのコーヒーを啜る。


 ローストした豆の穏やかな香りが口と鼻腔に広がった。


 香ばしい余韻と共に息を吐きだせば、心の底に沈殿していた澱のような気持ちも一緒に排出されていく気がした。


 ミルクや砂糖を入れても良いが、余韻そのものを楽しむのならやはりブラック一択だろう。


 こればかりは譲れない。

 


「あつっ……苦っ……」



 一方、朝来さんは顔をしかめながらブラックコーヒーをちびちびと舐めている。


 ほら言わんこっちゃない……


 ちょっと微笑ましい気持ちになったが、別にそこは子供なんだし無理をせず、好きなものを頼んでくれても良かったんだがな……


 まあ、あえて言うこともあるまい。



「……で、なんで俺の弟子になりたいと思ったの?」



 一息ついたところで、本題に切り込んだ。


 そもそも朝来さん、俺のこと嫌いじゃなかったのか?


 なんか最初は妖魔とか怪人とかと勘違いしてたし、いろいろとヘイトを向けられている感じしかなかったのだが。



「……強くなりたいから」



 コーヒーカップを持ったまま、彼女がぽつりと呟く。



 それはまあ、分かると言うか知ってた。


 彼女の一連の行動は、とにかく自己を強化することの一点に集約されるからだ。


 まあ、生い立ちを考えれば無理もない。


 ただ、俺の弟子になろうとする意味がよく分からない。


 他にもっと適任の人がいると思うんだが。


 そう、例えば――



「だったら、桐井課長……桐井さんとかの方がいいんじゃないの? 元魔法少女だし」



 あとは佐治さんという方が近接格闘に強いっぽいけど。


 まあ、俺もまだ見たことがないから実力のほどは分からないが。



「…………桐井さんは速すぎて参考にならないわ」


「まあ、それもそうか」



 桐井課長の戦闘スタイルは完全に持ち前の超スピードと飛行能力で翻弄し、死角からの一撃で敵を倒すタイプだろう。


 空を飛べない(多分)うえ正面から殴り合うスタイルのミラクルマキナにはあまり参考にならない。



「佐治さんって人は?」


「……あの人は嫌いだわ。模擬戦闘でも本気マジ殴りしてくるから」


「そっかー」



 君もさっき思いっきりマジ殴りしてきましたよね?


 当たるとハンバーグ(意訳)になる巨大なハンマーで。


 まあ今さらツッコむ気はないけどさ。


 ついでに言うと俺もさっき朝来さんをKOしたわけだけど。


 まあ彼女の口ぶりからすると、単純に苦手なタイプなのだろう。



 というか俺より嫌われてる佐治さん、何者だろうか……


 出張はひと月ほどと聞いているからそのうち顔を合わせるだろうけども、ちょっと怖いんだが?



「……あのとき私を助けてくれたの、廣井さんでしょ?」



 と、朝来さんが不意に顔を上げて言った。


 さきほどとは打って変わって姿勢を正し、決意に満ちた瞳で俺をしっかりと見据えている。



「あのときって?」



 半ば心当たりを思い出しつつ、聞き返す。


 すると彼女はモジモジと身をよじったあと、言った。


 なぜか顔が赤い。



「豚頭の怪人と戦った時!」


「怪人? ……ああ」



 『怪人』と言われて一瞬何の話か分からなかったが、公園でホストもどきと戦った時か。


 その前に、喋るオークを倒したのを思い出した。


 そうか、あれをこっちでは怪人と呼ぶのか。



 正直、強かったのか弱かったのかは分からない。


 あのときは気配を悟られないように『隠密』で姿を隠し、死角から弱点に向けて全力の『バッシュ』を叩きこんだからな。


 ただ、ミラクルマキナがボコボコにされるくらいだからそれなりに強かったのだろう。


 まあ、さすがに『バッシュ』で瞬殺できるレベルだから怪人カテゴリでは底辺クラスだとは思うが。



 朝来さんが続ける。



「あの、怪人を一撃で倒した技を教えてほしいの! もちろん今の私では無理かもしれないけど……習得できれば、ぜったい今より強くなれると思うから。もちろん、そのためなら……その……なん、でも……なんでもやるわ!」



 身を乗り出して言う彼女の目はさきほどとは打って変わって真剣だ。


 あと最後に顔を赤らめていたが、俺が何をさせることを想定しているのだろうか。


 変な誤解はやめてほしい。



 いずれにせよ。


 『その覚悟や良し!』と言いたいところだが、俺の答えは一つしかない。



「うーん。あれはスキ……『能力』に関わるものだから、他人に教えるのは難しいと思う」


「……そうなんだ」



 『バッシュ』はスキルだ。


 俺だけしか使えないスキルというわけではないが、ちょっと教えたからといって習得できるようなものではないはずだ。


 ただ、ここで完全に彼女を拒絶してしまえば、また妖魔の横取り行為を再開するだろう。


 それは火を見るよりも明らかだ。


 それだけならまだしも、変に強い敵に特攻して取り返しのつかない怪我を負ってしまったり命を落としてしまえば目も当てられない。


 彼女に対してポジティブな感情はほとんどないが、それでもこうして関わってしまった以上「あとは知らん」と冷徹に切り捨てることは無理だった。



 はあ……仕方ない。



「ただまあ、朝来さんの立ち回りはまだ粗削りだからそこから見直していく手伝いはできるかもしれない……かな」


「…………!」



 俺の言葉を受けて、ぱあっと表情が明るくなる朝来さん。



「ただ、弟子ってのはナシで。業務時間内で、研修の形でなら時間を作れると思う。とりあえず、うちの課長と話をしたうえでどうするか決める。それでいいね?」


「……分かったわ!」



 満足そうな朝来さんの様子に、内心ほっと胸をなでおろす。


 とりあえず、押しかけ弟子は穏便な形で回避成功だな。




【お知らせ】


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 「カドコミ」「ニコニコ漫画」にて第1話目が掲載されていますので、ぜひぜひチェックしてみてください!

 ちなみに4/12付の近況ノートに各サイトへのリンクと一緒にイラストも貼ってますので、まずはどんな感じかご覧頂ければと思います!


 宣伝失礼いたしました。

 それでは引き続きよろしくお願いいたします!!

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