第59話 社畜、依頼を受けてみる
冒険者として依頼を受けるためには、基本的にギルド内にある依頼掲示板から依頼書を剥がして職員に持っていくことが必要だ。
ということで、1階にある依頼掲示板を物色することにした。
「……あんまりないな」
とはいえ、ここは農村に毛が生えた程度の小さな宿場町。
掲示板に貼り付けられているのは数枚の依頼書だけのようだ。
内容も、野良仕事(果物のもぎ取り手伝い)だとか兎や鹿の狩猟、キノコや川魚など野食材の採取依頼のみ。
「…………」
というかこれ、野良仕事以外の依頼主、全部リンデさんじゃねぇか……
しかも狩猟とか採取依頼ばかりなので、今後の献立内容に反映されるやつでは。
残念ながら、期待していたダンジョン探索とか魔物討伐系の依頼はないようだ。
よくよく考えたらこの辺りでダンジョンらしきものって俺が通ってきた遺跡しかないっぽいし、魔物討伐依頼がないのはリンデさんの忌避魔術で事足りるからだろう。
むう……
今回の異世界来訪の主目的は短剣の売却で、冒険者活動は完全に成り行きのオマケだ。
別にガッカリなんてしてない。
してないったらしてない。
とりあえず今回はお試しということで、食用キノコの『採取依頼』を受けてみようと思う。
一応注意書きに似たような毒キノコがあるので注意と書かれているが、俺は『鑑定』があるので問題ないはず。
まあ、採ってきたあと仕分けとかするだろさすがに……
キノコが採れる場所は街道の横に広がる森の中だそうで、多少の危険があるかも、とのこと。
万が一魔物と遭遇しても今の戦闘力ならば問題はない……と思う。
報酬は、銀貨3枚。
宿代が銀貨5枚なので、それの足しになるかなという程度だが、難易度を考えると妥当……なのだろう。
まあ、あとはやってみるしかない。
なんだかんだで、アルバイト初日のような緊張感とワクワク感がないまぜになった気分だ。
「あら、さっそく依頼受けるの? もう午後だし、明日からの方がいいよ?」
「今日は現地の下見だけしようかなと思いまして」
「それなら構わないけど、午後の森はあっという間に暗くなるから本当に下見だけにしときなよ? 登録初日に遭難死とかされたら、夢見が悪いったらありゃしないからね」
リンデさんが心配そうに言う。
もちろん俺も無理をするつもりはない。
彼女の言う通り、少し現場を見て帰ってくるつもりだ。
「分かりました、気を付けます」
「分かればよろしい。じゃ、この依頼を受注ということで処理しときます」
「ありがとうございます。そういえば、この辺りの魔物で強いやつって何がいるんですか? ドラゴンとかですか?」
「季節によっては山脈の方からたま~にワイバーンが降りてくることがあるけど……本当にやめてね?」
「た、戦いませんって!」
残念、見透かされていたようだ。
リンデさんは観察眼が鋭い。
あまり怒らせないようにしよう。
「それでは行ってきます」
「行ってらっしゃい。ちゃんと帰ってきてよ?」
そんなやりとりを交わしたあと、宿を出た。
◇
宿場町のある街道と並行して、森林地帯が広がっている。
その奥にはノースレーン王国と『魔界』とを隔てる高い山脈。
基本的に『こちら側』の森には猪や鹿などの動物や小動物程度の魔物はいるものの、ゴブリンやオークみたいな本格的な魔物は生息していないということだったが……
「うわっ、けっこう暗いな……」
宿場町を出てすぐ、脇道に逸れる形で続く小道を進む。
すぐに鬱蒼と生い茂る森の中へと入った。
太陽はまだ高いが、少し傾きかけている。
たったそれだけなのに、もう森の中は薄暗かった。
ここで道に迷ったら、少なくとも明日の朝まで森から出てくることは不可能だろう。
確かにこれは、リンデさんが口を酸っぱくして言うはずだ。
一応小道自体は、苔むしているものの石畳が敷かれており、それなりに整備されている。
遺跡から砦に至る道よりは狭く山脈へと続いているせいか上り坂が多いものの、歩きやすさはほとんど変わらない。
そのおかげで道を外れない限りは森で迷う心配はなさそうだった。
と、ゆっくり標高を上げながら小道を歩いていると、森の中になにかがチラリと見えた。
「……ん? あれは……廃墟か」
足を止め、薄暗い木々の奥を透かして見れば、崩れかけた石積みの擁壁や石壁、倒れた柱と思しき石柱などが確認できた。
どうやらこの辺りは元々集落とか街が存在していたようだ。
そこから人が去り、長い年月を経て森に呑みこまれた……といったところだろうか。
不思議と気味悪さはなかった。
どちらかといえば、人の営みの儚さというか……妙な感傷を覚える光景だった。
廃墟は森のあちこちに存在しているようだ。
おかげで歩いていても退屈することはなかった。
「ええと、キノコの生えてる場所は……この辺りなはずだけど」
「…………フスッ」
三十分ほど歩き、目的地と思しき場所までやってきたところでクロが鼻を鳴らした。
足元を見れば、クロが右側の森の奥を見ている。
狼の嗅覚でキノコの匂いをかぎ分けたのだろうか。
どうやらここで間違いなさそうだ。
とはいえ、である。
「確かにこれは下見だけだな……」
残念なことに、この小道から外れて目的地まで至るであろう道は辺りを探しても見つけられなかった。
獣道すらない。
これではさすがに無理だ。
とてもじゃないが、道を外れて日の傾きかけた薄闇の森に足を踏み入れる勇気はなかった。
魔物との戦闘はもう怖くないのに道に迷うのが怖いなんて、変な話ではあるが。
まあ、リンデさんに言った通り今日は下見だけだ。
明日の朝に来て、それから取り掛かろう。
「よし、現場も確認できたしさっさと帰るか……ん?」
淡くなり始めた空を見上げ、そう呟いた時だった。
「ぐっ……!?」
左目が、チリリと疼いた。
スキルで隠していたにも関わらず一瞬で視界が真っ赤に変わり、疼きは灼熱感に変わる。
視界に、パチパチと火花が舞い始めた。
「クソ、こんなところで……!」
左目を押さえ、どうにか灼熱感を堪えようとしたところで……すぐに収まった。
安堵したものの、この状況に心当たりがあった。まさか。
そのまさかだった。
「……マジかよ」
思わず呟いた。
森の茂みが一部消失していた。
ちょうど森に足を踏み入れようとしていた、その足元が。
そこにあったのは……どう見ても隠し扉と思しき、正方形の石蓋だった。
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