第79話 社畜、新人の悩みを聞く

「……わ、私……もう戦えません……」



 俺たちの対面の席で顔を俯け、絞り出すような声でそう打ち明けた彼女の名は加東聖来カトウセイラさんという。


 先日クリプトとかいう魔物と戦った時に、ヤツの魔法だかスキルだかで操られ、俺たちに襲い掛かってきた魔法少女の一人だ。



 面談の前に桐井課長から受け取った資料によれば、彼女の魔法少女名はゴシックセイラ。


 高校一年生の16歳で、魔法少女歴は約三か月。


 魔法少女としての戦績は妖魔討伐数が100体を超えているが、これが多いのか少ないのかは分からない。



 あのときは地雷系女子というかゴスロリ風の魔法少女衣装だったが、変身(?)していないときの彼女はいたって地味で気弱そうな女の子である。


 偏見はよくないと思うが、休み時間とか昼休みとかは誰ともつるまず、独りで本とか読んでそうな雰囲気。


 実際、彼女の隣の椅子に置かれた学生鞄のポケットから布カバー付きの文庫本が頭をのぞかせていたので、本好きであることは間違いなさそうだ。



「そっか……でも加東さんは同期の子らの中では一番か二番目に成績良かったでしょう? 何かあったのかな? 私も昔魔法少女やってたから、きっと貴方の力になれると思うよ」


「そう……だったんですか!」



 桐井課長が穏やかかつフレンドリーな口調で先を促す。


 すると加東さんは目の前の相手が元魔法少女だったことに安堵したのか、強張った表情を少しだけ緩め、ぽつりぽつりと話しだした。



「ええと……この前の妖魔討伐作戦のときに、不覚を取って怪人の精神攻撃を受けてしまったせいでよく覚えてないんですが……あのあと、なぜか犬を見ると身体がビクッてなるくらい怖くなっちゃって……今、管轄内の廃神社に棲みついた犬型妖魔の退治をお願いされているんですけど……いざ目の前にすると身が竦んじゃって……」



 ちなみにその間、彼女はなぜか俺のことをチラチラと何度も見てきた。


 もっともそれは、俺の顔を覚えていて「なんでコイツがここにいるんだ」みたいな訝し気な様子ではなく「なんかこの人見覚えがあるなぁ」くらいの反応だ。


 クリプトの攻撃で記憶があいまいになっているらしく、さきほど部屋に入ってくるときに「えっ」などと反応していたものの、俺のことをはっきり覚えているわけではないらしい。


 そもそも、直接彼女の相手をしたのはクロだからな。



 その後も彼女の話は続き、大まかな事情を聴きとることができた。


 魔法少女ゴシックセイラこと加東さんは三か月ほど前に魔力適性を見いだされ、魔法少女になったそうだ(ちなみにスカウトはそれ専門のマスコットが担当しているらしい)。


 その後はそこそこ順調に戦績を重ね、同じ時期に魔法少女になった他の子たちよりも頭一つ抜けた存在だったらしい。


 しかし先日のクリプト戦の後にメンタルに不調をきたし、最初は我慢して妖魔と戦っていたものの大して強くない犬型妖魔にも苦戦するようになり、たまらず相棒のマスコットに相談したところ、この『別室』を紹介されたとのことだった。



 ……うん。



 彼女の自信喪失の原因は、我が家のクロですね。


 もう1ミリの疑いもないですよ。



「うーん……犬、かぁ。犬型妖魔はわりと発生率が高いからねぇ……加東さんは、普通の犬……例えば柴犬とかでもムリな感じなの?」


「ひいっ!? 無理です無理無理っ! 特に黒柴なんて見ただけで震えが止まらなくなります……っ! 今日も、登校途中に散歩中の柴犬に飛び掛かられて……思わず、その……おも……失禁するところでしたので……っ!」



 そう言いながら、加東さんは真っ青な顔でブルブルと身を震わせている。


 俺みたいなおっさんが同席しているというのに、『失禁』なんていうワードを口走るほど余裕がないらしい。



 これはだいぶ深刻ですね……



「そっか……よほど怖い目に遭ったんだね……」



 これには桐井課長も参った様子である。


 もちろん課長殿にも先日の事件概要くらいは伝わっているだろうが、業務範囲から考えると現場で具体的に何があったかを把握しているとは思えない。


 ちなみに加東さんに関する資料にも先日の詳細までは記載されていなかった。



 となれば、桐井課長には具体的なアドバイスは難しいだろう。



「…………」



 俺は俯き、無言で両手を組んでそこに顎を載せた。



 …………どうしよう。



 めっちゃ責任を感じる。



 もちろんクロは何も悪くない。


 なんならクロが優しく軽~くあしらってくれたおかげで彼女は今、まったくの無傷でここにいるわけで。


 そうは言うものの、確かに馬より大きな狼がガウガウ唸りながら襲いかかってきたら、仮に無傷で生還したとしてもトラウマになるのは無理もない。



 とはいえ、こうして味方になってしまえば『あのときは正当防衛だったから』と切り捨てるわけにもいかない。


 新人魔法少女の育成というかこの手のフォローは、マニュアルによれば課の業務範囲でもあるからな。



 正直マッチポンプみがハンパないが……そこはそれ、である。



「あの……よろしいでしょうか」



 ということで、ひとまず挙手。



「廣井さん、何かいい案を思いつきましたか?」



 桐井課長が期待に満ちた眼差しで俺を見る。


 うう、妙な罪悪感が。



 とにかく、続ける。



「いえ、妙案というわけではないのですが……差し支えなければ彼女のトラウマ払拭、私にも手伝わせて頂けませんでしょうか?」

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