第99話 社畜、魔法少女と再戦する 下
「くっ……次は負けない! おじさんなんかには、絶対に……!!」
桐井課長に瞬殺されたのがよほど悔しかったのか、顔を真っ赤にして俺を睨みつけてくるミラクルマキナ。
確かに課長は恐ろしく強かった。
以前戦ったクリプトとかいうホストもどきには相性的に勝てるかどうか分からないものの、オーク兵程度なら百体いようが瞬殺だろう。
下手をすれば女神像とも互角に戦えるのではないだろうか。
世の中には、まだまだ強い人がいるものである。
それはさておき、今度は俺の番である。
正直なところ、さっきは一瞬で勝負がついてしまったのでミラクルマキナの現在の実力はまだ未知数である。
そういう意味では、油断している場合ではない。
まあ、油断なんてするつもりはないが。
こっちはただ左目が『魔眼』なだけの、ただのサラリーマンだからな。
おまけに素手だし。
せめてこっちもミラクルマキナに対抗してピコピコハンマーくらいは持たせてほしい。
まあ桐井課長には、先日俺が素手で妖魔を消滅させたところを見られているからな。
武器の準備なんてあろうはずもない。
はい、このまま推して参りますとも。
「廣井さん、準備はいいですか?」
「はい、いつでもいけます」
桐井課長はすでに変身を解いて普段のゆるふわな姿に戻っている。
というか、魔法少女姿になると容姿も変わるんだよな。
それでいてちゃんと面影もあるから、もしかしたら魔法少女になったときの年齢とか容姿で固定されるのだろうか。
そのへんの仕様はよく分からないが、リトル課長殿は可愛らしさの権化だった。
それはさておき、こっちも準備万端だ。
ミラクルマキナにならってストレッチも済ませておいたし、スーツの上着は脱いである。
「それでは、はじめ!」
「隙あり!」
桐井課長の号令と同時に、ミラクルマキナが突っ込んできた。
彼我の差が20メートル近くあったのにも関わらず、一瞬で距離を潰される。
確かに、以前よりも速い!
だが、桐井課長より……ずっと遅い。
それじゃ、俺に触れることすらできない。
「ハンバーグになっちゃえ!」
物騒なキメ台詞を吐きながらミラクルマキナが巨大なハンマーを振り下ろしてくる……が、これは難なく回避。
ズガン! と屋上の地面に亀裂が入る。
それと同時に、ハンマーで叩きつけられた場所が一気に大炎上。
やはりあの武装は炎属性のようだ。
つーか直撃したら本当にハンバーグになっちゃうんだが!?
「…………っ!(ちょっと課長!?)」
抗議の視線を桐井課長に向ける。
しかし彼女はニコニコしながら軽く手を振ってくるだけだ。
鬼軍曹かな?
「チュッ!? マキナ、庭を燃やしたらマズいッチュ!」
「うるさいわね! あとで全部元通りになるからいいでしょ!」
「俺も元通りになるといいんですけどね……?」
ていうか、これ喰らったら確実に『死』では?
今から入れる生命保険……じゃなくて、今から取れるスキル『再生能力』とかないですかね?
ないですか……そうですか……
『魔眼』のレベルアップによるスキル出現が待たれる。
と、そんなことを言っている暇はない。
「これがダメなら……こうよっ!」
叫びながら、ミラクルマキナが再び襲いかかってきた。
今度は横殴りだ。
これは避けづらいが、バックステップで回避する。
さっきよりもかなり速度が上がっている。
だが、頭に血が上っているのか振りが雑になっている気がする。
それに彼女は存外素直な性格らしく、視線や予備動作でどこをどう攻撃しようとしているのかが丸わかりだった。
「このっ!」
「おっと」
「ちょこまかとっ!」
「ほい」
「逃げるなッッ!!」
「やな……こった!」
実際、さっきから攻撃を受け続けているものの喰らう気がしない。
まあ、正直言えば……俺が負ける要素は皆無だ。
ただ、攻撃の威力とスピードから、なかなか反撃しづらいのも事実だった。
いや、相手を無力化することは今すぐでも可能だ。
ただ、『魔眼光』も『奈落』も決まれば相手に致命傷か、運が良くても取り返しのつかないレベルの重傷を負わせる可能性が高かった。
それは俺も望んでいないし、この状況を作りだした桐井課長に迷惑が掛かってしまう。
だとすれば、残るは『バッシュ』だが……このスキルは直接相手に触れなくてはならない。
そのためには、どうにかして『隙』を作る必要があった。
ただし『鑑定』、テメーはダメだ。
なぜかあれは人に掛けると自動的にセクハラになる仕様らしいからな。
隙を作り出すという意味では今以上に使いどころはないのだが、それで桐井課長に嫌われたくはない。
となれば……
「あの、もっと本気で攻撃してきて構わないですよ?」
ということで、俺は攻撃を躱しつつ、彼女を煽ってみることにした。
ミラクルマキナは言動や戦闘スタイルからしてかなり直情的な性格だ。
