第69話 社畜と武器商人 中
「それじゃ~さっそくだけど、ヒロイさん。ダンジョンで見つけたっていう短剣を見せてもらえます? 私、昨日からとっても楽しみでよく眠れてないんですよ~」
互いの自己紹介と場を和ませるためのちょっとした雑談が途切れたタイミングで、ギービングさんがニコニコ顔でそう切り出した。
おっとりした口調で優しげな雰囲気を醸し出しているが、彼女の目の奥は笑っていない。
俺には分かる。
彼女は間違いなくやり手の商人……いや、ビジネスパーソンだ。
こちらに来てからというもののロルナさんやフィーダさん、それにリンデさんなど仲良くしてくれる人たちに恵まれていたから忘れていたが、異世界とはいえ人間の本質は現実世界と変わらない。
むしろこういう場面においては、もしかしたら現代日本なんかよりもっとシビアかもしれない。
先日の打ち合わせではフィーダさんが交渉の間に立ってくれるという話だったが、この様子だと俺がしっかりと場を進めていく方が良いかもしれない。
もちろんフィーダさんが頼りにならないとか相手サイドに立って進めてしまうとかではなくて、こちらがしっかりしていないと舐められてしまうからだ。
それどころか、俺の対応次第ではフィーダさんの面子を潰してしまうかもしれなかった。
さすがに、これまでお世話になった人にそんな無様は晒せない。
気合入れていこう。
「おっと、皆さまとのお話が楽しくてつい忘れてしまいました。……こちらが、お持ちした短剣です」
言って、俺はリュックとは別に持ってきていた小型のアタッシュケースをテーブルにそっと置いた。
丁寧にロックを外し、うやうやしく扉を開く。
敷き詰められた布に埋もれた短剣が姿を現した。
この剣はやたら頑丈で乱暴に扱っても傷がつくようなものではないが、こういうのは演出だ。
「はるほど~……これは、確かに業物みたいねぇ~」
「おお、これが伝説の……なんて美しい剣なんだ」
開かれたケースの中に鎮座する短剣を一目見るや、ギービングさんとクルゼさんが同時に声を漏らす。
特にクルゼさんはうっとりした様子で『イーダンの短剣』を眺めると、辛抱堪らずといった様子で俺の方を向いた。
「僕はね、この手の遺物に目がないんだ。……商談中すまないが、少しだけ手に取ってみても構わないかい?」
「私は構いませんが、ギービングさんはいかがですか?」
「減るものじゃありませんし、私も構いませんよ~」
本来ならば買い取る予定の短剣をベタベタ触られるのは嫌だろうに、相変わらずニコニコ顔のギービングさん。コワイ。
彼女とは対照的に、クルゼさんは無邪気なものだ。
「……で、ではお言葉に甘えて。おっと、もちろん手袋をして触れるからね?」
彼は嬉しそうな様子で懐から白い手袋を取り出すと、手にはめた。
それから短剣をそっとケースから持ち上げると、あちこちの造形を眺めたり、鞘から剣を抜いて刃の煌めきに目を輝かせていたりしている。
――これまでの雑談の中で、おおよその人間関係が分かってきた。
まず、砦主のクルゼさん。
彼は王国貴族の身分で、クルゼ家の領地自体は王都周辺にあるとのこと。
しかしながら彼はいわゆる三男坊で、家を継ぐ立場ではないうえ領地も持っていない。
その代わりに、この砦の管理を任されているのだそうだ。
もっとも、彼は砦の司令官というよりただのオーナーみたいな立場だそうだ。
なので、一応砦に関する様々な権限を持っているものの、実務はロルナさんとフィーダさんにほぼ丸投げ……信頼して任せているとのことだった。
そして今日は大事な商談だからと立会人のような立場でこの場にいるが、普段は砦より内側にある屋敷で暮らし時には各地を放浪して珍しいものを集めたりと、道楽人生を送っているらしい。
これまで彼の姿が見えなかったのも頷ける。
とはいえ貴族社会も大変なようで、社交場ではいろいろ腹の探り合いだとか化かし合いみたいなことも多くて苦労していると愚痴っていた。
それが本当ならば、いいとこのボンボンといった印象のクルゼさんも、それなりに腹芸のできる人ということになるが……
まあ、見た目通りの人物として評価すべきではないだろう。
一方ギービングさんは、この砦の近くにある街で武器商を営んでいるとのことだった。
話を聞くに、彼女の上には別の組織……というか商会がいるらしく、彼女はあくまで子会社の社長さんみたいな立場だそうだ。
それだからか、彼女はおっとりした口調だがちょいちょい俺の素性を探るような話題を出してきたりこちらの一挙一動を観察している感じがして気が抜けない。
