第100話 社畜、かなり焦る
「やば……っ!」
魔法少女は身体能力が常人の比ではないし、衣装で防御力も上がっていることを見越しての『そこそこ』だったのだが……もしかしたら強すぎたか!?
今はもう衣装も消えて制服姿だが……まさか死んでないよな!?
いつまでも起き上がらないミラクルマキナに慌てて駆け寄る。
「安心してください、彼女はちゃんと生きています。呼吸も安定していますから、単に気絶しているだけでしょう」
が、一足先に彼女のもとにしゃがみこんでいた桐井課長がミラクルマキナの首筋に手を当て、落ち着いた口調でそう伝えてきた。
「チュチュッ……! ミラクルマキナのバイタルは正常ッチュ。安心して大丈夫ッチュ」
ミラクルマキナ担当のマスコットことルーチェ氏が彼女の周囲を飛び回りながら、補足してくれる。
どうやらマスコットは魔法少女の健康状態も把握できるらしい。
魔法とかだろうか?
今はその情報がありがたい。
「ありがとうございます、ルーチェさん」
「おおお、お安いご用でありますッチュ!」
桐井課長がねぎらいの言葉をかけると、ルーチェ氏はビシ! と姿勢を正して敬礼した。
軍人かな?
いや、単にさっきの彼女の力をみてビビっただけかもしれない。
「そう……ですか」
桐井課長とルーチェ氏の説明を聞き、ようやく安堵感が押し寄せてきた。
いくら超人的な戦闘力を持っているとはいえ、ミラクルマキナ――
確かに少なからぬ因縁があるし、模擬戦の形式を取っているが、好んで暴力を振るいたい相手ではない。
まあ、向こうはそうは思っていなかったからこその模擬戦ではあったが……
いずれにせよ、大きな怪我を負わせていないようでよかった。
「念のため、オフィスまで連れて行きましょう。廣井さん、彼女を持ち上げる余力はありますか?」
「……もちろん大丈夫ですが……私がですか?」
いやまあ、客観的に見れば男の俺が朝来さんをおぶって連れていくべきだとは思った。
だが、コンプライアンスの厳しい昨今、女子中学生を抱きかかえたりする行為は危険なのではないか……と一瞬躊躇してしまう。
いやまあ課長命令なわけだし、そもそも以前似たようなことをした記憶もあるけども。
「もちろん私も手伝いたいところなんですが……少し本気を出し過ぎてしまいました。しばらくはボールペンも持てそうもありません」
そんな俺の胸中を察したのか、桐井課長はしゃがんだまま苦笑して手を差し出してきた。
彼女の手はプルプルと細かく震えていた。
よくよく見れば、顔色も青白かった。
というか、グラリと身体が傾いた。
「桐井課長、大丈夫ですか!?」
慌てて彼女に駆け寄り支える。
肩を貸し、ゆっくりと近くのベンチまで連れてゆき座らせる。
「ご心配おかけしてすいません。少し休めばすぐに回復しますので……さすがに現役の子相手に力の出し惜しみをしている場合ではなかったですからね。ちょっと無理しちゃいました」
てへへ、と笑顔を見せる桐井課長だったが、顔色も相まって儚げで、今にも消えてしまいそうだった。
と、そこで思い当たる。
「……もしかして、魔力切れというやつですか」
もちろん俺はなったことがないが、心当たりがあると言えばそれくらいだ。
そしてそれは正解だったようだ。
桐井課長の目が大きく見開かれる。
「……驚きました。廣井さん、やっぱり詳しいんですね。その通りです。……でも」
それからすぐに彼女の顔が、自嘲するような苦笑に変わる。
「もしかして、現役の子相手に圧倒してると思いました? 元魔法少女なんて、所詮この程度ですよ」
「そんな! 桐井課長、メチャクチャ強かったですよ」
「ふふ、ありがとうございます。でも、廣井さんにならともかく……こんな弱々しい姿を蒔菜さんに見せて失望させたくありませんからね。彼女には内緒ですよ?」
「もちろんです」
なるほど。
桐井課長ほどの人が現場に出ない理由が少しだけ分かった気がする。
確かに、衰えてもなお圧倒的な戦闘力だが、継戦能力という意味では心もとない。
もちろん、もっと力をセーブして戦えばここまで消耗することはなかったと思うが……まあ、朝来さんが存外に強かったということだろう。
いずれにせよ、この状態の桐井課長に手伝ってもらうことはできない。
「私はここで少し休んでから戻りますので、先に蒔菜さんをお願いします」
「承知しました」
「キリイ殿は、ボクが見てますでありますッチュ!」
ルーチェ氏は畏まり過ぎてなんか語尾どころか言葉遣いがバグり始めるが大丈夫だろうか?