この手の挑発はかなり効くはずだ。
実際、効果てきめんだった。
「なん……ですって……!?」
彼女が攻撃をやめ、その場で立ち止まる。
武器と同じように、彼女の周囲がグニャリと歪む。
陽炎だ。
それも高熱の。
彼女の足元の芝があっという間に黒く炭化してゆく。
「だったら、見せてあげるわ……本気で本気の奴を……!」
低い声で呟き、ハンマーを構える。
腰を落としたその恰好は、まるで猛獣のようだ。
鋭い、射抜くような視線が俺に向けられている。
「はあッ…………!!」
裂帛の気合とともに彼女が纏う陽炎が紅く色づき、ついには紅蓮の炎と化した。
「すげ……」
業火に包まれたミラクルマキナを見て、思わず声が漏れる。
以前はこんな力は持っていなかったはずだ。
彼女の言っていた通り、見た目だけじゃなく相当に力が強化されているようだ。
「いけないっ……! 蒔菜さん、それを開放してはいけません!」
桐井課長がハッとした顔をしたあと、叫ぶ。
「というか装備課の人たちは何をやってるの……! 『カグツチ』は面白半分で組み込んでいい代物ではないのに! 中止です! 二人とも今すぐ戦闘を中止しなさい!」
「もう止まらないわよ、『開放』しちゃったから! うがあァぁぁァーーっっ!!」
だがミラクルマキナは止まらない。
獣じみた咆哮を上げ、さらにそれに呼応するかのように、彼女を取り巻く業火が彼女の衣装を侵食し始めた。
それから、長くのびた髪も。
今やミラクルマキナは業火そのものだった。
「ひいっ!? あつつっ!? 尻尾に火が燃え移ったッチュ!?」
そんな様子に、さすがのルーチェ氏もたまらず距離を取る。
身を焦がすような熱が、こちらまで吹き付けてくる。
「面白れぇ……ッ!」
思わずそんな声が漏れた。
目の前の彼女は、今や以前戦った『
だというのにワクワクが止まらない。
こんなヤバいヤツをどうねじ伏せるか。
どうやって躱し、攻撃を叩きこむか。
気が付けば、そんなことで頭がいっぱいになっていた。
《………………………………》
左目がチリチリと疼くのを感じる。
もしかしたら、この感情は『魔眼』によるものなのかもしれなかった。
あるいは俺の奥底の何かが目覚めたのかもしれない。
どちらでもいい。
それよりも目の前の
攻撃を躱すのはいい。
炎の熱さも、まあ一瞬くらいは我慢できるはずだ。
それよりも、どこを攻撃すればコイツは止まる?
頭? 顔? それはダメだ。
さすがに女子中学生の顔をぶん殴るのは、今の高揚した精神状態でもちょっとキツい。
熱く燃え滾る頭でも、俺の大人な部分が暴力性の邪魔をする。
ならば手足?
それだと多少の攻撃では止まらない気がする。
とはいえ、骨を折るのはやはり心理的に厳しい。
となれば……やはり腹部か。
とはいえ、場所は慎重に見極めなければならない。
少し上は胸だし、その下は下腹部である。
ぶっちゃけどちらも触れたくない。
後々セクハラ呼ばわりされたくないからな。
となれば……狙うのは
それにここは、うまく決まれば間違いなく行動不能に陥らせることができる。
……よし、方針は決まった。
「あああああぁぁぁぁぁぁーーッッ!」
俺の思考がまとまったのと同時に、ミラクルマキナの力の開放も終わったようだ。
荒ぶる業火が少しだけ落ち着き、彼女が俺を見据える。
さらにグッと身体を低くし、足を踏ん張る。
次の瞬間。
彼女を包み込む業火が揺らめくのが見えた。
――来る。
「『轟炎槌』ッッ!!」
ドン、と彼女の背後が爆発したみたいに大きく吹き上がった。
蹴り出した足の勢いで地面が爆ぜたのだ。
もしかしたら身にまとう業火をジェット推進のように使ったのかもしれない。
さっきの比ではない圧力と速度、それに圧倒的な熱量とともにミラクルマキナが迫りくる。
何やら必殺技らしき言葉を叫んでいるのは、中二的には超高ポイント。
100点満点中300点。
だが。
それでも俺の反応速度を上回るには程遠かった。
「ごめんな」
ミラクルマキナの繰り出した渾身の一撃を、スルリと躱す。
小さく詫びの言葉を発し、
全力はさすがにやめておいた。
「――――ッ」
彼女の声にならない苦鳴が、俺の耳元で鳴った。
余すところなく完璧に浸透した打撃は、人体を吹き飛ばさずその場に崩れ落ちさせると聞いたことがある。
実際、ミラクルマキナはそうなった。
ガクンと膝を折り、武器を取り落とす。
逆巻く業火が消失した。
グルリと彼女の目が白目を剥く。
「か――は――」
彼女は焼け焦げた地面に倒れ込み――しばらく待ったが、再び立ち上がることはなかった。
「勝負あり! 廣井さん、一本!」
桐井課長の鋭い声が庭園全体に響き渡った。
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