さすがにフィーダさんの紹介でもある以上、俺を詐欺師の類だと疑っている様子はないが……商人として取引をするに値する人物かと値踏みしている感じはする。
おかげでさっきからずっと緊張しっぱなしだ。
まあ、こっちも多少現場で揉まれてきているからずっと笑顔で通しているが。
と、しばらくするとクルゼさんがハッと我に返ったように短剣をケースに戻した。
「……おっと、すまない。短剣が美しくて、つい見入ってしまった」
「いえいえ大丈夫ですよ~。……それで、クルゼ様はどうお感じになられましたか~?」
その様子を眺めながらギービングさんが頷き、クルゼさんにそう訊ねた。
「ん? ……これまた意地の悪い質問だね、ギービング殿。まあいいだろう」
彼は一瞬ピクンと片眉を跳ね上げると、しかしニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「古い文献の記述や挿絵でしか見たことがない遺物を本物と断じることは僕にはできない。だが……僕の持つ知識から判断するに、この短剣が最近造られたものでないことは確かだ」
「っだよな! ……っと、失礼しました。……ですよね、クルゼ様!」
俺の背後に立っていたフィーダさんが嬉しそうに身を乗り出し……慌てて言い直した。
なんとなくフィーダさんとクルゼさんの関係性が見えてきたようなやり取りだが、それはさておき。
クルゼさんは苦笑しつつ「いーよいーよ」と鷹揚に手を振り、話を続ける。
「見たまえ、兵士長、ギービング殿。この年代でのみ流行した装飾がある。……ほら、ここだ。『古代風』にしては、意匠が凝り過ぎていると思わないか」
言って彼が指し示したのは、鞘の先にあしらわれた小さな鷹のマークだ。
かなり精巧に彫られていて、今にも羽ばたきそうに見える。
俺にはそれが今のものとどう違うのか分からないが、フィーダさんとギービングさんが「なるほど」「ですね~」と頷いているので、何かしらの差異があるようだ。
「それに手に持った感触、重心の位置。これらが現在出回っている同系統の短剣とはまったく異なる。それと、柄に巻かれた獣の革を見て欲しい。これは一見なんの変哲もないバジリスクのもののように見えるが、耐久性付与のために
そう断言したクルゼさんは、さきほどとは打って変わってそれはそれはツヤツヤした顔になっていた。
うん。
この人、完全に遺物&刀剣オタクというかガチ勢だわ。
こんな貴族然とした服よりも、ハットと鞭の方が似合いそう。
まあ見た目はダンディとは程遠い優男君だけど。
そして彼がこの場に同席している意味がよく分かった。
ただのオブザーバーでも、見物人でもない。
普通に鑑定人としてここにいる。
しかし彼はすぐに顔を曇らせて、ギービングさんの方を向いた。
「ただ……すまない。実際どの程度の価値があるのかは、僕には判断がつかない。そこから先は君の仕事だよ、ギービング殿」
「もちろんクルゼ様の目を疑ってはいませんとも~。……それでは、ヒロイ様。失礼いたします」
「ええ、どうぞ」
ギービングさんは慣れた手つきで短剣を持ち上げると、クルゼさんと同じようにいろいろと調べ始めた。
ブツブツと何やら呟いたり時おり彼女の手元が発光しているので、もしかしたら俺の『鑑定』のようにスキルか魔法でいろいろ調べているのかもしれない。
そして、数分の後。
彼女はフゥとひとつ息を吐いたのち、そっと短剣をケースの中に戻した。
「ヒロイさん、ありがとうございました~。だいたい分かりましたよ~」
「……いかがでしょうか?」
「おお、どうだ? ギービングさん!」
俺はさておいて、フィーダさんが食い気味で割り込んでくるのでちょっと笑いそうになる。
「ウフフ、そう慌てないでください~。そうですね~、この短剣が本物だというのは、間違いなさそうです」
言って、彼女がニッコリとほほ笑んだ。
「私としましては~、この『イーダンの短剣』を金貨150枚で買い取らせて頂ければと思います~」
ギービングさんが提示した金額は、想定していたのよりずっと高いものだった。
※前回の補足でちょっと抜けがあったので再掲
★異世界の皆さまに人気の動物たち
犬→村落の住人や冒険者
馬→貴族や軍人さん、実力ある冒険者
ネコチャン→だいたいみんな好き
ドラゴン→キッズ(主に男子)
以上です。
もちろん例外もありますが大体こんな感じです。
よろしくお願いいたします。
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