第62話 社畜と依頼とダンジョン探索

「いってらっしゃい。ちゃんと帰ってきてね」



 朝食のあと。


 リンデさんのそんな声に見送られ、再び俺は森林地帯のキノコ採取地……アンド隠しダンジョンへと向かった。



「よし、まだあるな」



 昨日ダンジョンへの入口を発見した場所に到着すると、四角い石床はまだそこにあった。


 一晩放置されていたにも関わらず、砂埃一つ被っていない。


 石蓋を開けてみると、昨日と同じように階段が地下へと続いており、その先に松明らしき灯りが揺らめいているのが見えた。



 現実世界で見つけたダンジョンの扉もそうだが、どうやらこうして『魔眼』の力(?)で視えるようになったダンジョンの入口は俺にしか触れることができないようだ。


 もしかしたら魔法的なゲートのようなものなのかもしれない。


 もっとも、以前ダンジョンに避難させた魔法少女は知らないうちに外に出ていたようなので、内から外へ出ることは誰でも可能らしい。



「と、その前に」



 表向きの目的はキノコ採取だ。


 ダンジョン探索の前に依頼をこなしておこう。



 俺は依頼書に描かれた現地の見取り図を頼りに森に入った。



「……なるほど、ここか」



 小道から数十メートルほど分け入ったところで、すぐに目的のキノコを発見することができた。


 大木の根っこから生えてきた、マイタケのようなキノコである。


 違うところといえば、木の影などが掛かる部分ではキノコの先端部分がわずかに発光していることだろうか。



 ただ、最初発見したときは想像していたサイズ感よりだいぶ大きめだったので一瞬面食らった。


 一塊がクロの身体よりも大きいなんて聞いてない。


 まあ、見た目は依頼書どおりなのでコレで間違いはなさそうだったが。


 コイツを手持ちの剣で株の根元から切り取り、リンデさんから渡された籠に依頼書に記載された分量を放り込んでいく。



「よし、こんなもんか」



 採取したキノコはだいたい五キロ分くらいになった。


 集落の人におすそ分けしたとしても、今日から数日は献立でコイツが出てくるであろう量だ。



 リンデさんは「すごく美味しいよ!」と言っていたけども、そうは見えなかった。


 というか、自生しているキノコってそのままだと食べ物と認識できないんだよな……



 普段キノコ狩りをしている人から見れば美味しそうに見えるのだろうか?


 まあ俺も冒険者としての経験値を積めば、また違うのかもしれない。



「…………」



 ちなみにクロはキノコはお気に召さないようで、俺が採ったやつの匂いをフンフンと嗅いだあとプイッと顔を背けていた。


 あれ、匂いは分かったのに嫌いだったのか?


 もしかしたら昨日食べた猪肉の方がいいのかも。



 それはさておき。



 依頼がひと段落したら、待ちに待ったダンジョン探索だ。


 いったん小道まで戻り、石蓋を開く。



「よし、行くぞ」



 今度は躊躇せず内部に足を踏み入れる。


 階段は数十段ほどで、地下の階層にはすぐに到着した。


 予想していた通り階下には通路が伸びており、その先に扉が見えた。


 あそこから先がある意味本番だな。



「…………」



 ひとまずキノコの入った籠を階段の下に置き、それからキノコ狩りにも使った剣を鞘から抜いた。


 コイツは短剣をゲットしたのと別の攻略時に、遺跡ダンジョンでミミックからドロップしたやつだ。



 長さは、だいたい60センチほどで、売却予定の『イーダンの短剣』の1.5倍くらいだろうか?


 異世界に来る前にネットで調べたところ、このサイズの剣はショートソードと呼ばれるらしい。



 武骨なデザインで刃も肉厚。


 今のところ魔物を斬っても刃こぼれひとつしていないので、かなりいい感じだ。



 もしかしたら『イーダンの短剣』と同じように高い値が付くかもしれないが……さすがに手ぶらで異世界をぶらつくのは危険だと思ったのと取り回しも悪くないので、基本的にこの剣を装備するようにしている。



 攻略用の準備が整ったら、いざ通路の先へ。



 ――ギイィ……と音を立て、最初の扉はあっさりと開いた。


 もしかしたら鍵が掛かっているかも……と心配したが、杞憂に終わったようだ。



「…………」



 内部は、いわゆる地下室のそれである。


 大きさは10メートル四方。天井は高く、3メートルほどはある。


 だいぶ年季が入っているのかところどころ石壁がはげていて、レンガらしき建材が露出している。



 部屋の奥には腐りかけた木箱が数箱放置されていた。


 もともとは地下倉庫とかだったのだろうか。



「あれは……ミミックってわけじゃないな」



 念のため近寄って木箱を『鑑定』してみたが、生命反応なし。


 内部は麦だそうだ。


 ダンジョン内の倉庫に眠る麦とか……食べたらどうなるんだろうか?



 ……と思って木箱を剣でつついて崩してみたら、普通に中身がカビて変色したやつがこぼれ出てきた。


 虫とかが溢れてくるよりはマシだが、これではダンジョンで迷っても非常食にはできないな……



 と、その時だった。



「ぐる……ガウッ!」



 急にクロが唸り声をあげる。


 同時に、蠢く気配が周囲に生じたのを感じた。



「なるほど、ここの魔物はそういう感じか」



 気付けば、中型犬サイズのネズミの魔物に囲まれていた。


 数は、全部で十体。



 『鑑定』によれば、


 《ラージラット:中型犬ほどのネズミの魔物。唾液線から腐敗毒を分泌するため、噛まれると死亡の危険あり》


 だそうだ。



 バカでかい毒ネズミとか、初心者だったころの俺なら大騒ぎだったかもしれないが……今は鑑定の結果を見ても「ふーん」としか感じない。


 ただ、今の俺は『毒耐性』などのスキルを保有していないので油断はしない。



 それよりも、こいつらの出現の仕方がキモい。


 最初のは見ていなかったが……後半の奴らを見るに、まるでスライムみたいに壁からニョロっと生えてきたからな。


 このネズミたちがスライム的雑魚な役回りなのは分かったが、出現方法まで同じじゃなくてもいいんだが?



 まあダンジョンの魔物って別に本当にその部屋に生息しているわけではないっぽいから、そのへんを気にしていても仕方ないわけだが。



「キキッ!」



 鋭い鳴き声をあげ、その図体に似合わず素早い動きで襲いかかってくるラージラットの群れ。


 とはいえ、今の俺とクロの敵ではなかった。



「せあっ!」


「ガウッ!」



 十秒もかからず殲滅。


 地下室に静寂が戻った。



「まあ、最初の部屋はこんなもんか」



 俺たちは部屋から奥に続く扉を開き、歩を進めたのだった。

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