第81話 社畜、魔法少女に指導する
「よし、こいつら見かけほど強くないな。……それじゃ加東さん、次は君の番……ん?」
なんか静かだなぁと思っていたら、桐井課長と加東さんがなぜか俺を凝視して固まっていた。
『
『ナンダアイツ』『ナンダアイツ』
『兄者ガ消エタ?』『姉者モダ』
『強イゾ』『気ヲ付ケロ』
先ほどまで、まず初めに俺を襲う気満々だった奴らが完全に警戒状態になっている。
おかげでいきなり袋叩きに遭う可能性が減ったのはいいんだが……なんだこれ。
「話は聞いていましたが、まさかこれほどとは……」
「……??? な、なんで魔法少女でもないのに妖魔を滅せるんですか!?!?」
なんか桐井課長とゴシックセイラにめちゃくちゃ驚かれてるんだが?
桐井課長には、まあそういう意図もなくはなかったのでアピール成功といったところだが、そもそも妖魔って魔法少女じゃないと倒せない存在だったのか?
これまでも普通に倒していたから全く意識していなかったぞ。
スライムなら一般人レベルだった時の俺でもどうにか倒せたし、ゴブリンとかでもそこらのバットとか鉄パイプを装備したチンピラならいい勝負になると思うんだが。
それとも、目の前の『
確かにコイツらは黒い影のような魔物だし、物理攻撃は効果が薄い気がする。
ダメージを与えるには、確かに魔力とかマナを載せた攻撃をする必要がありそうだ。
いずれにせよ、コイツらは俺の獲物じゃない。
ここからは加東さんことゴシックセイラの番だ。
「加東さん、大丈夫だって。あいつら見かけ倒しだよ」
「それは廣井さんが強いからだと思いますけど!?」
なぜ俺が強いことでツッコまれるんだ。解せぬ。
そもそもあいつら、なんかヤバそうな雰囲気醸し出してるけど明らかにザコだろ……
あんな奴らとクロを一緒にされてもらっては困るというものだ。
「……ゴホン。ともかく、加東さん……いや、ゴシックセイラ。ここからは君のターンだ。大丈夫。君は、強い俺がきちんとサポートするから安心して戦ってくれ」
「……っ、分かりました」
あえて力強く、声を出す。
するとゴシックセイラは逡巡するように一瞬目を伏せて、それから俺を見た。
真っすぐな視線だった。
身体の震えも消えているように見える。
おそらく俺が連中を瞬殺するのを見て、そのイメージで自分のトラウマを塗りつぶしたのだろう。
あるいは、さっきのやりとりで恐れが消えたのか。
いずれにせよ、これで彼女は大丈夫だな。
「よし、それじゃあやっていくか。集団戦は囲まれないよう立ち回りながらの各個撃破が基本戦術だ。動きを止めずに、しっかり周りを見るようにね」
「はいっ!」
「いい返事だ。それと……さっき戦ってみて分かったが、奴らは攻撃の前に一瞬だけ姿勢を低くする癖がある。予備動作ってやつだ。その少しあとのタイミングを狙って、自分の武器を置くように振ってみるんだ」
「分かりました! ……ゴシックセイラ、参ります!」
魔法少女ゴシックセイラと妖魔『黒狗』の戦いが始まった。
『舐メヤガッテ!』『食イ殺シテヤル!』
『マズハ子供カラダ』『手足ヲモイデヤル』
『オレハ首ダ』『アタシハ腹ダ』
ゴシックセイラの気迫に反応したのか、『黒狗』たちが一斉に飛び掛かってくる。
だが、見た感じ『黒狗』はバラバラに動き回っており大した連携は取れていない。
これならば付け入る隙はいくらでもあるというものだ。
「ゴシックセイラ! 左から襲ってくるぞ、気を付けろ!」
「大丈夫、見えてます! せあっ!」
――ザシュッ!
『ガ――』
暗がりの境内に銀色の弧が閃く。
『黒狗』の一体が胴体を両断され、霧散した。
おお、やるじゃないかゴシックセイラ。
「やった……!」
「まだだ、油断するな! 次は斜め右から来るぞ!」
「ひゃっ!? このっ……!!」
――ザン! バシュン! ガシュッ!!
そこからは、一方的な蹂躙劇だった。
もともとゴシックセイラは同期の子たちの中では抜きんでた存在だったと桐井課長が言っていたが……その通りだ。
本来の調子を取り戻した彼女の戦いぶりは、まだまだ粗削りだったが戦闘センスを感じさせるものだった。
美麗なゴスロリ衣装と手に持った大鎌が、『黒狗』の攻撃に合わせて弧を描く。
妖魔たちは彼女に斬られても何度か復活したものの、圧倒的な実力差を前に徐々に数を減らしてゆき……ついに残りの一体だけとなった。
『ヒッ……ナンダコイツ!』
さすがにもう勝ち目はないと悟ったのか、そいつが慌てて身を翻す。
が、それを見逃すゴシックセイラではなかった。
「逃がさないっ!」
『ガ――』
――バシュン!
最後の一体が彼女の大鎌の餌食となり、夜の闇へと還っていった。
「はあ、はあ、はあ……やった……! やりました! ……やりましたぁぁ……」
思わずガッツポーズを取るゴシックセイラ。
が、そこで緊張の糸も切れてしまったらしい。
パッと変身が解かれ、彼女はヘナヘナとその場に崩れ落ちてしまった。
とはいえ、彼女の顔は晴れやかだった。
どうやらトラウマは完全に克服できたようだ。
「お見事です、加東さん……いいえ、ゴシックセイラさん。それと、廣井さんもお疲れさまでした。いい指導でしたよ」
「ありがとうございます」
おお、桐井課長に褒められた。
どうやら俺はきちんと仕事をこなせたようだ。
だが、気になることがひとつある。
「そういえば、『黒狗』の本体はどこでしょうか? 連中をある程度倒したら出てくるかと思ったんですが」
「……そうなんですよね」
桐井課長も、そのことは気になっていたようだ。
こうしている間も油断なく周囲を警戒している。
「うーん……犬型妖魔の本体は、さきほど倒した個体より数倍の大きさがあるからすぐわかるはずなんですが……」
「ですよね、私も変だと思っていました」
座り込んだまま、加東さんも首をかしげている。
「不利だと思って逃げたんでしょうか?」
「その可能性はありますね」
あとは、どこかに息をひそめて隠れているか、だ。
たとえば、あの社の中……とか。
よく見れば、社の引き戸がわずかに開いている。
「あそこに隠れていたりとかしませんかね?」
「どうでしょうか。魔物の痕跡も魔力の残滓も特に感じませんが」
それについては俺も同感だ。
あの社はもう空っぽだ。
今の俺には、それが直感で理解できる。
ただ、気にならないと言えば嘘になる。
というか、今になってから妙に左目が疼くのだ。
僅かにだが、チリチリ、チリチリ……と。
「ちょっと俺、見てきます」
「大丈夫だとは思いますが、気を付けてくださいね」
「分かりました」
桐井課長に向かって軽く手を上げてから、俺は社に向かう。
まあ、気のせいだとは思うが……
社の正面にある引き戸を開いた瞬間だった。
「ぐうぅっ……!?」
いきなり左目に差し込むような灼熱感が襲いかかってきた。
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