第78話 社畜と新人魔法少女
待ち合わせの時間のちょっと前に桐井課長と一緒にやってきたのは33階にある会議室だ。
広さは『別室』のオフィスとそう変わらないはずだが、置いてあるものが会議用机とイスだけなのでやけに広々とした印象である。
部屋の奥まで行って大きな窓からガラス越しに外を覗いてみれば、下の通りをたくさんの車や通行人が行き交っているのが見えた。
この会議室は魔法の掛かっていない、ごく普通の部屋のようだ。
「もう少ししたら来ると思います。座って待ちましょう。あ、廣井さんはここで」
桐井課長が会議室の奥の席に座り、俺も彼女の隣に座るよう促された。
「……失礼します」
これまでは野郎中心の職場だったこともあり、ゆるふわ小動物系上司の隣に座ることを一瞬躊躇する。
が、ここでたじろいでいても不審がられてしまう。
意を決して彼女の隣の席に座った。
……桐井課長からはシャンプーか何かだろうか、かすかに甘い匂いがふわりと漂ってくる。
窓から差し込む陽光を浴びて、彼女の栗色の髪がキラキラと輝き、頭頂部に光の輪を出現させていた。
なんだこれ……天使か?
冗談はさておき、こういう状況は慣れていない。
なんか変な汗が出てきたんだが?
身体能力向上のスキルが悪い意味で仕事してないかこれ。
「ふふ……もしかして、緊張してます?」
「あ、いえ」
見抜かれてしまった。
緊張の理由が仕事じゃなくてすいません。
「そういえば、廣井さんは『怪人』と一人で戦っているところを社長に見つかってヘッドハンティングされたんですよね?」
手持ちぶさただったのか、俺の緊張をほぐそうと気を遣ってくれたのか、桐井課長が雑談を振ってきた。
俺もこれ幸いと話題に乗っかる。
「ええ、まあ」
細かいところはさておいて、あのホストもどきとの戦闘で
もっともあのときは、厳密には一人ではなくクロと一緒だったが……まあ説明するのも面倒だ。
とりあえず頷いておく。
桐井課長は俺が肯定したのを見て、眼鏡の奥の瞳を輝かせた。
「やっぱり! 『怪人』と戦って、互角どころかたった一人で倒してしまうなんて……もしかして廣井さんは有力な陰陽師とかの家系なんですか? 羨ましいです」
陰陽師……やはりこっちの世界にも、その手の連中がいるのか。
まあ魔法少女がいるくらいだから、陰陽師もエクソシストも吸血鬼狩りもいそうではある。
これまでそんな世界を知らずに生きてこれたのは、運が良かったのか悪かったのか。
もっとも、だからといって『実は俺、『魔眼』持ちなんですよ』なんてカミングアウトするつもりはない。
なので、ひとまず話をはぐらかしておくことにする。
「そうは言いますけど、桐井課長も元魔法少女なんですよね。これは俺の勘ですけど、相当に強かったのではないですか?」
「ふふ……ありがとうございます。確かに昔はそれなりにブイブイ言わせてたこともあるかもしれませんね」
桐井課長がそう言って、照れくさそうにほほ笑む。
確かに今の彼女はゆるふわなオーラをまとっているが、リラックスしているはずなのに凛と伸びた背筋だとか、オフィスからここまで来るときの足運びとか、『プロ』の
各種近接戦闘スキルの取得によりいろいろと解像度が上がった俺から見れば、どう考えても彼女は相当に戦闘力が高い。
たぶん魔法少女姿でなくても、そこらの変質者程度ならば瞬殺するものと思われるのだが……
「でも」と桐井課長が呟き、先を続ける。
「魔法少女は成人すると徐々に魔力が弱くなっていくんですよ。もちろん今でも『別室』のマニュアルを読める程度の魔力は保有しているんですが、それでも今は怪人どころかちょっとした妖魔と戦うのにも力不足な有様で。陰陽師の方なんかは男女ともそういう現象がないそうなので、ちょっと羨ましいです」
「そうなんですか」
それは初耳だ。
ただ、それを聞いて桐井課長が『元』魔法少女だという意味が分かった。
「そもそも男の人で妖魔と対等に渡り合える方ってすごく少ない印象で。だから廣井さんが配属されるって聞いたとき、名前はともかく普通に女性の方が配属されると思っていたんですよ」
「はは……おっさんですいません」
「いえいえ! とても頼もしそうな方で、私としても嬉しく思っています。このお仕事、魔力だけでなく体力も必要ですから」
それはまあ、その通りである。
業務マニュアルには『妖魔討伐指導』の項目があったし。
どう考えても、身体を張らなくてはならないタイミングというものがあるはずだ。
もっとも、そのための俺だからな。
「課長の期待に応えられるように頑張ります」
「ふふ……期待していますね」
にっこり微笑む桐井課長はやはり天使のようだった。
◇
――コンコン
しばらく桐井課長と雑談をしていると、会議室に控えめなノック音が響き渡った。
どうやら新人の魔法少女がやってきたらしい。
「どうぞ、お入りください」
「失礼します」
やってきたのは、学校の制服を着た少女だ。
高校生くらいだろうか?
もちろん魔法少女の衣装ではない。
時間から鑑みるに学校帰りのようである。
「あっ……」
そして、俺の方を見てなぜか固まった。
そして俺も彼女の印象でなんとなく察した。
正直、顔は覚えていない。
だが、この子……多分だが、先日公園でクリプトに操られて俺たちに襲いかかってきた魔法少女の片割れだ。
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