まあ、桐井課長本人は少し休めば……と言っているので、今はそれを信じることにする。
「……よっ、と」
倒れたままの朝来さんを抱き起し、背中におぶる。
以前も感じたことだが、彼女は存外に軽い。
ちゃんと食べているのか心配してしまうほどだ。
エレベーターに乗って『別室』のオフィスまで彼女を連れていく。
途中で何人かのスタッフとすれ違ったが、何かを察したらしく話しかけてくる人はいなかった。
もしかしたら、この手の出来事には慣れっこなのかもしれない。
『別室』のオフィスに到着したらすぐさまデスクから四つほどの椅子をかき集めてきて横に並べ、その上に朝来さんを寝かす。
こうやって並べたオフィスチェアって、意外と寝心地がいいんだよな。
まあこの即席ベッドに横たわらざるを得ない状況そのものには、いい思い出はないけどさ。
枕は、とりあえず桐井課長の椅子に敷いてあったクッションとひざ掛けを拝借して作成。
「これでよし」
うまく『椅子ベッド』に寝かせたものの、朝来さんはまだ目覚めない。
たまに「う……」と唸ったり顔を歪めたりしているから、何か夢を見ているのかもしれない。
「う……おと……さん……あさん……」
というかかなりうなされてるっぽい。
閉じたままの目からは涙がこぼれてるし、ちょっと心配である。
と、そのときだった。
「わああぁっ!」
いきなり朝来さんが叫び声をあげ、ガバッと起き上がった。
酷くうなされていたせいか、息は荒く、目の焦点が合っていない。
「だ、大丈夫?」
ダメージはなさそうだが、さっきの模擬戦がトラウマになってたりしないといいんだが……
と、朝来さんが俺の声に反応したのか、こちらを向いた。
「おとう……さん? お父さんっ!」
「えぇっ!?」
彼女は俺を見て、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
それからどういうわけか、ガバッと俺にしがみついてきたのだ。
そのまま「お父さん」と連呼しながら泣きじゃくる朝来さん。
「(マジか……)」
これは困った……
まだ寝ぼけているらしい。
そしてまだ悪夢から完全に目覚めていないのか、俺を俺だと認識できていないらしい。
しかしこのままでは埒が明かないし、彼女の名誉にも関わる。
なおもしがみついたままの彼女をどうにか引きはがしてから、言った。
「……ごめん。本当に申し訳ないんだけど、俺は君の父さんじゃないよ。でも、怪我がなさそうでよかったよ、朝来さん」
「え………………」
彼女の視線が俺の顔を捉えた。
そしてようやく、俺が誰であるか認識したようだ。
目を見開いたままフリーズし、みるみるうちに顔が真っ赤になってゆき――
「あああああああああ!」
なんか絶叫したあとに再び椅子ベッドに突っ伏してしまった。
こちらに背を向け丸くなり、そのまま微動だしなくなる朝来さん。
時おり悶絶するような声が聞こえてくるが、俺も声をかけていいものやら分からず完全にフリーズしてしまう。
「……………………」
ヤバイ。
超居たたまれない。
桐井課長、早く戻ってきてくれーーッ……!!
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