第58話 社畜と冒険者登録
「実は……」
宿のお姉さん――リンデさんというらしい――の話を要約すると。
フィーダさんが砦で兵士長をやる前に冒険者をしていたことは知っていたのだが、さらにリンデさんの話では、その戦闘力の高さゆえ一時期冒険者ギルドの中上級者向けの戦闘技能講習で教官を務めていたことがあったそうだ。
彼の講習の効果は絶大で、無事修了した人はバキバキに鍛え上げられた結果その後に魔物に襲われて死んだり重傷を負って引退する確率が大きく減ることになったものの、その内容は恐ろしく厳しいものだったらしくトラウマになって彼の名前を聞くだけで震えあがる者も量産したそうだ。
リンデさんの話では傭兵上がりのイケイケ冒険者ですら講習の途中に逃げ出すほどだったそうなので、その厳しさは推して知るべし、である。
で、彼女は冒険者ギルドの職員になる前は冒険者をやっており……つまりはフィーダさんの薫陶を受けた(?)者の一人だそうだ。
紹介状を見て青い顔をしたのも頷ける。
ていうかこの人、そんなスパルタ講習を修了してるんだよな?
かなりゆる~い雰囲気だけど、この人もかなりの実力者なのでは。
「――それじゃあアラタさん、これで冒険者登録は完了ね。部屋は二階の一番奥の角部屋。クロちゃんの同伴は構わないけど、部屋を汚したらその分弁償だから気を付けて。今日の夕食のメインは、今朝獲れた猪肉を使ったシチューだよ。期待しててね!」
「ありがとうございます。しばらくお世話になります」
宿の支払いに金貨を出したら大金だったようで少々驚かれてしまったが、冒険者登録自体はすっかり元の言葉遣いに戻ったリンデさんと雑談を挟みつつもスムーズに進んだ。
と言っても、俺のやったことは名前と年齢、そして冒険者として活動するさい、依頼を受ける目安となる『職業』を決めることくらいだったが。
とりあえず『職業』というのは何種類かから選ぶ必要があったので、俺は『
他は『
これは本当に『戦士』だとか『魔法使い』である必要はなく、あくまでその人の持っているスキルや魔法の傾向だとか、やりたい依頼だとか得意な分野が分かりやすくなるよう、便宜的に定めている基準のようなもの……だそうだ。
ちなみに俺は一応魔法やスキルが使えるので『魔法使い』を選んでもよかったのだが、『魔眼』の存在はできるだけ隠しておいた方が無難と判断。
そうなると、無難そうなのは『盗賊職』しか残っていなかった、というわけだ。
まあ『鑑定』とか罠解除(物理)用に『魔眼光』なんかもあるし『身体能力向上』で知覚も鋭くなっているので『盗賊職』で問題はないだろう。
ちなみに手続きで俺がやったのは、口頭で質問に答えるだけ。
あとはリンデさんが聞き取った事項をあれこれ書類に記入して終了。
どうやらこの国では読むのは問題ないが書けない人はそれなりにいるらしく、職員が書類を書いてしまうのだそうだ。
ということは、リンデさんもある程度の教育を受けている人なのだろうか。
さっきまで魔導書と思しき本を読んでいたみたいだし、フィーダさんのスパルタ講習を耐え抜いた猛者でもあるわけで、それなりに優秀なのだろうとは思う。
雰囲気は完全にスナックのお姉さんだが……
と思ったら、俺の表情で察したのか「私、魔法使いなんだ」と言われた。
もしかして外の『忌避魔法』もそうかと聞いたら、そうだとの回答。
やはり優秀な方のようだ。
……雰囲気は完全にスナックのお姉さんだが。
ちなみに彼女が扱っていた書類はそれなりにきちんと裁断されており、わら半紙と和紙の中間みたいな質感だった。
妙な光沢があったので、油紙の一種かもしれない。
興味があったので聞いてみれば、材料は不明だが魔法であれこれやって生成するらしい……とのことだった。
『鑑定』でも単に《ノースレーン王国および周辺諸国で出回っているやや上質な紙》とあっただけで詳細は不明。
察するに、文明レベルは地球で言うところの近代あたり……という感じだろうか。
もっとも魔法が存在する世界なので、完全にイコールという感じではなさそうではあるが。
それはさておき。
とりあえず夕食まで時間があるので、鍵をもらい二階の部屋に荷物を置きに上がることにした。
「ここか」
リンデさんに言われたとおり、二階の廊下の一番奥にある扉を開く。
部屋の内部は清掃が行き届いており、快適そうだ。
それに加え部屋全体にほのかな木の匂いが漂っていて、実にリラックスした気分になる。
窓の
民芸品だろうか?
家具はベッド、姿見、テーブルに椅子。
ベッドは藁とかではなく、きちんと糊のきいたシーツや枕、それに毛布などが揃っていた。
これならば現代っ子の俺でも安心だ。
「…………!」
クロはさっそくフカフカのベッドの上に飛び乗ると、窓から差し込む日光があたる場所に陣取り、ここが定位置とばかりに丸くなった。
ちなみにバスやトイレはさすがに別というか1階にある共用のものだけとのこと。
念のため後で確認したところトイレはしっかり清掃されており存外に綺麗だった。
リンデさん曰く、便器には『浄化魔法』というのが施されているそうだ。
トイレの壁に掛けられた押し花には香油かなにかがしみ込ませてあるようで、ほのかに芳香が漂っていて悪臭もなし。
実体はともかく、清潔感もバッチリである。
さすがは女将が魔法使いのお宿といったところだろうか。
ちなみにバスの方は……残念ながらシャワーはなく、魔法で温めたお湯が木枠の中に溜めてありそれで身体を洗い流す程度のものだったが……まあ十分だろう。
「これは……当たりを引いたかもしれんな」
正直、異世界の宿屋とかせいぜいボロい藁敷ベッドがあればいいなとか想像していたので、これは嬉しい誤算だ。
比べるのもおこがましいが、昔学生のとき貧乏旅行で泊まったドヤ街の激安宿とは雲泥の差である。
「と、こうしてる暇はないな」
冒険者になったのならば、やることは決まっている。
さっそく一階に降りて、依頼の物色だ。
※呼称について
・姓で呼ぶ
→あらたまった場や敬意を込めるとき。
あるいは一定の立場にある人同士の場合。
・名で呼ぶ
→庶民は基本こっち。
あるいは気安い関係の人同士の場合など。
ざっくりこんな感じです。
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