第94話 社畜、転移魔法を理解する

『ヴオ―――――』



 ――ギュルン! ズズン……



 『深淵魔法:奈落』の行使と同時に、弱点を正確にくり抜かれた女神像が崩れ落ちた。


 今や神殿風の大広間を支配するのは、俺とクロの息遣い、それと静寂だけだ。



 はい、女神像は瞬殺でした。



 よくよく考えたら、別に範囲指定をことさら拡大する必要性、皆無だったわ。


 なにしろ既にスキル『弱点看破』で弱点の位置が丸見えな訳で。


 女神像は動き出した瞬間に弱点が出現するので、まだ動きが鈍いうちに弱点を貫くようなかたちで直方体の範囲を設定したうえ、魔法を行使。それで終わりだった。


 コスト面で言うと、トータル10,000マナちょうど。


 なおマナ節約のため、ドラゴン像は動く前に『魔眼光』で処理済みである。



「うーん……強力だけど、コスパは良くないな」



 静寂が満ちる大広間で、独り言ちる。


 正直なところ、気軽に使おうと思うとかなり燃費が悪い。


 魔物を倒すだけならば『魔眼光』で十分だ。


 それと攻撃範囲を数値で設定する手順があるため、地味に時間がかかる。


 広範囲を攻撃するには、それなりの時間と判断力が必要だ。


 もっともそんなデメリットを補っても余りある絶対的な面制圧力を有するので、使い方次第……いったところではあるが。



 ちなみに射程範囲はおおむね視界に納められる全域。


 どうやらこの『・』の動かせる範囲は俺が視認できる範囲に限定されているようで、壁の向こう側に向かわせることはできない。


 スキル『マッピング』と連動できないか……と試したがダメだったので、そういう仕様だと理解するしかない。


 魔眼のレベルアップによる透視系スキルの出現が待たれる。




 ◇




「よし、そろそろ帰るか。クロも腹減っただろ」


「……フスッ」



 女神像を倒してしまえば、今日はもうやるとこがない。


 その後は『奈落』の性能を残存マナの範囲でいろいろ試してから、そんな練習風景を転寝うたたねしつつも見守ってくれていたクロに声をかけ、宿に戻った。


 あいかわらずリンデさんが振舞ってくれた夕食は美味かった。


 ありがたいことに、異世界の食事は存外に俺の舌に合う。


 もちろん聞いたことのない香辛料やハーブなどが使われているので風味は独特なのだが、味付け自体は濃くもなく薄くもなく『美味しい』と感じることができる範囲のものだ。


 おかげで異世界来訪による体重増加が不安材料に加わってしまった。



 そしてクロにはお願いしていたとおり器山盛りの猪肉。


 ちなみに寄生虫とか病気が怖いので、加熱調理済みのやつである。



 そういえばこっちの猪って現実世界のものと同じヤツなのだろうか……と思って聞いてみたら、なんとワンボックスカーとほぼ同じ大きさだそうだ。


 ひと狩りいけそうなサイズ感である。



 こっちの野獣と魔物の区別、現代人には全く区別がつかない問題。


 もっともリンデさんの話では魔物は倒すとマナに還り跡形なく消滅する一方、普通の野獣はどんなに魔物に近い外見でも死体が残るので、そこで区別しているらしい。



 その後は毎度のように乱入してきたご近所のジイ様バア様たちと酒盛りに加わる。


 残念ながらここでも『深淵の澱』に関する情報は得られなかったが、ご近所様から振舞われた謎肉ジャーキーは美味かった。


 肉の表面に浮かんだ脂が虹色に輝いていたが、なんの獣かは聞いていない。



 と、そんな感じで異世界での滞在期間が過ぎてゆき……あっという間に翌日になった。



「ええ~!? もう帰っちゃうの? もう一泊していこうよ~今回は依頼も受けてないでしょ?」


「すいません、明日からまた遠方で仕事なので……」



 前回と似たようなやり取りを繰り返し、名残惜しそうなリンデさんを断腸の思いで振り切り宿を出る。


 次回はなるべく日数をかけて滞在したいところだが、有給はどのくらい取れるだろうか。


 前と比べて職場環境は劇的に良くなっているが、そのへんの制度は未確認だ。


 出勤したら桐井課長に聞いてみよう。



 そんなこんなで現実世界へと通じる遺跡の広場に到着し、さっそく魔法陣に乗ろうとしたところで……違和感を覚えた。



「……ここ、記述が間違ってるじゃん」



 魔法陣の端っこにある術式構文のうち、座標指定に関する補足の記述がふと気になった。


 転移場所が、魔法陣の『ほんの少し上』に指定されているのだ。


 しかも、接地面とされる座標を転移前に事前に取得し、『常にほんの少し上』になるような記述になっている。


 どうりで転移したときに妙な浮遊感があると思った。


 なんでこんな意味のないことを……と考えたところで気づく。



 これはもしかすると、何らかの理由で地表が歪んだときに、接地面と足の座標が重複しないように意図的にマージンを取っているからか?


 だとすれば、これは間違いじゃない。


 不測の事態を見越した設計、というわけだ。


 どうやらこの魔法陣を設計した奴はなかなか『分かってる』奴らしい。


 ……とそこまで考えて、さらに違和感を覚えた。



「……なんで俺、そんなことが分かるんだ?」



 これまでは、転移先の指定場所とか基本構造くらいしか分からなかったはずだ。


 だというのに、魔法陣の記述がすべて理解できるようになっていた。



 例えばこの魔法陣は、あらかじめ魔法陣に乗った者の身長や幅などの情報を取得したうえで、転移先に転移可能な空間が存在していることを確認するようになっている。


 ここで転移不可能だと判断すると、魔法陣そのものが起動しない。


 マナが魔法陣に流入しないよう、キルスイッチのような機構が働くようになっているのだ。


 あとは、転送が中途半端になったときの復帰方法だとか、生物非生物の判定だとか、どこから魔法陣を動かすためのマナを取得するか……などなど。


 それらがすべて、手に取るように理解できるようになっていた。



「……もしかして」



 慌ててステータス一覧を開く。


 すると、各種取得済みスキルの中に混じって、見覚えのないスキルが一つ追加されているのに気づいた。


 それは『ロイク・ソプ魔導言語』の『初級』と『中級』である。



 いつの間に……?


 心当たりは、あるようなないような。



 もしかして、本の中に入ったことが関係しているのだろうか?


 それとも、『深淵魔法』を取得あるいは行使したことが原因か?



 確信は持てないが、その二つのどれかのような気がする。


 そしてさらに。



《模倣:レベル3 により『転移魔法陣敷設』を習得できます 取得マナ:150,000》



 転移魔法陣が取得できるようになっていた。

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