第101話 社畜と押しかけ弟子
その後。
桐井課長とルーチェが戻ってきたあとすぐ、
まあ、寝ぼけていたとはいえ負けた相手に抱き着いて泣きじゃくってしまったら、さすがの彼女も立つ瀬がない。
それはまあ致し方なしなのだが……せめて状況を説明してから帰って欲しかった。
そのあと、妙な圧力を放つ課長殿から質問攻めにあったのは言うまでもない。
もしかしたら、これが彼女なりの意趣返しだったのだろうか。
だとすれば、こうかはばつぐんである。
もっとも桐井課長に誠意をもって真摯な態度で事実を話すと、ちゃんと理解を示してくれた。
これも日ごろの行いが良いからだろう。多分。
……今後とも、真面目に仕事を続けてゆく所存である。
もちろんそれだけではなくルーチェ氏が朝来さんの状態を遠隔で把握していたらしく、身の潔白は最初から証明されていたというのも大きかった。
マスコットは魔法少女との魔法的な契約により、随時ある程度の状況を把握できるそうだ。
それはそれでプライバシーなど問題があるのでは……? などと思わなくはないが、マスコットは人間とは異なる種族だから問題ないのだろう。
俺だって例えば世話をする対象がリスの雌だからといって、何かを思うことはないわけだし。
まあ、それを言うとクロは女性の姿に変化することができるわけだが……まあアイツは本質が狼だからな。
……あまり深く考えるとドツボにはまりそうなのでやめておく。
ちなみにルーチェ氏の一人称は「ボク」だが、桐井課長いわくマスコットの本来の種族であるレッサーデーモンは雌雄の概念はないとのことだった。
彼(?)は朝来さんが心配とのことで、桐井課長の俺に対する
「それにしても、廣井さんがあれほど強いとは思いませんでした。以前もお手並みを拝見していましたが……まさか『御霊』で強化した魔法少女をたった一撃で倒すなんて。佐治さんもあの手の体術の使い手ですが、もしかすると彼女以上かもしれませんね」
「そうでしょうか……? 結構ギリギリだったと思いますけど」
誤解(?)が解ければ、あとは先ほどの模擬戦の話題である。
なんか手放しに誉められた。
もちろん悪い気分ではないが、手の内をほとんど明かせないので複雑な心境だ。
「だとしても、ですよ。そもそも『御霊』は対怪人戦闘を想定した武装ですから、対人戦闘を想定した出力ではないんです。……もしかして、廣井さんは」
そこで言葉を切り、真剣な眼差しでじっと見つめてくる桐井課長。
が、それもほんの数秒のことだった。
「……いえ、失礼しました。そんなわけ、ないですよね」
彼女はすぐに視線を外し、謝罪の言葉を口にした。
俺、その『怪人』ってやつではないと思います、桐井課長……
そもそもマニュアルの説明によれば、『怪人』というのは人型妖魔のうち飛びぬけた強さを持つヤツのことだ。
だから、人間である俺が怪人である可能性はない。
まあ、俺の左目は怪人由来であっても不思議はないが……
いずれにせよ、いきなり暴れ出したりはしないので安心してほしいところだ。
「……おそらく廣井さんの勝因は、蒔菜さんが『カグツチ』をまだ使いこなせていなかったからでしょう。あの子、怒りに任せて無駄に炎を放出させていましたし動きもかなり雑になっていましたし」
「まあ、多分それですね」
そういうことにしておこう。
もっとも俺の実感としても、決して彼女に圧勝したなどとは思っていない。
もちろんこっちが他の攻撃手段を用いないというハンデ戦だったのもあるが……それを差し引いても、彼女のポテンシャルは侮れなかった。
確かに攻撃は荒いしスピードとパワーでごり押しする脳筋戦法だが、それでも並大抵の妖魔や魔物になら無双できるだけの戦闘力はあったと思う。
多分だが、あの状態のミラクルマキナならば異世界のドラゴンを瞬殺できると思う。
まあ怪人というのは、俺は出会ったことがないから分からないが……
というわけで、今後はミラクルマキナと本気で戦うのはゴメンである。
さすがにこれ以上強くなれば、俺も手加減できるかどうか怪しくなってくるからな。
その後は事務仕事などを片付けつつ課長と他愛のない話をし、気づけば定時になっていた。
「今日はお疲れさまでした。私もかなり消耗しましたし、この辺りで上がることにします。廣井さんはどうしますか?」
「あ、私もご一緒します」
時計を見ながらほうとため息をつき、桐井課長が業務終了を提案してきた。
俺の仕事も片付いていたし、もちろん反対する理由などあろうはずがない。
ささっとデスク周りを片付け、PCの電源を落とし、オフィスを後にする。
桐井課長とは一階のロビーで別れ、帰路についた……のだが。
「…………」
会社の敷地を出たあたりで違和感に気づいた。
なんというか、ずっと背中に視線を感じるのだ。
なんか……誰かに尾行されてる?
「…………」
尾行者からは敵意は感じられない。
それよりも、何やらそわそわした雰囲気を感じる。
ひとまず、気づかないふりをしてそのまま最寄りの駅へと歩いていくことにしたのだが……
「…………」
「……………………」
あまりにも気配丸出しのバレバレな尾行に、ついに限界が来た。
というか、今どきちょっと後ろの電柱に隠れながら後を付いてくるとか、変質者だってやらないだろ……
そもそも、
……はあ。
立ち止まる。
それから踵を返し、慌てて電柱の影に身を隠した
「あの……何か私に用ですか?」
「なっ…………えっ…………み、見つかった!?」
彼女にとっては不意打ちだったのか、その場から逃げるでもなく目を泳がせる朝来さん。
顔が変な汗だらけでゆでだこみたいに赤い。
が、それも束の間のこと。
すぐに我に返った彼女が俺にビシッ! と指を突き付け、驚愕の表情で叫んだ。
「なっ、なんで分かったの!? 気づかれないように尾行してたのに!」
「それ、自分から白状するんですか……」
ていうかバレバレだよ!
ヤバイ。
この子、思ったより脳筋というかポンコツだ。
少なくとも尾行の才能は完全にゼロである。
それはさておき、なぜ俺を尾行していたのかは気になるところだ。
まさか闇討ちでもしようとしてたのだろうか?
それとも自宅を突き止めてからの後のお礼参り?
どちらにせよ看過できることではない。
「もう一度聞きますが、何の用です? ことの次第によっては――」
「お願い!」
と、いきなり朝来さんが声を張り上げると、ガバッ!! と地に伏せた。
膝を折り、頭を地につけ、手は前に添え。
それはもう見事な土下座だった。
「……あの、朝来さん?」
「恥を忍んでお願いするわ! 私を、おじさんの……廣井さんの弟子にしてください!」
「………………は?」
状況の理解が追いつかず、頭のてっぺんから声が出た。
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