第52話 社畜、自分が何者であるかを再定義する

「――『死の連鎖デスチェイン』」 



 スキルを発動したとたん、ぶわっと視界が広がるような感覚を覚えた。


 まるで公園の隅々まで意識が届くような……不思議な感覚だ。



 だが不快感はない。


 なるほど、これが『領域』とやらを展開したときの感覚か……などとちょっと感動。



 ただ、クリプトのように自分の姿が見えなくなる様子はなかった。


 もしかしたらヤツは『死の連鎖』の他に『隠密』のようなスキルや魔法を使っているのかもしれない。



 それにしてもこのスキル……マナの消費量は相応に高い。


 展開しただけで影の魔物を倒した分がほとんど消費され、維持しているだけでゴリゴリとマナが減っていくのが分かる。



 これをそれなりの時間維持しているクリプトは凄まじいマナ保有量を誇っているということになる。


 さすがは魔王軍幹部(?)、底知れない実力を感じさせる。



 だがまあ、別に俺は結界の維持時間でコイツに勝つつもりはないし、影の魔物でクリプトを圧倒する必要もない。


 たった数秒、ヤツの意識を俺から引きはがせばいい。



 なので……とりあえず俺の方は『影の騎士』一体と『影の精霊インプ』を数十体出現させるだけでいいだろう。



「出てこい、魔物たち……!」


『『『――――』』』



 俺の呼びかけに応じ、影の魔物たちが姿を現した。


 おお……?


 なんかクリプトの出してきたヤツらと違って、なぜか全部左目が燃えるように赤いぞ。


 なんだこれかっけぇ……中二ぢからが限界突破してるぞ。


 もしかして、『魔眼』のサポートを受けているからだろうか?



 いずれにせよ、これは嬉しい誤算(?)だ。


 あまりのカッコよさに胸にこみあげるものがあるが、今は感動に打ち震えている暇はない。



「――行け」



 とりあえず影の騎士同士、影の精霊同士で戦わせておく。



『――――ッ!』


『――――ッ!!』



 ノイズのような雄たけびを上げ、激しくぶつかり合う二体の騎士。


 どうやら実力は互角のようだ。


 まあ、同じ魔法から生まれた存在ならば当然か。



 どのみちこっちは相手の騎士を足止めできていれば問題ない。



 影の精霊はマナ節約のため相手に対して数が少なめだが、コイツらはあくまで『魔眼光』発動の隙を作るためのデコイだ。


 それにむしろ劣勢の方がクリプトの油断を誘えるはずだ、という判断もある。


 俺はこの力デスチェインを過信するつもりはない。



「……………は? おいおいおいおい待て待て待て待て!! なんでお前が俺の『死の連鎖デスチェイン』を使ってんだよ!!」



 当然クリプトは狼狽したように叫び声をあげ抗議してくるが、知ったことではない。



「さぁ、何故でしょうね? でもこの魔法……なかなか使い勝手がいいですね。ほら、『影の精霊』のおかわりです」



 姿の見えないクリプトの絶叫をBGMに、煽りついでに魔物を十体ほど追加。



「ふざけんな消せ消せ消せ消せ消せ――――ッッ!!!!」



 それにしても……これだけ強力な魔法を使っているのにこれまで姿を見せずに高みの見物とか、コイツどんだけチキンなんだよ……


 いやまあ戦術的に正しいのは分かるが。


 あ、それはさておき俺の知覚が公園全体に及んだ結果、アンタの居場所は『弱点看破』を使わなくても丸見えになってますよ。言わないが。



「わ……分かったぞサラリマン! これは偽物だッ! お前ッ、幻術使いだなっ!? 小癪な真似をしてくれるじゃねえか!」


「さて、どうでしょうか。……あ、そちらの騎士さん押されてますよ」


「ぐっ……『影の騎士』ッ! アイツの偽物にやられたら絶対に許さんぞッッ!」


『――――』 



 クリプトが、戦闘中の『影の騎士』を金切り声で怒鳴りつける。


 たぶん意思などはないはずなのだが、『影の騎士』は一瞬ビクンと震えたあとさっきより攻撃が激しくなった。


 とはいえこちら側の騎士さんも負けじと応戦。


 実力は伯仲、一向に決着がつく気配はない。


 まあ同じスキルなので当然なのだろうが。


 いいぞいいぞ頑張れ我が『影の騎士』。



「チッ……使えないヤツだ! だがサラリマン、どうやら魔物の数自体は大して増やせないようだなァ? ならば、ここで俺とお前の格の違いを見せてやるッ!! 来い、魔物どもッ!」


