第70話 社畜と武器商人 下
「ひゃっ、150枚だと!?」
素っ頓狂な声を上げたのはフィーダさんだ。
そういえば、彼の見立てによれば『イーダンの短剣』は金貨75枚だったっけ。
いや、でもこの前自分で提示価格の二倍に引き上げるって息巻いてたじゃん。
そのアンタがなんで一番驚いてるんだよ……
「あら~、何かおかしいことでもありましたか~? もしかして『ずいぶん安いなぁ』と思われました~?」
「いや、別に……なかなかいい値段だと思っただけだ」
フィーダさんが取り繕うようにモゴモゴと口ごもる。
まあ気持ちは分かる。
俺も普通に買い叩かれると思っていた。
「うむ。それどころか、確かに業物であるし、歴史的価値もある。相当な高値が付くのは間違いない。しかしこの手の遺物としては少々高めの買取価格かと思うんだけど……この値段を付けた理由を聞いても?」
そう切り出したのはクルゼさんだ。
そんな彼の疑問に、ギービングさんは軽く頷いた。
「先ほど私の魔法で、この短剣の刃の組成を調べました~。結果、ごくわずかですがノースレーン王国ではすでに産出されなくなった金属が検出されました~。
「刃にオリハルコンが使われているから、か。確か、鋼にごく少量混ぜ込むと飛躍的に強度が向上するんだったな」
「はい~。オリハルコンは四、五百年前まではありふれた鉱石でしたが、現在では完全に枯渇していて仮にダンジョン化した鉱山でも採掘できる可能性はほとんどありません~。なので、この短剣が贋作だとしても~、オリハルコンが使用されているのならば本物と遜色のない価値があると判断できます~」
「なるほど、確かにそれならば金貨100枚以上の価値があるだろうね」
納得したようにクルゼさんが頷くが、すぐに困惑したように言葉を続けた。
「けれども、さすがに150枚は高すぎる。どう見積もっても、120枚が限度だろう。君にしては大盤振る舞いが過ぎるのでは?」
「それについては、理由があります~」
言ってギービングさんが俺の方を向いた。
「ヒロイ様は商人とは別に冒険者を始められたとお伺いしましたが~、これからもダンジョンに潜られる予定はありますか~?」
「一応、そのつもりですが」
さきほどの雑談の中で、話題の一つとして俺が冒険者を始めたことを明かしている。
詳細や時系列はぼかしているが、最近は商売だけでなくダンジョンにも潜ってますよ的な話だ。
「そうですか~」
彼女は満足そうに軽く頷いたあと、さらに続けた。
「この辺りで、他の冒険者が古代王朝時代の遺物を発見したという話は聞いたことがありません~。もちろん場所や見つけた方法をお聞きするつもりはありませんが、もし同様に遺物を発見した場合は私のもとにお持ちいただきたく思いまして~。もちろん、買い取れるのは武器の類だけですが~」
なるほど。
直接は言及していないものの、金貨150枚はそういう価格設定ということか。
要するに「ウチに遺物系の武器を持ってきたら他より高値で買い取りますよ」という話だ。
これは俺の冒険者としてのポテンシャルを見越して長期的な商売をしたいという意図も含んでいるのだろう。
もちろん今後の流れ次第ではこの場限りになる可能性もあるが、少なくとも彼女は適当なことを言って買い叩く意図は持っていないように思える。
まあ、これをもって彼女が誠実な商人だとは思わないが……
要するに『冒険者ギルドをすっ飛ばして直接取引しましょ』と言っているわけだからな。
で、もちろんこれはOKだ。
先日リンデさんから受けた説明の中でも、別にギルドを通さなくても自分で取引先を見つけるのは問題ないとのことだった。
ただ、そうすると海千山千の商人に必死こいてダンジョンから持ち帰った品を死ぬほど買い叩かれても自己責任ですよ、という話になるだけだ。
だから普通は冒険者ギルドを通すのだとか。
それはさておき。
どうやら俺は彼女のお眼鏡に
ありがたいことだが、身が引き締まる思いだな。
もちろん俺としても歓迎だ。
商品の買い手を探してくるという行為は、それ自体が商売として成り立つほどに大変な仕事だからな。
「こちらこそ、是非ともお願いいたします」
「では、売買成立ですね~」
ギービングさんが手を差し出してきたので、俺は彼女の手を握り返した。
「売買契約の書面は後程整えるとして~、……実はこの手の骨董品は手に入れるとすぐに欲しがる方がいらっしゃるんですよ~。ねぇ、クルゼ様~?」
いたずらっぽく微笑んで、彼女はクルゼさんを見る。
「うっ……それはここで言わない約束だろう」
「私もクルゼ様を始めこの砦の皆さまにはお世話になっておりますが、その前に商人です~。誠実さは商人にとって一番大事な素養ですよ~? 特に商人間で長期的な信頼関係を築くためには、です~」
「その誠実さのひとかけらでも、僕に向けて欲しいものなのだがね……」
「ははは……」
さすがに苦笑が口をついて出た。
まあ、一連の流れを見るにそういう可能性も考えていたが……やっぱりか。
どうやら転売先はクルゼさんのようだった。
ただ、そうすると別の疑問が浮かんでくる。
「でも、それならばこの場で私が『じゃあクルゼ様に直接売却します』と言ってしまったらどうするんですか? もちろん仮定の話で、さすがに私も契約後にそのようなことを言うつもりは毛頭ありませんが」
そもそも話を聞くに、フィーダさんからクルゼさんへ、俺が『イーダンの短剣』を所有していることは伝わっているはずだ。
クルゼさんが短剣を欲しがっているのならば、直接買い取る旨を俺に伝えればよかったはずなのだ。
そこで、あえて彼女を介する意味があるのだろうか。
「うふふ……そういえば、ヒロイ様はまだ王国に来られてそれほど活動されていらっしゃらないのですよね~」
「恥ずかしながら……この国ではこれから、と言ったところです」
ここは正直に話す。
「簡単なことです~。この手の武器は、『鑑別証』や『鑑定証』がなければ価値を証明することができないのですよ~。そして私は、武器商としてどちらも発行する資格を有しているのです~。取得するの、結構難しいんですよ~?」
えへん、と得意げに胸を張るギービングさん。
しかしこれで疑問が氷解した。
「なるほど、そういうことでしたか」
『鑑別証』や『鑑定証』と聞いてなんとなく某テレビ番組を思い出してしまったが、たしかに現実世界でも骨董品とか宝石などは、その手の書類を付けると聞いたことがある。
その辺は異世界でも似たようなもののようだ。
「さすがに私からクルゼ様への売却価格をヒロイ様へお伝えすることはできませんけど~、不当な廉価での買取でないことだけは、私の名誉に誓ってお約束します~」
「というか、このあと僕が価格交渉する番だからね……とほほ……この人、海千山千だからな……」
ギービングさんはホクホク顔で、クルゼさんはガックリと肩を落として話している。
そうすると、この後クルゼさんは金貨150枚+αの値段でこの短剣を買うことになるのか……ご愁傷様である。
というか、さきほど彼が微妙に短剣を値切るようなそぶりを見せていたのは、そういうことだったのか。
「うふふ~。今日はとってもいい買い物ができました~。ヒロイ様、末永くご贔屓にお願いしますね~」
「ええ、今後ともよろしくお願いいたします」
その後は契約書を作ったりギービングさんのお付きの人(屈強な黒服)が金貨を持ってきたりと手続きは
……金貨150枚は腰が抜けそうなほど重かった(もちろん心理的な意味でだが)。
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