第54話 社畜、煽り合う
「なんじゃぁ? つれないのう」
「そんなもの欲しそうな顔しても駄目だからな」
俺はげんなりした気持ちを押し殺し、ソティとかいう女の子に声をかける。
たしかに一瞬、迷子かと思った。
だが、どう見てもこの場ではありえない姿をしていた。
クマさん姿のマスコットを差し引いても、だ。
まず、そもそも風貌が日本人じゃない。
綺麗な銀髪で、瞳の色は透き通った
肌は日焼けなんて無縁の雪肌である。
きっとあと十年もすれば、大層な美人さんになることだろう。
というか一瞬、ロルナさんのような異世界の住人かと思ったほどだ(まあ彼女は軍人だからか多少日焼けしていたが)。
おまけにこの広場は舗装されていない土の地面のうえ周辺の民家からも最低百メートルは離れているというのに、足には土埃すらついていない。
これでどう俺を欺けるのかという話である。
そしてバレたと思ったらこの態度。
外見はともかく、中身はどう考えても幼女じゃないだろコイツ。
あえて言おう。
ロリババアだ。
実年齢は知らんが……少なくとも妙齢どころではなさそうである。
おれよりずっと上かも。
うん、まあ……うかつに歳とか聞いたら、きっと第2回戦が開始されるんだろうな……
それはさておき。
彼女が何をしにここへやってきたか、それが重要だ。
「で、魔法少女が何の用でしょうか? まさか本当に夕飯を横取りしにきただけ、ではないですよね?」
俺はあえて慇懃に語りかけた。
無駄に怒らせる必要はないが、慣れ合う必要もないからな。
そういう相手には敬語で距離を置くのが一番だ。
が、俺のそんな態度を見てソティは残念そうにため息を吐いただけだった。
「はあー……なんてつれない態度じゃ。やはりひもじさとはこうも人の心を
わざとらしく嘆いてみせる。
「……まあよい。今日はただの顔見せじゃ。別にお主やそこの魔物を取って食うつもりはない。お主のカレーもな」
「左様ですか」
ならばさっさとお引き取り願いたいところだ。
「…………」
が、ソティは一向に帰る気配はない。
それどころか、食事を再開した俺やクロの様子をじろじろと観察している。
ついでに言えば、マスコットも俺らを無言でジロジロ見ている。
居心地悪いったらありゃしない。
さすがにその視線に耐えかねて「はよ帰れ」と文句を言おうとした、そのときだった。
「ところでお主……アレは使わんのか?」
「アレ、とは?」
機先を制され、思わずつっけんどんな態度を返してしまう。
一瞬子供相手にマジになってしまったという気まずさが胸に込み上げるが、相手が相手だと思いなおす。
それにして、『アレ』?
何のことだ?
「ほれ、アレじゃ。お主が『ミラクルマキナ』と派遣のルーチェに使った、あの技じゃ」
「……それが何か?」
自分の口調が硬くなるのを止められなかった。
なぜコイツは『鑑定』のことを知っている?
もしかして、あのときマスコットが話していた相手とは目の前のコイツだったのか?
だとすれば。
「いや待て! ワシも風の噂で聞いただけじゃ! 魔法少女に触れずともセクハラできるというエロ魔法を使う妖魔がおると聞いてな」
「私は妖魔ではありませんよ」
「分かっておる! まったく、そんな剣呑な顔をするでない。……そもそもそんなことは、とっくの昔に調査済みじゃ。もう一度言うが、ワシはお主の顔が見たくて来ただけじゃ。どうこうする意図はない」
「でしたら、おやめになった方がいいと思いますよ。あと俺の
というか、その見た目で『鑑定』を掛けたときの反応とか見たくないんだが?
マジで勘弁してくれ。
それと、だ。
たとえ『鑑定』を掛けたとしても、どう考えても彼女からロクな情報を取得できる気がしない。
おそらくだが、完璧にブロックされた上にこちらの情報を抜き取られそうな気がする。
目の前のコイツからは、そういう底知れなさを感じる。
そんな俺の様子を見て、可笑しそうに腹をかかえるソティ。
「ククク! 存外生真面目な男じゃのう。だんだんお主のことが好きになってきたぞ」
「俺はアンタのことをどんどん嫌いになってますが」
「ふむ。『好きの反対は無関心』というからの。ファーストコンタクトはそう悪いものではない、と」
「…………」
ダメだ。
コイツと話していると無性に『魔眼光』をぶっ放したくなってくる。
そろそろ相手にせず食事だけに集中すべきか。
と、思って手元のカレーに目をやった、その直後だった。
パッ、と周囲が一瞬明るくなり、それからすぐに暗くなる。
見れば、そこには可憐な魔法少女衣装を身にまとったソティが浮かんでいた。
クマのマスコットとともに。
「廣井アラタ殿」
彼女は厳かな声で俺の名を口にした。
「この度の
彼女が続ける。
「今回は我々には少しばかり荷が重くてな。お主がいてくれたおかげでこの世界とかの世界の均衡はかろうじて保たれた、というわけじゃ。深く感謝する」
深々とお辞儀。
それから彼女は苦笑して言った。
「ああ、それと……ウチの新人三人が迷惑をかけたようじゃな。特にマキナについては……ワシの監督不行き届きじゃ。この埋め合わせは必ずさせてもらおう」
「結構です。もう関わりたくないので」
「まあそう言うでない。……それに、お主もいずれ我々の存在に感謝する時がくるはずじゃ。その時は遠慮なく頼るといい」
俺には『埋め合わせ』という単語が『落とし前』にしか聞こえなかった。
……コイツには絶対借りを作らないようにしよう。
「その時とやらが永遠に来ないことを願っていますよ」
「……まあ、それはそうじゃな」
魔法幼女は一瞬寂しそうに微笑んで、それからくるりと踵を返した。
「さて、話も済んだところで、ワシもお
彼女はこちらに背を向けながらそう言うと……淡い光の粒子を残しながら姿を消した。
「……ふう」
どっと力が抜ける。
なんだアイツは。
『鑑定』は使わなかったが、見た目とは裏腹にとんでもない力を秘めているのだけは分かった。
今戦って、俺と彼女のどちらが強いか……正直、微妙なところだ。
魔法少女は大したことがないと高をくくっていたが、どうやらピンキリらしい。
うん、やはり今後連中と関わるのは絶対にやめておこう。
それに……今週は半ばから有給で異世界旅行だ。
さすがにヤツでもあっちまで追いかけてくることはないだろう。
俺は一気にカレーを口に放り込むと、そそくさと周囲を片付け始めた。
……その後。
自宅に戻るついでにダンジョンに寝かせていた女の子の様子を確認しに戻ったのだがすでに彼女の姿はなく、ソティたちからのコンタクトも無かった。
そして仕事もどうにか週の前半を乗り切り――ついに有給の木曜日がやってきた。
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