『『『――――ッ!!』』』



 クリプトが歯ぎしりののち、絶叫。


 影の精霊がさらに百体ほど出現した。



 だが、さすがにこれに付き合うほど俺はアホじゃない。


 そうだな……むしろこの物量を、こちらの攻撃準備を隠蔽するため利用させてもらうとするか。



『『『ギギィッ!!』』』


「うわあ、これは勝てないぞお(棒)」



 まるで津波のように押し寄せてくる『影の精霊インプ』に埋もれつつ、俺は『魔眼光』のチャージを始めた。


 このスキルは強力だが、発動までに若干のタイムラグが生じる。


 おまけにかなりの集中力を要するので、少々動きが鈍くなる。



 相手は腐ってもそれなりの実力者だ。


 このちょっとした違和感を察知されるとすべてが台無しになる可能性があった。


 そういう意味では、クリプトの魔物大量投入は実にいい仕事だったと言えよう。



 キイイィィィン――――!!



 魔力が収束する甲高い音が耳の中で響き、同時に左目に灼熱感がどんどん強くなっていく。


 もう少し、もう少し――――俺は影の魔物を捌きつつ、その時を待つ。



 そして。



 イイイイィィィ――――!!



 最大までチャージが完了。


 いつでも撃てる状況を維持しつつ、クリプトの位置を再確認。


 ヤツはこちらが見えているのに気づいておらず、いまだ街灯の上に留まっている。



 影の魔物たちが邪魔ではあるが、奴らの紙のような耐久力とドラゴンの頭をブチ抜く『魔眼光』の威力を比較すれば、何ら障害にはならないことは明白だ。


 クロは相変わらず他の魔物や魔法少女と戦闘を繰り広げているが、射線からは外れており巻き添えにする危険はない。



 ……よし、いける。



 そう判断した直後、俺は最大出力の『魔眼光』をぶっ放した。



 ――――バキンッ!!



 金属がひしゃげるような音とともに、一筋の光条がクリプトの弱点を正確に貫いた。



「…………………………は?」



 呆けたような声。


 街灯の下で、なにかがドサリと落ちる重い音がした。


 それと同時に周囲から影の魔物たちが消滅。



「……っ」


「…………」



 どうやらクリプトの『魅了』の効力も切れたらしく、魔法少女たちが糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。



 公園に静寂が戻る。



 ……ふう。


 どうにか作戦は成功したようだ。



 公園の街灯の下には、胴体の大半を消失したクリプトが倒れていた。


 一瞬、まだ倒しきれていなかったのかと警戒したが……すでにヤツの傷口から淡い光の粒子が漂っている。


 消滅するのは時間の問題だろう。



「…………ありえん。オレは不死族の長だぞ…………ありえんだろ、こんなことは…………」



 虚ろな目で、クリプトがうわごとを呟いている。


 と、様子を見に近づいた俺に、ヤツの視線が向いた。


 微かに口が開く。



「…………何者だ、お前は」


「私、ですか」



 一瞬、クリプトの問いかけに言葉が詰まってしまう。



 言われて気づいた。


 今の俺は一体何者なのだろうか。


 改めて考えてみると、結構難しい問題だ。



 もう、自分がただの人間ではなくなったことは自覚している。


 振るえる力の大きさもそうだし、なにより人の姿をした存在を滅ぼすことに躊躇ためらいの感情がない。



 ただ、ひとつだけ。


 俺が俺であるための言葉はすぐに見つかった。



「私はただのサラリーマンですよ」



 出た言葉は、結局それだった。


 そして、クリプトもそれで納得したようだ。



「そう、か。サラリマンを舐めていた俺の負け……だ。魔王……様…………申し訳あり……ませ……」



 最後まで言い終える前に、クリプトは光の粒子と化し冬の夜空に溶け消えていった。




「……ふう」



 大きなため息をひとつ。


 これでようやく、クロと一緒の冬キャンご飯を始めることができそうだ。

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