第97話 社畜、問題児と面談する

 研修依頼はその日のうちにあった。


 依頼元は、魔法少女やマスコットをバックオフィスでサポートする部署からだ。



 きっかけは、一部の魔法少女の取得ポイントが激減したタイミングと同じくして、ミラクルマキナの取得ポイントが激増したことで彼女が何らかの不正を働いているとの疑惑が持ち上がったことで、彼女の事情聴取を実施したことだ。


 もっとも、最終的には彼女が不正を働いておらず(妖魔の横取りはルール違反だがポイント不正ではない)、きちんとポイント分の妖魔を倒していたことが分かったそうだが……


 部署の責任者(五十路のオッサン)がやってきて桐井課長に当時の様子を話していたが、ことの経緯を尋ねるたびに彼女が激昂するわ変身して暴れまわるわで相当な修羅場だったようだ。


 で、結局その部署では手に余るとのことで、『別室』にお鉢が回ってきた……というわけである。




 ◇




「私は謝らないからね!」



 ノックもせずにノシノシと会議室に入ってくるなり開口一番。


 ミラクルマキナこと朝来蒔菜あさごまきなさんはそう言い放った。



 もっとも、彼女はなぜここに呼ばれたのかしっかり自覚しているようだ。


 そしてご立派なことに、自分の行為をしらばっくれるつもりもないらしい。


 今も堂々と胸を張っていらっしゃる。



「チュチュッ!? ……マキナ、落ち着くッチュ」



 一方、彼女の隣で右往左往しているのは例のリス型マスコットのルーチェ氏である。


 彼は先日の戦いで『負傷(全身挫滅)』したことにより戦線離脱していたが、数日前に無事復帰したとのことだった。


 ちなみに彼はこれまで非正規だったそうだが、名誉の負傷(?)が評価され無事正規マスコットに取り立てられたとのこと。



 ていうか全身挫滅って要するに身体を木っ端みじんにされたってことだよな?


 そこから普通に復活するとか、タフな種族である。



「……とにかく話を聞きますから、落ち着いて。まずは席に座ってください、蒔菜さん」



 そんな彼女をなだめているのは、俺の隣に座る桐井課長である。


 この手のやり取りに慣れているのか、課長殿は慌てず騒がずニコニコしたままだ。


 というか、現在彼女が纏う空気には妙な圧があった。


 菩薩めいたゆるふわスマイルも相まって完全に強者のオーラである。



「……っ、フン!」



 朝来さんも桐井課長の圧力を肌で感じたようだ。


 一瞬眉をピクリと跳ね上げると、鼻息荒く……俺たちから一番遠くの椅子に腰かけた。



「今日お呼びした理由は分かってますよね?」


「分かってるわよ。他の子の獲物を先に狩ったやつでしょ?」



 彼女は学校帰りなのか制服姿で、会議室の長机の上にデンと置いた鞄にはアニメか漫画のキャラをかたどったキーホルダーがぶら下がっている。


 こうしてみると、身なりだけはどこにでもいる普通の中学生といった具合だ。


 ただ、俺と桐井課長を睨みつけるギラギラした眼光は、この年代の子供が持つものではない……ように思えた。


 俺が中学生の頃に同じクラスだったヤンキー君でも、ここまで鋭い視線をするヤツはいなかったはずだ。



「自覚しているのならいいでしょう。ですが、貴方のやったことがルール違反だということは知っていますよね?」


「だから何? あいつら……妖魔は人を食い殺すのよ? 本来ならば一秒でも早く駆けつけて退治しなければダメなのに……遊び半分でのんびり現場にやってきて、私に先を越されたからって後からグチグチ文句を付けてくるなんて、腑抜けにもほどがあるわ」



 桐井課長と朝来さんの応酬が始まった。



「しかし、各々持ち場があります。それは貴方だって同じでしょう? いきなり他の魔法少女がやってきて、貴方の持ち場を荒らして行ったらいい気はしないでしょう」


「私は自分の持ち場の妖魔を殲滅してから、他の子の持ち場に出かけてるわ。だから問題なんて何もないわよ!」


「そういう話ではないんですが……」



 あまりにあまりな屁理屈に、桐井課長がこめかみをグリグリとしている。


 相当フラストレーションが溜まっているようだ。


 彼女が続ける。



「それに、貴方が他の持ち場で妖魔を狩ってしまうと、その持ち場の担当者が本来得られたはずの戦闘経験やポイントによる武器強化の機会を奪われてしまいます。そうなれば、今よりずっと強い妖魔や怪人が現れた時に、貴方以外の皆が弱いまま事態の対処に当たらざるを得なくなるんです。これがどれほど危険な状況か、分かりますよね?」


