第66話 社畜、従魔と対話する 上

 リンデさんと一緒に夕食を食べたあと。


 今日は集落の皆さまで催された宴には参加せず、クロと一緒に湯浴みをしたあと、すぐ宿の部屋に戻った。



「ふあぁ……疲れた……」



 部屋に入った瞬間、猛烈な疲労感が襲ってくる。


 これまでにない激闘だったせいか、全身がバキバキだ。


 もしかしたら、ダンジョンで激しく動いたせいで身体に負荷がかかりまくっているのかもしれない。



「……っと。まだ寝ないまだ寝ない」



 そのまま毛布に潜り込みたくなる衝動を抑え、俺はベッドに腰掛けた。


 今日はまだやることがある。



 レベルアップやらダンジョンでゲットしたお宝の確認もだが……それより何より、一番最初にすべきことがあった。


 それは……これまできちんとやってこなかった、クロとの対話だ。



「なあ、クロ。お前、俺の言葉は理解できるんだよな?」



 ベッドの上で丸くなり、完全に寝る体制になっていたクロに話しかける。



「…………」



 俺の言葉に反応してクロが頭をもたげ、くぁ……と欠伸をした。


 面倒そうに「ねむいのになんだ」と言っているように思える。



 その様子を見て、一瞬明日にしようかな……と思ったが、このままだとうやむやになりそうな気がする。


 それに明日以降も他にダンジョンを見つけたら潜るつもりだし、戦闘の連携などが確認できるのならば今のうちにしておきたかった。


 クロには悪いが、今日は付き合ってもらうぞ。



「ええと……これで話せるようになるかな」



 呟いて、俺はステータスを開いた。



 《廣井アラタ 魔眼レベル:15》


 《体力:450/600》


 《魔力:320/1080》


 《スキル一覧:『ステータス認識』『弱点看破:レベル5』『鑑定:レベル8』『身体能力強化:レベル5』『異言語理解:レベル1』『明晰夢:レベル5』『魔眼色解除』『魔眼光:レベル3』『威圧:レベル1』『模倣:レベル3』『隠密 レベル3』『マッピング レベル3』『ロイク・ソプ魔導言語(基礎)』『乱戦の心得(基礎)』『剣術の心得(基礎)』『槍術の心得(基礎)』『死の連鎖』『忌避魔法(コカトリス)』》


 《従魔:魔狼クロ → スキルセット(1)『弱点看破』》


 《現存マナ総量……753,000マナ》



 おおっ!?


 石化ドラゴンと女神像を倒したせいかマナ総量がバカみたいに上がっているぞ。


 ……っと、今はそれに驚いている場合じゃない。



 今はクロのスキルセットだ。


 コイツを『弱点看破』から『異言語理解』に変更する。



「……よし。これで喋れるようになったんじゃないか?」


「…………」



 だがクロは俺をじっと見て、口を閉じたままだ。


 喋る様子はない。


 あれ?



 もしかしてスキルのレベルが足りなかったのか?


 でも、『スキルセット』という項目はレベルを上げることができないっぽいんだよな……


 となると、『異言語理解』の方のレベルを上げるべきなのだろうか?



「クロ、喋れるか? 今、お前に『異言語理解』というスキルをセットしてみたんだが」


「…………フスッ!」



 おぉ!?


 これは完全に呆れた感じの「フスッ!」だぞ。


 一体これはどういうことだ。



 さっきの対女神像戦では、俺の言葉をしっかり理解して作戦を実行してみせた。


 クロが人間の言葉を完全に理解しているのは間違いない。



 やっぱり眠くて俺の相手をするのが面倒なんじゃないか……と思ったが、心を鬼にして話しかける。



「なあ、クロ。俺の言っていること、分かるんだろ? だったら、何か言ってくれれば――」


「…………フスッ」



 と、そのときだった。



 俺の言葉を遮って、クロがひときわ大きく鼻を鳴らした。


 それからピョンとベッドから飛び降り、こちらに向き直る。


 その瞳は、明らかに「しかたがないな」と言っていた。



 次の瞬間。


 その小さな身体が淡い光に包まれ――



「…………えっ」



 目の前に黒髪の女の人が現れた。


 歳は二十代半ばくらい。


 背丈は女性にしては高い方だろう。


 それよりなによりも……なんというか妖艶な雰囲気で、思わず見とれてしまうほどの美人さんだった。



 誰……かは、もちろん分かる。


 分かるが、あまりに唐突すぎて頭が理解するのを拒否している。



 そんな俺の様子を一瞥し、女の人が呆れたように鼻を鳴らした。



「フン……主よ。お主が我と対話したいというのならやぶさかではない。だが、狼の喉で人の言葉を発することができるわけがなかろう?」


「……おっしゃる通りで」



 鼻の鳴らし方は人間のそれだったが……この感じと雰囲気。


 目の前の女の人は、間違いなく俺のよく知っているクロだった。

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