第80話 社畜、現代の怪異と対峙する
新人魔法少女の相談を受けた翌日の夕方。
俺と桐井課長、それに新人魔法少女ゴシックセイラの中の人こと
「……ここです」
ここのご神体はすでに別の神社に移してしまった、いわゆる廃神社である。
境内は雑木林に囲まれており、道路に面しているというのにひっそりと静まり返っている。
敷地はしばらく放置されていたのか落ち葉や枯れ木などの堆積物に覆われ、少し歩きづらい。
ふと横を見れば、不法投棄された冷蔵庫やらの家電製品が放置されているのが見えた。
お社はまだ放置されて年月が経っていないせいかしっかりしているが、境内は荒れ放題である。
桐井課長の話によれば、こういう場所は妖魔が棲みつきやすいとのこと。
実際、朽ちかけた木製の鳥居を前にして、すでに周囲にはイヤな雰囲気が漂い始めていた。
なんか雨上がりでもないのに足元には霧のようなものが立ち込めているし。
「なかなか雰囲気のある場所ですね……加東さん、廣井さん、十分気を付けてくださいね?」
「は、はいっ」
「了解です」
昨日の面談の最後に俺が申し出たのは、加東さんと一緒に犬型妖魔を討伐する、というものだった。
もちろん俺はあくまで彼女のサポートで、危なくなったらすぐに助けるという役回りだ。
我ながら脳筋にもほどがあると思ったが、自分の実力を示すにはいい機会である。
とはいえ、桐井課長も俺の力量を測るにはいい機会だと考えたらしい。
犬型妖魔は一般人とってはとても危険な存在だが、魔法少女ならば新人でも難なく倒せる程度の相手とのことだ。
なので、俺がフォローするならばそれほどの危険はないだろう……と判断され、この編成となった。
ちなみに戦闘指導は桐井課長の担当だ。
彼女は後方で戦況全体を俯瞰し、適切な指示を出しつつ俺たちの様子を監督するという司令塔の役回りでもある。
個人的には彼女の仕事っぷりを拝見させていただき、俺が目指すべき指導レベルを確認したいと考えている。
「では、行きましょう」
「わ、私が先に行きます」
意外にも気丈に振舞う加東さんを先頭に、桐井課長。俺の順で朽ちかけた木製の鳥居をくぐる。
俺が最後なのは後方からの襲撃を警戒してことである。
「ここらで遮音結界を展開しておきましょう。加東さん、マスコットは随伴させていますよね?」
「は、はい。いつもは鞄の中に待機させてます。……出てきて、サラ君」
「おう」
加東さんが学生鞄のジッパーを開くと、ダンディな返事とともにひょっこりと蜥蜴のような生き物が顔を出した。
それからシュルシュルと素早い動きで彼女の腕を伝い、ちょこんと肩に載った。
サラ君と呼ばれたマスコットは、最初は蜥蜴だと思ったがのっぺりした体表といい派手な模様といい、特徴を見るにイモリのようだ。
なるほど、『サラマンダー』で『サラ君』か。
もちろんマスコットなので本来のイモリとは似ても似つかないというか、目が大きかったり体系がずんぐりしていたりと、かなりコミカルな形状である。
ちなみに某魔法少女と一緒にいたリスみたいなマスコットみたいにイラッとする雰囲気はなかった。
どちらかというと、孤高というかお侍っぽい雰囲気だろうか?
よく見れば顔の片方に切り傷のようなものが走っている。
カッコイイ。
「サラ君、お願い」
「承知した」
サラ君が短くそういうと、神社の境内の外から聞こえていたわずかな喧騒がフッと消えた。
今や境内には、ときおり上空で吹く風がザワザワと雑木林を揺らしているだけだ。
「これでよし。加東さん、準備は大丈夫?」
「あっ……今変身します」
加東さんが慌てて呟いたあとすぐ、パッと彼女が光に包まれる。
光は一瞬で消え、そこにはゴスロリ魔法少女姿の加東さん――ゴシックセイラが佇んでいた。
「では行きます」
緊張の色を滲ませながら、彼女が身構える。
ちなみに彼女の武器は大鎌だ。
ゴスロリ衣装に大鎌。
ミスマッチに見えて、なかなかどうして中二的にはしっくりくる組み合わせである。
「……なるほど、多いですね」
と、ここで社の方からも動きがあった。
一瞬、建物からガタッと音がしたかと思うと、淀んだ澱のような物体がドロドロとにじみ出てきて犬の形を取った。
『来タ』『マタ来タ』
『弱イ子』『美味シソウナ子』
『今度コソ食オウ』『内臓ヲ引キズリ出ソウ』
『ホカニモイルヨ』『ミンナ食ベヨウ』『仲良ク食ベヨウ』
どんどんと出てくる。
全部で十体くらいはいそうだ。
外見は黒くて輪郭が曖昧な犬の魔物だ。
爛々と光る赤い目がチャームポイントだが、個々の大きさはクロの半分もない。
……なんかスキル『
とりあえず、戦闘が始まる前に鑑定。
《対象の名称:
《黒狗……犬の形状をした魔物。特に人間の肉を好み、集団で襲いかかる。一体一体の強さは大したことがないが、本体を叩かなければ魔力が枯渇するまで無限に湧くので注意》
とりあえず把握。
あの犬どもはザコで、本体が別にいるってわけか。
一応スキルとは似て非なる存在らしい。
本体の方の鑑定は……今は無理っぽいな。
今いる個体をある程度叩いて数を減らした後、本体を引きずり出す感じだろうか。
なるほどなるほど。
それにしても、地球産の魔物もなかなかいい感じじゃないの。
オリジナリティはともかくとして犬の姿なのに物騒なことを喋るし、おどろおどろしい雰囲気だし、個人的には嫌いじゃない。
ただまあ……この程度の連中とうちのクロを一緒にされちゃたまらんな。
「ひっ……!? 以前よりも数が多いっ……!? なんで増えてるの!?」
一方、主役のゴシックセイラは『黒狗』を見て顔を引きつらせている。
武器を持つ手には無駄な力が入り、足は小刻みに震えている。
これでは勝てる戦いも勝てない。
「確かに報告より相当数が多いですね。本体が以前より成長している……? 廣井さん、大丈夫でしょうか」
「問題ありません」
むしろこの程度の敵でちょっとがっかりしているくらいだ。
「加東さん、まずは落ち着いて一体ずつ叩き潰していこう。もしものときのフォローは俺がするから安心して」
「……っ、分かりました!」
震えるゴシックセイラの隣に立ち、ちょっとだけ口調を変えて励ます。
すると彼女は少しだけ落ち着いたようだ。
目に光が戻り、キリッとした表情になった。
『舐メラレテルネ』『雑魚ガイキルナヨ』
『殺ソウ』『嬲リ殺ソウ』
『僕ガヤル』『私ガヤル』
なんか俺が出てきたら『黒狗』たちがザワザワし始めたぞ。
つーか舐められているのはこっちだっての。
まあ、別に構わないけどさ。
『死ネッ!』『死ニナッ!』
前方にいた二体が俺に向かって襲いかかってくる。
「廣井さんっ!」
「ひっ……」
桐井課長の鋭い声が飛び、ゴシックセイラが小さく声を上げる。
「…………」
そんな彼女たちの様子を横目で見ながら。
俺は『黒狗』たちの攻撃を躱しつつ、まずは二体に『バッシュ』を喰らわせてみた。
『――――』『――――』
おお、あっさり消滅したぞ。
どうやらこっち側の魔物……妖魔にも異世界産のスキルが通用するらしい。
これで安心してゴシックセイラのフォローを務められるな。
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