「でも……だったら、私がその子たちの分まで強くなればいいだけでしょ!」


「貴方一人だけでは対処できない状況がある、と言っているんです!」



 まさに『ああ言えばこう言う』である。


 桐井課長の辛抱強い説得も、残念ながら朝来さんの耳には届いていない。


 反論のスピード感からして頭の回転は速い子なのだろうが、ここまで頑固だと困りものである。



「あわわわ……」



 ちなみにルーチェ氏は彼女の隣で心配そうに事の成り行きを見守っているだけだが、こればかりは仕方がない。


 今回朝来さんが悪いのは彼の目からも明らかだと思われるが、基本的にマスコットは俺たち側ではなく魔法少女の味方だ。


 態度からしてそれなりに葛藤はあるようだが、さりとて我々サイドに付くわけにもいかず。


 まあ、板挟みというやつである。



「…………」



 俺はチラリと手元の資料を見やる。


 ざっくりした情報だが、彼女の生い立ちなどが書かれている。



 悲劇は12歳の夏休みに起きた。


 彼女は、家族旅行で出かけた先で妖魔に襲われたのだ。


 いわゆる小鬼ゴブリン型だったそうだ。



 ゴブリンは魔法少女にとっては取るに足らない相手ではあるが、それでも猪なんかよりずっと強いし、残虐性は野生動物の比ではない。


 単体ならばどうにか逃げ切れるかもしれないが、三体もいれば普通の大人ではとても太刀打ちできない存在である。



 朝来さんのご両親はゴブリンたちの襲撃から自分たちの身を盾にして彼女を護り、その結果両名とも命を落としてしまったそうだ。


 そして本人も放っておけば命に係わる重傷を負ったものの、間一髪のところで救援に駆け付けた魔法少女によりどうにか生き延びることができた、とある。



 その後、彼女は傷が癒えたあとすぐに魔法少女に志願したそうだ。


 幸い魔法の適性があり、晴れて魔法少女へ。



 で、その後は鬼神のごとく妖魔を狩りまくり、今に至る……と。



 弱冠14歳の女の子にしては、なかなかに壮絶な過去だ。


 たしかに同情すべきところは多々ある。



 とはいえ、だからといってルール違反が許されるかといえば答えは否である。


 『別室』の業務の一環として他の子の来歴を確認したことがあるが、彼女ほどでないにせよ似たような事例はいくつかあった。


 彼女だけを特別扱いする理由は、どこにもない。



「ていうか、さっきから気になってたんだけど……なんでおじさんがここにいるの? その人『擬態型』よ。本部に妖魔が入り込んでいるわよ!」



 と、桐井課長と押し問答を続けていた朝来さんの視線が急にこちらを向いた。


 ビッ! と指などを突き付けており、まるで射抜くような眼光である。


 しかし、この状況……


 どうやら朝来さんは課長殿に言い負かされそうになり、話をすり替えようとしているようだ。



「安心してください、蒔菜さん。彼は普通の人間ですよ」



 桐井課長もそれを分かっているようだ。


 俺を一瞥してから、落ち着いた声でそう言った。



「そんなわけないわ! 前に、『遮音結界』の中で動いてたの見たんだから! 普通の人間ならありえないわ!」


「彼は『こちら側』の人間です。でなければこの場に同席することはありません。そのくらい、聡明な貴方なら分かっていることでしょう?」


「でも……!」



 ギリッと歯噛みして、俺を睨みつけてくる朝来さん。


 とはいえ、桐井課長の迫力と比べれば子犬のようなものだ。



「はは……先日はどうも。廣井と申します。以後よろしくお願いいたします」



 とりあえず軽く会釈をしておく。


 中学生に対してどう接すればいいのかいまいちよく分からないが、挨拶は大事である。



 だが彼女はそんな俺の態度が気に入らなかったようだ。


 「フン!」と大きく鼻を鳴らし、ツーンとそっぽを向かれてしまった。


 どうやら彼女にはえらく嫌われてしまっているようである。


 まあ、こちとら冴えない見た目のただのオッサンだからな。



「とにかく、現場も知らない人に説教される筋合いなんてないし! ていうか私は私より弱いヤツの言うことなんて聞く気はないから!」



 取り付く島もないとはこのことである。



 しかし。



「……………………ふふ」



 俺の隣で軽い笑みが聞こえた。


 なぜか全身が総毛立つ。



 思わず隣……桐井課長を見た。


 彼女は笑っていた。


 それはもう、満面の笑みで。



 ……元来、動物の世界では『笑う』という仕草は『威嚇』であったという。



「……そういうシンプルなの、大好きなんですよ」



 桐井課長がボソッと呟く。



「……何?」



 よく聞き取れなかったのか、朝来さんが眉をひそめる。



「蒔菜さんの言い分はよく分かりました」



 桐井課長が続ける。



「貴方もいろいろあってフラストレーションが溜まっていることでしょう。せっかくですから屋上で身体を動かしながら・・・・・・・・・、続きの話をしましょうか」

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