第57話 社畜と小さな冒険者ギルド

 スウムの宿場町は、砦の前に広がる森林地帯沿いの街道の先にあった。



「小さな集落だな……」


「…………」



 クロと一緒に小一時間ほどのんびり歩きやってきたこの町は、『町』とは名ばかりの小ぢんまりとした集落だ。


 規模としては、五、六軒の民家と雑貨屋、そして宿屋と思しき建物が一軒建っている程度だが、どれも比較的新しいものに見える。


 最近できた宿場町なのだろうか?


 建物自体はヨーロッパ風というか異国情緒たっぷりなのでテンションが上がる。



 もっとも周囲には耕作地が広がっていたりその脇に果樹っぽい木が植わったりしているので、小さな農村に馬車駅が設けられた……と表現する方が適切かもしれない。



 それにしてもこの町、ほとんど柵とか塀とかないけど大丈夫なのだろうか?


 あるのは、一定の間隔で立ち並ぶ木製の杭くらいだ。


 しかも杭と杭の間にロープが渡してあるわけでもなく、俺のような素人から見ても動物や魔物の侵入を阻むことは無理だとしか思えない。


 ……と思ったのだが。



「ん? これ……もしかして結界魔法か?」



 よくよく見れば、それらの杭には小さな護符がくくりつけられていた。


 護符には見慣れない魔法陣が描かれている。


 うっすらと光っているので、発動状態のようだ。


 興味を引かれたので『鑑定』で確認してみる。



《魔物除けの護符:魔物『コカトリス』の気配を周囲に発する魔法が込められている。被食者となる弱い魔物や獣は近づかなくなる》


《模倣:レベル1 により『忌避魔法(コカトリス)』を習得できます 取得マナ:100》



「おおー、なるほど」



 俺の想像したものとは違うが、これもある意味結界魔法と言えるかも。


 要するにこれが魔法的な柵の役割を果たしているというわけだ。



 そういえば日本でも、猛獣の糞尿の臭いを抽出して忌避剤として使用していると聞いたことがある。


 まあ、現実世界も異世界も、思いつくことは大体一緒ということだろうか。



 一応100マナぽっちで取得できるらしいので取得しておいた。


 各地を巡ってこういう微妙な魔法を集めるのも面白いかもしれない。


 なんというかご当地魔法というか、異世界情緒というか。



 ちなみに『模倣』はクリプトとの戦闘が終わった翌日にはレベル1に戻っていた。


 あのときは『魔眼』が強制介入して一時的にスキルレベルを引き上げていたから、時間が経てば元通りという訳である。


 というか当の『魔眼』は、あの戦いのあとは沈黙している。


 今のように各種スキルはしっかり機能しているから、『魔眼』そのものの力が失われたわけではないと思うが……だいぶ荒ぶっていたし、お疲れなのだろうか?



 余談だが、この護符はクロには全く効いていない。


 それどころか護符をクンクンと熱心に嗅いでおり、見れば口の端から涎が垂れてきている。


 コイツにとって、コカトリスは捕食対象のようだ……



「と、それよりも」



 この町に来た目的は異世界観光……も目的の一つだが、優先順位は冒険者登録と宿探しの方が上だ。


 さっさと町に入ろう。


 まあこの町、奥行き100メートルくらいしかないし宿は一軒しかないっぽいけど。


 ちなみにフィーダさんによれば冒険者ギルドは宿屋に併設されているとのこと。



 というわけで町の真ん中あたりに建つ、周囲より一回りほど大きな建物の扉を開いた。


 内部は一部が吹き抜けのようになっていて、存外開放感のある造りだ。


 正面は飲食店のようでテーブルや椅子が数組並び、その奥にバーカウンターが見える。


 その右奥には掲示板らしきついたてが置かれており、さらにその奥には二階に上がる急な階段が見えた。



 ちなみにこの宿屋の名前、軒先にぶら下がっている看板によれば『世界樹亭』だそうだ。


 正直名前負けしている気がするが……それはさておきスキル『異言語理解』はなかなか便利である。



「らっしゃっせー」



 建物に足を踏み入れると、気の抜けた声がカウンターの奥から聞こえたあと、にょきっと女性の頭が生えてきた。



「どうも、こんにちは」



 近づいてみれば、キッチンカウンターの奥で一人の女性がのんびり椅子に腰かけている。


 歳は二十代後半くらいだろうか。


 結構な美人さんなのだが、完全にだらけきった格好なのも相まって何とも言えないアンニュイな雰囲気が漂っている。


 なんというか、場末のスナックのお姉さんっぽい。



 どうやら休憩中だったらしく、お腹のあたりには分厚い本が開かれたまま載っていた。


 あれ……ページの挿絵、魔法陣?


 魔導書とかそういうやつだろうか?



 と、店員のお姉さんが俺をまじまじと眺めたあと、パッと表情を明るくさせた。



「なになに、異国の旅人さんー? 珍しいね、こんな辺鄙なところまで来るなんて。あ、分かった! 聖地巡礼でしょ! この先に遺跡あるからねぇ。そっちのワンちゃんは旅のお供? 可愛いねー! 黒モフ最高!」



 さっきのアンニュイな雰囲気が一変。


 カウンターから身を乗り出して、接客という言葉を使っていいのか迷うほどのフレンドリーさで話しかけてくる。


 というかこのお姉さんテンション高ぇなオイ。



 もしかしてこの人、退屈していたのだろうか?


 完全に居眠りから覚めたあとっぽかったし、お姉さん以外に人の気配ないし……



「あ、えーと。今日から数日宿泊したいのですが大丈夫でしょうか? それと、冒険者登録はこちらでやっていただけると聞きまして。あ、これ紹介状です。登録時に出すよう言われまして」



 言って、俺はお姉さんの前にフィーダさんからもらった紹介状を出した。



「ああはいはい、冒険者志願の方ね了解了解! その年で初登録……ああゴメン、そこは別に聞いたりしないから! 誰だって、聞かれたくないことの一つや二つくらいあるでしょ。あ、でも名前とか年齢とかは教えてもらえるかな? こっちで登録するときに必要だから。あと宿泊代は朝夕の二食付きで一泊銀貨五枚だよ……んん?」



 どうやらお姉さんは宿屋の女将兼ギルド職員という立場らしい。


 手慣れた感じで説明をまくしたてつつ、俺の出した紹介状を手に取り……固まった。



「ちょ……」


「ちょ?」


「ちょっとお兄さん、一応聞くけど何者? この紹介状の署名『フィーダ・バルベスト』ってあるんだけど? これ認証魔法付き書簡だから署名が本人なのは間違いないし……いや、ええ!?」


「な、何か問題がありましたでしょうか?」



 というかこの人、なんでそんなに俺と書類を見比べて青い顔でプルプル震えてるんだ?


 確か、フィーダさんが冒険者に登録するときに誰かの紹介があるとスムーズだからって渡してくれたんだが。


 もしかして不備があったとか……



「問題も何もない……ですよ! お兄さん、教官……フィーダさんの関係者だったわけ……ですか? そういうのは一番最初に言ってくれないと困る……んですけど! ていうかさっきのあれこれはくれぐれも内密でお願いします!」


「ええ……」



 なんかいきなり微妙な敬語になったうえ頭を深々と下げられた。


 フィーダさん、一体この人に何をしたんですかね……


 いや教官とか呼んでるし想像はつくけども!

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