第96話 社畜と上司と問題児

 月曜の『別室』は意外と忙しい。



「……うおっ!?」



 朝、出勤してからPCを立ち上げると俺宛てのメールが大量に溜まっていた。


 これまで見たことのない量だ。


 転移魔法陣を覚えたおかげで昨日から続いていた楽しい気分から、一気に現実に引き戻される。



 他部署からのメールに混じって『業務報告/〇〇』というタイトルが数十件。


 あまりの多さに一瞬ギョッとするが、スパムではない。


 それ系のメールは、別フォルダにきちんと仕分けされている。



 よくよく見れば、タイトルの横にあるのは各マスコットの名前だ。


 そこでこれが、金曜から土日までの間に作成された『妖魔討伐』のレポートであると分かった。



 メールの内容は簡潔で、定型のあいさつ文とともに、本文に添えられたリンクを確認してください、とだけある。


 とはいえ、この辺りはもう慣れたものだ。


 気を取り直して、リンクをクリック。


 レポート閲覧専用のページへ飛ぶ。


 もちろんここもイントラネット社内ネットワークの一部である。



「…………」



 ずらりと並んだレポートの数々を、一件ずつ確認していく。


 レポートの内容は、主に妖魔の種類と数、出現場所と時刻、それに討伐数などなど。


 もちろん詳細な状況報告とともに、各魔法少女に対するマスコットの所感や評価なども記されていた。


 語尾が各マスコットで微妙に異なるのはご愛嬌である。


 ……それにしても、これらをあのマスコットたちがPCとかタブレットとかでカタカタとレポートを書き上げているところを想像するとなんとも言えない感情が込み上げてくるが、彼ら(もしかすると彼女かも知れないが)の働きなくして安全な魔法少女活動は成り立たない。


 マスコット様々である。


 ちなみに桐井課長いわく、このページには魔法的なセキュリティが掛けられているので『別室』を含めた関連部署しか閲覧できない仕様になっているとのこと。


 なんでも情シスにも桐井課長のような元魔法少女(彼女のお友達だとのこと)の人材がいて、その方が我が社のシステム開発に関わっているそうだ。


 元魔法少女、結構どこの部署にもいるっぽい。


 ただ、このフロアに女性だけが特別多い感じはしない。


 男性スタッフも普通に見かけるし。


 どうやらこちら側の世界には陰陽師とやらも存在しているようなので、男性スタッフはそっち側なのかも知れない。


 ニンジャとかいたら胸熱だが、どうだろうか。あらためて考えてみると、ものすごく気になるな……


 そう思うと、毎朝エレベーターで一緒になる五十すぎの恰幅のいいオッサンとかのバックグラウンドが気になってくるのが人の性である。


 多分オッサンは陰陽師とかだな。


 もしかしたらニンジャかもしれない。


 ……多分、魔法少女ではないと思う。



 そんなアホなことを考えつつ、すべてのレポートのチェックを終える。


 今回は特に研修の要請はなかったが、特定の魔法少女に関する提言というかクレームが目についた。


 なんでも、妖魔の気配を察知し現場に向かっていた魔法少女より先んじて現場に到着し妖魔を討伐して、さっさとその場から姿を消してしまう子がいるとのことだった。


 その子を特定してなんとかしてほしい、とのこと。



 もちろん妖魔の横取りは明確なルール違反であり、処罰対象だ。


 そもそも各魔法少女には担当するエリアがあり、その範囲内で妖魔を討伐するのがルールである。


 このあたりは配属時に渡されたマニュアルにも書いてあった。



 もちろん担当エリアは複数の魔法少女が活動しているので、たまに妖魔の取り合いになることもあるそうだが……


 今回は、まったく関係のない子のようだ。



 この手の問題児を特定して注意なり処罰なりを加えるのも、この『別室』の仕事の一つである。



「まったく、困りましたねぇ……またあの子ですか」



 その件を桐井課長に報告したところ、彼女は眉根を寄せてこめかみをグリグリと揉み始めた。



「課長はその子に心当たりが?」



 たしか、レポートには犯人の名前は上がっていなかったはずだが……



「ええ」



 しかし課長殿は大きく頷いて、続けた。



「……ミラクルマキナという名で活動している魔法少女です」



 あー……


 やっぱあの子、素行不良系魔法少女でしたか。


 まあそんな気はしてました。



「それにしても、これで三度目ですね……彼女は生い立ちとかいろいろと同情すべきところはあるんですが、普段からあまり素行が良くありませんし、また『別室』に研修依頼が入るかもしれませんね」


「研修……依頼ですか」



 彼女の口ぶりからして、どうやらミラクルマキナへの指導はこれが初めてではないらしい。



「ええ。なんだかんだ言っても、魔法少女のなり手は希少ですからね。いくら問題児だからと言っても、そう簡単に魔法少女から力を剥奪したり封じたりすることはできないんです」



 桐井課長は頷いて、先を続ける。



「ですから依頼があれば、きちんとこれまでの行いを反省してもらったうえで、しっかりルールを順守した活動をしてもらうよう研修・・を受けてもらうことになります」


「な、なるほど……」



 言葉遣いは丁寧だが、桐井課長の目が怖い。


 かなりご立腹のようである。


 それにしても、彼女への研修か……座学ではなさそうな気がするのは、俺だけだろうか。

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