第53話 社畜と冬キャンご飯と幼女襲来
「荷物は……無事か」
クリプトとの戦いはかなり激しかった。
戦闘があった付近の地面は無残に抉れているし、魔物たちが踏みしだいたせいで植え込みの大半がなぎ倒されている。
そんな有様なので、いちおう荷物は別の場所に置いてあったものの戦闘の余波で壊れたりしていないか心配だったが……大丈夫だったようだ。
少しホッとする。
魔法少女たちまだ目を覚まさない。
とはいえ目を覚ましたあと俺を見て騒がれると面倒だしこれ以上関わりたくないので、とりあえず邪魔にならない場所までどうにか移動させておくだけにとどめた。
その理由は、彼女たちの衣装だ。
魔法少女の恰好は上がブラウス一枚だったり肩出しの服だったりと冬にしてはかなり薄着だ。
だというのに、さっきまで寒がる様子もなく普通に動いていた。
一応死んでいると夢見が悪いので念のため二人の手首の脈を診たが、なんら問題なし。
それどころか、脈を測るときに触れたが指先が冷えている様子すらなかった。
顔色も血色がよく、凍えている様子はない。
おそらくだが、彼女たちはこの衣装とか魔法とかスキルで低気温から保護されているようだ。
とはいえこのまま放置するのも不安なので、公園外のごみ収集ステーションに捨ててあった段ボールを拝借して二人の下に敷いたうえで、残りは布団のように掛けておいた。
……段ボールのせいでがぜんホームレスめいた見た目になってしまったが、そこはまあ勘弁してほしい。
「これでよし」
もろもろの後始末が終わったら、とりあえず近くの自販機であったかいお茶を確保してからクロと一緒に近くのバーベキュー広場へ移動。
この公園はそこそこ敷地面積が広く、こっちの広場までは戦闘の余波が及んでいないようだ。
よしよし。
ちなみに自販機は結界の中でも普通に稼働しているようだったが……これ、結界が消失したら買ったお茶はどうなるのだろうか?
元通りになるのだろうか?
まあ考えたところで答えが出るわけもなく。
そんなことより、俺もクロも腹がペコペコだ。
てきぱきとリュックからカセットコンロを取り出し組み立て、広場の石製テーブル上に設置。
その上に小鍋を置く。
以上、準備完了!
俺は買いだめしておいたレトルトカレーと炊いたあと小分けにして冷凍しておいたご飯、そして冷蔵庫の奥に眠っていたみかんである。
クロには茹でた鶏ささみや手羽元をほぐしたものを中心に、ごく軽く下味をつけた温野菜などを少々。
こちらも小分けにして冷凍庫で保管していたやつを持ってきている。
これらを、今から小鍋で湯煎していく。
俺はともかくクロのいつものご飯としては正直ボリューム不足だが、緊急時なので仕方あるまい。
これが終わればまた自宅に戻ってから食事タイムを再開してもいいだろう。
というわけで調理開始だ。
「……なんだかこういうのってワクワクするよな」
夜空の下で独り
もちろん小鍋には近くの蛇口から水を汲んできてある。
「はあ……あったけえ……」
ほのかな熱気に手をかざすと、身体と心がホッと弛緩するのを感じた。
ちなみにクロは俺から少し離れた場所に座り込み、じっと調理が終わるのを待っている。
とてもいい子にしていてありがたいのだが、調理の段取りで俺があちこち移動するたびに視線が付いてくるのでちょっとプレッシャー。
水が沸いたら、まずはクロのご飯から用意する。
凍ったタッパーはすのこを敷いた鍋に入れて湯煎。
もちろんクロが舌を火傷をしないよう人肌までの加熱なので加減が難しい……が、どうにかクリア。
「クロ、お待たせ」
「…………フスッ」
お、これは「ようやくか」という鼻息だな?
とはいえ、器に移した食事をガツガツと貪りはじめたので、機嫌はすぐに治るだろう。
さて、今度は俺のメシの番だな。
ご飯入りのタッパーとレトルトは一緒に鍋にぶちこむのが男飯スタイル。
一応ご飯の方は少しだけ早めに投入しておけば、同時に加熱が終わるという寸法だ。
「よし、できた!」
ご飯のタッパーにアツアツのカレーを直接投入すれば冬キャンご飯の完成である。
なおこれが冬キャンご飯なのかどうかは置いておく。
限界男飯寒空仕様などではない。きっと。
というわけでいただきます。
「……あつっ! はふっ、はふ……うまっ……!」
クロと一緒に冬の夜空を眺めながらのカレー。
美味くないわけがない。
「はふっ、はぐっ……!」
「ふえぇ……」
夢中でカレーをかきこんでいると、少し離れたところの暗がりから誰かの泣き声が聞こえた。
「…………」
いち早く食事を終え俺の足元でくつろいでいたクロが、スッと立ち上がる。
尻尾をピンと立てているので、何かを警戒しているようだ。
まさか、倒れてた魔法少女が目覚めたのか……?
それとも、魔物の襲撃か?
などと思ったが、どうやら違うようだ。
俺たちの前に姿を現したのは、十歳くらいの女の子だった。
彼女の身長の半分ほどはありそうな大きなクマさんのぬいぐるみを抱え、涙目でこちらへ歩いてくる。
「ここ……どこ……? パパ……ママ……ふええぇ」
もしかして、結界の中に迷い込んだ子供だろうか……と思ったのだが。
足取りがどうみても年相応の女の子のそれではなかった。
ついでに言えば、裸足だというのに随分と足元が綺麗だった。
ここ、公園の中でも結構奥まった場所なのに。
はあ……
そうなると、まあ答えは一つか二つに絞られる。
「……君、魔法少女だよね」
「…………」
言った瞬間、女の子が泣き止んだ。
とりあえず真顔でこっちを見るのはやめてほしい。
「なんじゃ、もう見破ったのか。つまらんのう」
「だから言ったロ。ソティは演技下手だから無理だっテ」
うん、まあ見た瞬間から分かってましたとも。
目線があった瞬間、マスコットちょっと動いてたし。
「で、魔法少女が何か用かな?」
「そんなの、決まっておろう」
彼女はニパッと良い笑顔を浮かべて言った。
「何やら大きな物音がすると思って来てみれば、若ぞ……オッサンと魔物が冬キャンなんぞしよるのでな。ご相伴に与ろうと思ったのじゃ」
「あんたにやる飯はないよ」
あんたにやる飯はないよ!
※調べたら、今は街中の公園でもBBQ可のところって意外とあるんですね。
とりあえずそういう場所だと思ってください……!
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