第92話 社畜はあんまり興味がない
《『深淵魔法:奈落』を視認したことにより、取得可能になりました》
《取得しますか? はい/いいえ》
視界に浮かび上がった文字列は確かに『成果』だ。
だが、さすがに戸惑いを隠せない。
一瞬で数キロ四方を消滅させるとんでもない魔法が……取得可能?
しかも、どういうわけか取得に必要なマナ量も提示されていない。
どうやらノーコストで取得できるらしい。
これじゃ、『魔眼』が俺に深淵魔法を『取得しろ』と言っているのも同然じゃないか。
ならばなぜそこまでしながら俺に判断をゆだねているのか、という話ではあるが……
あるいは、そうせざるを得ないのか。
いずれにしても、俺は判断を迫られてる。
『どうしたの? ずいぶん難しい顔をしてるみたいだけど……やっぱり見ない方がよかったんじゃない?』
「いえ……そっちの方は大丈夫です。気にしないでください」
『……そっち?』
おっと、口がすべった。
「あ、いえ……とにかく、大丈夫です」
『そう? まあ深くは詮索しないわ! 業務範囲外だし』
「お気遣いいただきありがとうございます」
再び視界に映る文字列に意識を向ける。
《『深淵魔法:奈落』を視認したことにより、取得可能になりました》
《取得しますか? はい/いいえ》
『はい』か『いいえ』ならば、もちろん『いいえ』だ。
押したら自分も死ぬ核弾頭ミサイルの発射スイッチを持ち歩く趣味はない。
だから俺は『いいえ』に意識を向けた。
すると文字が切り替わり、新たな文字列が浮かび上がってきた。
《深淵魔法:奈落 の取得……『いいえ』を選択しました》
《深淵魔法の取得は『取得可能なスキル一覧』からいつでも取得可能です》
そこまで文字列が浮かぶと、フッと消えた。
どうやら取得強制イベントではないらしい。
ホッと安堵の息を吐く。
一応確認してみると、確かにいろいろな取得可能スキルの一番下に『深淵魔法:奈落』の文字が確認できた。
「…………」
よくよく考えると、取得可能スキル一覧に格納されているうえ他のスキルと違い取得コストゼロなので、実質取得したのと変わらない気がするが……気のせいということにしておこう。
◇
「それでは、ミルさん。お世話になりました」
目的を達成できたのなら、もうこの場所に用はない。
それに本の中にいる、という状況自体があまり気持ちのよいものではなかった。
なんというか……開けた場所にいるのに閉塞感を感じるというか、まるで地中深く空洞に閉じ込められたかのような妙な圧迫感があるのだ。
もしかしたら精神的なものかもしれないが、そのせいで疲労感もある。
さっさと異世界に戻って休みたい。
クロも疲れたのか欠伸をしているし。
『本当にもういいのかしら? まだまだ見せたい歴史、たくさんあるんだけど』
「お気持ちはありがたいのですが、そろそろ時間が迫っていますので」
だが、そんな俺をミルさんは名残惜しそうな様子で見守っている。
『そっか……でもね?』
言って、なぜか彼女はニヤリと妙な笑みを浮かべた。
『もしアンタが望むなら、あの『歴史』をアンタの手で変えることもできるわよ?』
「……それは、どういう意味ですか?」
聞き捨てならない言葉だ。
思わず聞き返す。
『どうもこうも、そういう意味よ。歴史を変える。アンタの手で。……とっても魅力的でしょう?』
「……それはそうですが」
とはいえ、そんなことがこの本に可能だとは思えない。
確かに本の中に入り込める時点でとんでもない魔法だということは分かるが、さすがに歴史改変なんてことができるとまでは思えない。
そこまでロイク・ソプ王朝が圧倒的な魔法を持っていたのなら、この異世界の『人族』はとうの昔に絶滅していたはずだ。
……いや、そうか。
多分わかった。
「それは、この本の中で……ですよね?」
『ふふ……もちろんそうよ。でも、このまま本の中に留まれば、アンタは再現された歴史のなかで好きな人物になって自由に生きていくこともできるわ。もちろん大魔法使いになって大活躍することも、王様になってハーレムを築くことも、アンタの望むがまま。私はこの本の案内役だけども、そういう権限も有しているの』
「なるほど」
まあ、魅力的な提案……には違いない。
要するに本の中で好きな役を演じて俺ツエーできるってわけだ。
言ってみれば、当時のRPGみたいなものだろうか。
当時この本を利用した神官は禁欲的な生活を送ってそうだし、いきなり『王様になって俺ツエーできまっせ……? カワイイ女の子も各種取り揃えてまっせ……?』とか誘惑されたら抗うのは難しい気がする。それも修業のうちかもしれないが。
ただ、俺は普通に自宅で酒を飲みながらTVとかPCでゲームができればそれで満足かな……
というか……鑑定先生の言う『取り込まれる』ってこのことだろ。
それに、だ。
「で、その歴史改変ゲームの対価はなんですか?」
『…………』
ミルさんは笑みを浮かべたまま答えない。
まあ、向こうも俺が分かったうえで聞いていることは察しているだろう。
気づいたのはついさっきだが。
「……マナですよね、対価。ついでにいえば、本の中に入ってから定期的に徴収されている。……サブスク制なら先に言ってくださいよ」
『さぶすくせい……? は分からないけど、まあ、そのとおりよ』
まったく悪びれた様子もなく肩をすくめるミルさん。
『でもお客さんにご奉仕したなら、対価を頂くのは当然でしょう? それに徴収するマナなんて微々たるものよ? 本の中ででも一晩寝ればちゃんと回復する程度だし、根こそぎ吸い取って死なれたら困るのは私だもの。ちゃんと寿命が尽きるその日まで、しっかり私が面倒見てあげるわよ?』
「…………」
まあ、本の精霊に文句を言っても仕方ないのは俺も分かってる。
あれだけの情報を得られたのだから、別にマナくらいくれてやっても構わない。
ただまあ……やはり人造精霊というだけあって、人間とは感性が違うな、とは思った。
「それじゃ、私たちはこれで」
『そう、残念だわ。でも、せっかくできた縁だもの。もし知りたいことがあればいつでもここに来るといいわ』
「ええ、その時はぜひ」
結局それ以上引き留められることもなく、俺とクロは再び路地裏の扉を抜けあっさりと宿の部屋に戻ることができた。
……あとで確認したところ、マナはそれほど減っていなかった。
疲労感は、やはり精神的なものが大きかったようだ。
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