第71話 社畜、大金を得る

「あ! お帰りなさい、アラタさん。……なんだかホクホク顔だねぇ、取引は成功かな?」



 砦で預かってもらっていたクロと合流して宿に戻ると、リンデさんがキッチンカウンターの奥から顔を出した。


 どうやら夕食の準備中だったらしい。


 飲食スペースに漂う焦げたバターとほのかな森の香りが食欲をそそる。


 これは……昨日取ってきたキノコのソテーだろうか?


 お腹がグウと鳴る。



「ただいまです。お察しの通り、大変でしたけどどうにかなりました」


「それはよかったねぇ! じゃあ、今日の夕食はお祝いってことでちょっとだけ大盛にしちゃおうかな。もちろんクロちゃん用にお肉もたくさん用意してあるからね」


「ありがとうございます」


「…………!」



 リンデさん、実家のオカンかな?


 それにしても、この彼女のアットホーム感は商談ですり減った神経をじんわりほぐしてくれるな。


 まあ見た目は場末のスナックにいそうなお姉さんだけど。



 とりあえず二階の部屋に上がり、適当な場所に荷物を置いて普段着に着替える。


 それから俺はベッドにアタッシュケースをドンとおいてその横に座り込み、ケースの蓋を開いた。



「ふおおぉぉぉ……」



 短剣と入れ替わりでケースに詰め込んだのは、もちろん150枚の金貨。


 部屋の照明を反射し、キラキラと黄金色に輝いている。


 その様子に、俺は思わずため息をもらした。



 日本円に換算してざっくり1500万円分の大金だ。


 ひと財産というには少ないが、それでも俺のウン年分のお給料分である。


 正直、興奮を隠しきれない。



 ただ……


 当然のことだが、この金貨は現実世界では使えない通貨でもある。


 以前、ロルナさんから金貨を得たときに換金手段をネットなどで調べたが、金はいろいろと厳格に運用されていることが分かり、正規の手続きを踏んで換金することを断念したという経緯がある。



 もちろん、換金そのものはやろうと思えばできなくもないだろう。


 ただ、その場合はイリーガルかつ文字通りブラックな組織を通すことになるのは必定。


 仮にそれで一時の金を得られたとしても、その後のデメリットの大きさを考えればありえない選択肢だ。


 というかそもそも、そんな連中と接点を持つのは絶対に嫌だしな。



 ならば……と好事家に売却することも考えたが、そもそもそんな連中とのコネもない。


 取引先のお偉方なんぞもってのほかである。



 要するに素人の俺では、現実世界で金貨を換金するのは不可能なのである。


 ただまあ、そこはあまり気にしていない。


 この大金はこっちの世界でしっかり使えばいいだけだからな。


 今後も週末などはこちらの世界で滞在したいと思っているし、その軍資金と考えれば決して悪くはない。


 むしろ異世界で自由に使える大金が手に入ったという意味では大成功だ。


 ギービングさんという武器商人とコネができたのも大きい。



 ただ、このお金をどこでどう使うかという問題はある。


 さすがに集落内で使い切るのは無理だし、そんなことをするつもりはないからな。



 というかここ、小さな雑貨屋が一軒あるくらいで買えるものなんぞ知れている。


 リンデさんに金貨で宿代を支払ったら驚かれたし。


 なので、できれば砦の向こう側にあるという街まで出向いて金を使いたいところだ。



 そこで問題になるのは、やっぱり距離なんだよなぁ……


 聞いた話では、砦から最寄りの『街』までは馬車で半日だったっけ?


 そうそう有給も取れないだろうし、土日だけだと時差の関係で行って帰ってきて終わりになりかねない。


 ここがネックだな。


 できれば転移魔法か、転移魔法陣の敷設ができるようになりたいところだが……



 いや、待てよ?


 そもそも俺の脚力や体力だと、馬車より早く走れないだろうか?


 ダンジョン内ほどパワーは出ないものの、それでもこっちの世界では現実世界よりずっと身体が動くからな。


 もちろん心肺機能の向上も著しい。


 今の俺ならば、仮にフルマラソンの距離を走破したとしても息切れするかどうかすら怪しいところだ。



 まあ、もちろんそれは異世界とかダンジョンに限った話だが。


 いずれにせよ、走ってみるだけならば手軽に試すことができる。



「……とりあえず明日、帰りは遺跡まで走ってみるか」



 タイム次第では、自力で街までの行き来が可能になるかもしれない。


 もちろん人に出会わないよう夜間とかの移動になりそうだが……



「…………」


「おっと、悪い。お腹減ったよな」



 ベッドに座り込み考え込んでいると、クロが俺の膝に前脚を乗せてジッとこちらを見ているのに気づいた。


 そういえば夕食の時間だったな。




 俺はアタッシュケースを閉じるとクロの頭をワシワシと撫で、それから一緒に階下の食堂へ向かうことにした。

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