第67話 社畜、従魔と対話する 下

「ええっと……クロ、だよな?」


「いかにも。そういえばこの姿は初めて見せるか。存外、似合っているだろう?」



 言って、女の人――クロが得意げにクルっとターンしてみたりポーズをキメたりしている。


 クロは口調は尊大だが、性格自体は存外お茶目のようだ。


 美女の姿になってもクロはクロだった。


 かわいい。



 それにしても……



「まさか、お前が人の姿になれるなんて知らなかったよ」



 もちろん元の巨狼から豆柴サイズの仔狼に変化するなど、ある程度姿を変えられることは分かっていた。


 でも、人間に化けることができる可能性は正直想定していなかった。



 もっとも最初に出会った時も、狼にしてはやけにしっかりした契約書(?)を提示してきたし、俺とある程度の連携をこなせるだけの知性を備えていることは分かっていた。


 それに、俺がちょっと遅く帰ってきたときとかは、部屋のリモコンなど家具の配置が微妙に変わっていたりテレビがつけっぱなしになっていたこともあったからな。



 思い起こせば、あれらはクロが人の姿に化けてくつろいでいた痕跡だったのだろう。


 だからこうして人の姿になったところを見てしまえば、「ああ、確かに」って納得しかないわけで。



 ていうかさっきのそのポース、今期の深夜アニメのヒロインがしてたヤツだわ。


 仕事から帰ってきて、夜一杯やってるときにクロと一緒にぼけーっと観てたやつ。


 思ったよりも、クロは現実世界のあれこれに馴染んでいたらしい。


 まあ、全然オッケーだけどな!



 それよりも、なによりも。


 クロ……彼女には、一番肝心なことを聞いておかねばなるまい。



「クロ、ひとつだけ聞いてもいいかな? とても大事なことなんだ」



 俺は居住まいを正し、とても神妙な心持ちで切り出した。



「ふむ? 我はお主の従魔だ。何でも聞くがよい」


「その姿って……クロは元々、人の姿をしていたわけ?」


「それは違うな」



 クロが首を振り、きっぱりと否定した。



「我の本当の姿は、主と出会ったときの巨狼の姿だ。この姿は……そうだな、普段は人里へ降りるときに変化するくらいだな。だが身体がスースーするゆえ、決して居心地が良いとは言えぬ。ゆえにお主がこうして望むまでは、変化することがなかったというわけだ」



 言って、クロが自分の腕をスベスベと撫でている。


 もちろん彼女は服を着ているが、簡素なものだ。


 貫頭衣というやつだろうか?


 いわゆるローマとか古代の人が着ていそうなやつだ。


 というか……服のデザインゆえか腋周辺とか腰辺りとか、横から白い肌がチラチラ見えるので、かなり目の毒である。



 いずれにせよ、クロの白くて長い手足は露出しており、それが彼女的にはあまり気持ちの良いものではないらしい。


 この辺りは人間とは逆の感覚だが……


 まあモフモフに包まれている方が安心するという感覚は分からないでもない。



「そっか……ちょっと安心したよ」


「……? 変な主だな」



 クロは怪訝な表情をしているが、なんだかホッと胸をなでおろしている自分がいる。


 やっぱクロは狼の姿でないと俺も落ち着かない。



 というか、そうでなくては恐ろしいことになるだろ。


 いや、だってさ……



 さっきまで俺、クロと一緒に湯浴みしてたんだぞ。


 素っ裸で。



 それだけじゃない。


 いつも寝る時は一緒にベッドに入っていたし、なんなら昨日だってクロを思いっきり抱き枕にしてたからな……



 ていうか日常的にモフモフしまくりだったんだぞ!?


 こんなの、悶絶するしかないだろ……!!



「主よ、急に頭を抱えて頭痛でもするのか?」


「いや、大丈夫……」



 そうだ。


 狼の姿でも美女の姿でも、クロはクロだ。


 何も問題ない。


 まあ、たまにこうしてコミュニケーションを取ったり、ダンジョン内で戦闘の前後に連携の打ち合わせをすることもあるだろうが……普段は狼の姿でいいと思う。



 そもそも俺は、別にクロに対してずっと人の姿でいて欲しいとは思っていない。


 彼女がそれを望んでいないのもあるが、もう俺の中のイメージではクロは狼なのだ。 



 と、そんなことを考えていると。



「くあ……今日はよく戦った。もう特に用事がないのならば、我は寝るぞ」



 大きな欠伸をしたクロが、俺の横をするりと通り抜けて、そのままベッドに潜り込んだ。


 そして……



「ぬおっ!? おい、クロ!?」



 毛布の中からニュッと白い腕が伸びてきたかと思うと、俺をベッドの中に引きずり込んだのだ。


 人の姿をしていても、さすがは魔物。


 ものすごい腕力だった。



「…………!?」



 気が付けば、美女姿のクロの顔が目の前にあった。


 眠そうにトロンとした、金色の瞳が俺をジッと見ている。


 その様子が妙に色っぽく感じてしまい、一瞬で体温と心臓が跳ね上がるのを感じた。



 いやこれマズいですよ!?


 何がとは言わないが、とにかくマズい。



「どうした? いつものように添い寝をするがいい。……眠れないだろう」


「えぇ……」



 その姿で、ですかァ!?


 と喉の元まで声が出かかったが、どうにか堪える。



 あとその姿で「添い寝をしないと眠れない」宣言はいくらなんでも反則では!?


 可愛すぎか? 俺の従魔。



「くあ……変な主だ。我は寝るぞ。この姿を維持するのは存外に魔力を消費するからな」



 と、俺の動揺を知ってか知らずかクロが再び大きな欠伸をしてから、くるりと寝返りを打つ。


 それから、ぐい、と俺に身体を押し付けたあと……淡い光に包まれ、いつもの仔狼の姿に戻った。



「…………」



 気がつけば、クロは丸くなったままスヤスヤと寝息を立てていた。


 彼女は「添い寝が必要」と言ったが、とりあえず俺の身体に触れていれば安心できるようだ。



「…………はぁ」



 その様子を見て、俺はほっと胸を撫で下ろした。


 いくら相手がクロとはいえ、あんな美人な容姿のまま添い寝なんてしたら、どう足掻いても睡眠不足は免れないからな。



「……さて、俺ももう寝るか」



 レベルアップとかお宝の確認とか戦闘の連携確認だとか、いろいろやりたいことはあったがクロの人化で全部持っていかれてしまった。


 今日はもう寝よう。



「…………」



 しばらく、さきほど押し付けてきたクロ(人型)の柔らかい身体の感触がグルグルと頭の中を回っていたものの……


 日中の疲れもあってか、気づけば俺は仔狼姿のクロを抱きかかえながら、夢の世界へと落ちていた。




 ※当分は健全な方向でお話が進む……予定です。

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