第50話 社畜と荒ぶる魔眼

「しっかし……『轟拳』のヤツの気配が消えから何事かと思って来てみれば、なかなかどうして面白いことになってるじゃねえの」



 クリプトとかいうホストもどきがベンチからゆらりと立ち上がる。


 もちろん両脇に魔法少女を侍らせたままだ。


 まあ、間違いなく『魅了』で操っているのだろう。



 ヤツはニヤニヤと酷薄な笑みを浮かべながら、公園の茂みに隠れた俺とクロを『視ていた』。


 うん、まあ『魅了』とか掛けようとしてきた時点でこっちの存在は完全にバレてますな。



「…………」



 こちらを認識しているのなら隠れる意味は全くない。


 俺は静かに立ち上がると、公園の広場に歩み出た。



「なんだぁ? ただのおっさんじゃねーか。『轟拳』を倒したうえオレの『魅了』まで拒むくらいだから、どんな猛者かと思ったら……ガッカリだぜ」



 なんかホストもどきがあれこれ言っているが、俺はそれどころではなかった。


 いやぁ……ちゃんと『隠密』使っていたんだけどな……


 完全にバレていたのにコソコソシノビムーブをかましていたのが恥ずかしい。



 冗談はさておき。


 どうやらさっきのオークと違って、コイツはそれなり・・・・のようだ。


 そうでなければ、『隠密』は見破れない。



「で、お前誰よ? この子らの保護者かなんかか?」



 クリプトがものすごい上から目線でそんなことを尋ねてきた。


 両隣の魔法少女はクスクスと笑いながらこちらを見ている。



「…………」



 多分、ちょっと前までの俺ならば……


 多分このホストもどきがただの人間だったとしても、ここで日和ってヘラヘラ営業スマイルでも浮かべていたかもしれない。


 だがどういうわけか、ヤツの態度にイラッときている俺がいる。



 正直なところ、態度が尊大だとか女の子たちを侍らせているとかは正直どうでもいい。


 それよりも、なによりも。



 コイツは俺を舐め腐っている。


 そこにクソみたいにムカついているのが、自分でも分かった。



《不死族ごときが……随分と大きく出たものです》


《魂の欠片一つたりとも残しません》



 ……いや、おかしい。



 自分でも違和感を覚えるほど感情がたかぶりすぎだ。


 もしかしてこれは『魔眼』の感情なのか?


 ステータス表示もやたら荒ぶってるし、なんか左目からパチパチ火の粉が舞ってきてるぞ。



「…………っ」



 クッ、鎮まれ俺の左目……ッ!!



 いや、さすがに齢三十五にもなって口に出せるセリフではないけどさ……!


 とはいえ、魔眼の感情(?)は抜きにしても、相手にコケにされて黙っていられるほど今の俺は小心者ではない。



 俺は一度心を落ち着けるため、大きく深呼吸する。



《……………………》



 幸い『魔眼』はそれ以上荒ぶることなく、俺は静かに言葉を発することができた。



「私が誰かを知りたいのなら、まずはそちらから名乗ってはいかがですか? 名前ではなく所属の話です。大人ならばの基本中の基本ですよ?」



 ……のだが、いやこれ完全に煽りだわ。


 やっぱムカついてるの俺自身かも。



 だが、クリプトは意外そうな顔をしただけだった。



「……へぇ。『魅了』だけじゃなく『威圧』も効かねえのか。やるじゃんオッサン」



 言って、可笑しそうに笑いながら肩を竦める。



 正直、『威圧』についてはレジストした旨の表示はなかった。


 ハッタリとは思えないので、普通に効かなかった、ということだろうか。



 実際、目の前の男を前にしても何も怖さは感じない。


 ただ、さっきのオークと比べて格段に強いのだろうな、とは感じる。


 油断はしない。



「まあ、こういうのは俺の趣味じゃないんだが……付き合ってやるか。『轟拳』を倒したその実力に免じて、ちゃんと名乗ってやるよ」



 言って、クリプト氏が一歩前に進み出た。


 それから大仰な所作で深々と一礼。



「我が名はクリプト。魔王軍、魔王様直属『魔族連合』が一柱、『死の連鎖デスチェイン』クリプトだ。……お前は不死族ノスフェラトゥという種族を聞いたことがあるか? その長が俺だ」


「廣井アラタと申します。よろず商事株式会社、営業一課所属。……ただのサラリーマンです」



 名乗り返す。


 アイサツは基本だ――社会人の。



 まあ、コイツ自分から魔王軍とか名乗ってるし明らかに異世界の魔物だからな。


 別に会社名を名乗っても明日凸って来たりはしないだろう。


 どうせこの場で倒すつもりだし。



 そうでないとゆっくり夕食が食べられないからな。


 というか、さっきから足元でクロが『ぐるる……』と恐ろしく不機嫌な唸り声をあげている。


 もちろん夕飯を邪魔されたからなのは言うまでもない。


 俺もさっさとコイツらを片付けてここでクロと一緒に冬キャンご飯食べたい。



「なるほど、お前がサラリマンってやつか! 魔王様が言ってたぜ――」



「あいつらバカばっかだってな」


「……ッ!?」



 突如耳元で囁き声が聞こえ、同時に強烈な殺気を感じた。


 半ば反射的に身体をよじる。



 ビュン、と耳元で風切音。



「うおっ……!」



 とっさに距離を取って見てみれば、俺が立っていた地面がざっくりと抉れていた。


 あれを躱していなければ……抉れていたのは俺の身体だった。



「なるほど、これは躱せるのか。合格だ」



 クリプトの姿が消えていた。


 あたりを見回してもヤツの姿はどこにも見えない。


 しかし、公園のどこにも・・・・・・・気配だけがある。



 そしてヤツの分身なのか、影のような真っ黒な魔物が俺を取り囲むように多数出現していた。



 なんだこれ?



 姿を隠して気配も消す、なら分かる。


 だが気配だけが公園中にあるってのはどういうことだ。



「わが領域『死の連鎖デスチェイン』へようこそ。サラリマン、じっくりと楽しんでいってくれ。ああ、それと……せっかくだ、そこの彼女たちとも踊ってやってくれ」


「クスクス……」


「クスクス……」



 クリプトがそう言った途端。


 魔法少女たちがこちらに襲い掛かってきた。


 クソ、やっぱりこういう物量作戦だよな!



「くそ、やってやらぁ!」


「ガウッ!」



 と、身構えたところで黒い大きな影が俺の横をすり抜け躍り出た。


 クロだ。



『――キシッ!?』


「くっ……!」


「きゃっ……!?」



 元の巨狼の姿に戻ったクロは影の魔物たちを一瞬で蹴散らし、襲いかかってきた魔法少女たちに体当たりを食らわせてから、ひらりと地面に着地する。


 おお……やっぱクロは強いな。


 頼もしさしかないぞお前……!



「…………」



 と、クロがこちらをちらりと見やった。


 まあ、意図はさすがに分かる。


 つまり「こやつらは我が相手をしてやろう」だ。



「クロ、助かった!」


「……フスッ。……ガウッ!」



 クロは一度だけ「まかせろ」とばかりに鼻を鳴らすと、再び湧き出てきた影の魔物や魔法少女たちとの戦闘に入った。



 よし、これで俺はクリプトの方に集中できるな。




 ※このお話はフィクションです。

  なお公園での火気使用や冬キャン行為は禁止されているところが多いので、

  仮に結界の中に迷い込んだとしても皆さんは真似しないようにお願いします……!

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