第63話 社畜と初見殺しの罠

 最初の地下室の奥の扉を開き、さらに次の通路へ。


 10メートルほど進んだ先の部屋は、最初のものよりもずっと狭かった。


 四畳半……あるだろうか?


 小部屋というよりも、これでは隠し部屋だ。



「なんだここ……」



 もちろん内部には何もない。


 先に続く扉もなかった。


 まさか、このダンジョンはこれだけなのか?



 その可能性もある。


 しかし俺は、違う可能性に賭けてみた。


 というか、こういう時のためのスキルを、昨日覚えたわけで。


 そう、『マッピング』である。



「ええと……念じるだけでいいのか」



 正確に言えば、『マッピング』はパッシブスキルである。


 俺の意識とは別に、自動で周囲の状況を記録してくれる。


 ただし、確認する意思を示さないと視界に情報が浮かび上がらないという仕様なのだ。



「……なるほど、左の壁か」



 俺の視界には、左の壁面の一部が淡く発光していた。


 形状からして、スイッチだろう。


 罠とは表示されていないので、強く手で押してみる。



 ――ガコン。



 何もなかった壁面がくぼみ、それからゴゴゴ……と重たい音を立てながら横にスライドしていく。


 あとには、ぽっかりと黒い空間が現れた。


 やはり、隠し扉だったようだ。



「……狭いな」



 とはいえ現れたのは、縦横1メートルほどしかないダクトのような通路だ。


 正直、『魔眼』が覚醒する前の俺だったら絶対に先に進んだりはしないと思う。


 だけど、今は「この先に何があるんだろう」というワクワクで胸がいっぱいだった。



 通路には魔物が出現しないというルールも、一応今のところは守られている。


 念のため『マッピング』で内部に罠が仕掛けられていないことを確認してから、俺は細い通路へと入っていった。




 ◇




「おわっ!?」



 通路を抜けた先は、広々とした空間だった。


 ここが最下層なのだろうか?


 最初のダンジョンのような神殿風だ。



 あちこちに天井が剥がれ落ちたとみられる瓦礫が散乱し、天井を支えていた石柱の何本かも折れて転がっている。


 奥には何かの像が数体まつられているな。


 照明が少なく暗いから分かりづらいが……女神の像だろうか? とにかく女性だ。あと、何か猛獣的な動物の像。



 それはいいのだが……明らかに床が遠い。


 下まで十メートル以上はある。


 そして天井はわりとすぐ上にあった。



 どうやらこの細い空間は、本当に通気口のようなものだったらしい。


 しかし、これ……どうやって降りればいいんだ?


 と思ったら、すぐ下に縄梯子が吊るされているのが見えた。



 ご丁寧にこんなものが用意されているとは……


 ともかく、これで降りろということらしい。



「クロ、ひとまずそこで待ってろ」


「…………」



 クロを通路に待たせて、俺は一人広大な地下神殿に降りてゆく。



「おお、広いな」



 降りてみてから、この神殿の大きさを実感する。


 奥行きは100メートル以上。幅も4、50メートル。


 天井はアーチ状だが、一番高い場所で15メートル以上はありそうだ。



 それと、この空間自体が少し右に傾いているのが気になった。


 なので、ちょっと立ちづらい。



 これは……地殻変動の影響を受けたのだろうか?


 そもそもダンジョンって地殻変動の影響とかあるんだろうか?


 いずれにせよあまり長居すると気分が悪くなりそうだ。



 それに、この荘厳な地下神殿。


 なんというか、今ここでボスバトルが始まってもおかしくない雰囲気だ。


 ……始まらないよな?



 と、そうだ。


 ちょっと広々とした場所にやってきたついでに、身体能力の確認をしておこう。



「よっ、……おおおぉっ!?」



 ぴょん、と軽く跳んだだけで5メートルくらいの垂直飛びになって、思わず声が出てしまった。


 たぶん思いっきり跳んだら、普通に天井に手が付くと思う。


 ダンジョン内部では普段の数倍から数十倍の筋力になることが分かっていたが、これまたレベルアップの恩恵が如実に表れてるな……



「…………」



 後ろを振り返れば、先ほど降りてきた通気口(?)からクロが心配そうに覗いているのが見えた。


 万が一のことがあってあの縄梯子が壊れても、自力で戻れそうなのでちょっとほっとする。



「大丈夫だ! すぐに戻るよ」



 声をかけてから、神殿の奥へと進んだ。




 最奥部は壇上になっており、三体の石像が立っていた。


 高さはどれも五メートルほどだろうか?



 中央には勇ましいポーズをした女神像。


 片手には刃渡り3メートルはありそうな巨大な剣、もう片方には妖しげに紫色の光を放つ、子供の頭ほどもある大きな宝玉を持っている。



 左右は……二体とも意匠が異なるが、竜だな。


 右が炎を吐いており、左が氷……だろうか?


 とにかくブレスを吐いた恐ろしげな様子だ。



「…………」



 そして、俺は気づいていた。


 この二体の竜の像は『罠』だ。


 『マッピング』にはしっかりと『罠』と表示されているし、『弱点看破』により、左右二体の石像の心臓付近に赤い光が灯っているのが確認できた。



 おおかた、侵入者が女神像の宝石を取ろうとすると左右の竜の石化が解けて襲いかかってくる……とかだろう。


 なんならブレスも石化してるっぽいし、解けた瞬間に侵入者は炎と氷のブレスに巻かれて一瞬で死亡する感じだろうか。



 なんというか、めちゃくちゃ殺意が高い罠だな……



 まあ、俺には通用しないわけだが。


 この石化竜たちには悪いが、ほぼノーリスクでドラゴンを二体も倒せるとかボーナスステージである。



「……マナ大量ゲット!」



 俺は呟いてから、フルチャージの『魔眼光』で石化竜二体の弱点をブチ抜いた。



 ドラゴンたちは物言わぬまま……淡い光と化し神殿の淀んだ空気に溶け消えていった。



 あとには、無防備になった女神像が残された、のだが……



 竜たちが消滅した瞬間、女神像がギギギと立てて動き出した。



「……ははは。知ってた」



 マッピングには、女神に先ほどまでなかった『罠』が表示されている。


 どうやら現在のスキルレベルでは、起動するまで探知できない罠が存在するようだ。


 まあ、文句を言っても仕方ない。


 コイツをぶっ倒したあと、なるべくレベルを上げておくか。



 ――ギギッ! ズズン!



 地響きを立て、台座から女神像が降りたつ。



 それから俺に剣を向け――



『ヴオオオオォォォォーーッッ!!』



 女神にあるまじき恐ろしい雄たけびを上げ、ものすごい勢いで襲いかかってきた。




 まぁ、そう上手く事が運ぶわけがないよなっ!!

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