第49話 社畜、強敵と対峙する
間一髪だった。
まさかこの『結界』の中に一般人が迷い込んでいるとは思わないだろ。
最初公園に入ろうとしたときに女の子が魔物に襲われていたのを見たときはマジで焦ったぞ……
とはいえ不幸中の幸いというべきか、襲っていたのが比較的雑魚寄りのオークだったようだ。
これが仮にドラゴンとかだったら、絶対に間に合わなかった。
危ない危ない……
とはいえこのオーク、なんか腰巻だけやたら立派だったからちょっと高級なオークだったのだろうか?
でもまあ『バッシュ』で消滅するくらいだから、一般兵に毛が生えた程度のポジションなのだろう。
直前で『隠密』を見破られたときはちょっと焦ったが。
いずれにせよ、今となってはどうでもいいことだが。
「君、もう大丈夫だからね」
俺は両手に抱きかかえた中学生くらいの女の子に声を掛けながら、路地を走っていく。
とはいえ、どうやら恐怖で気絶してしまっているせいか返事はないけど。
ちなみに今、俺の左腕がじっとりと湿っているんだが……今は知らないふりをしておく。
まああんな化け物に襲われたら仕方ないのではなかろうか。
俺だって何の力も持たないままオークの前に放り出されたら、絶対チビる自信があるからな……
ていうかなんでこの子パジャマなんだ……?
公園に入ったらオークに襲われていたから咄嗟に助けたけど、見た感じ中学生くらいだし近所の子だろうか。
なんか妙に見覚えのあるような、ないような顔立ちだ。
多分通勤時に見かけたとか、だろうか?
それにしても、黒髪だし化粧っ気もない真面目そうな子なのにこんな夜中に出歩いているとか……近くのコンビニに買い出しにでも行ってたところを巻き込まれたのだろうか?
だとすれば、気の毒だったとしか言いようがない。
「…………」
とそこで一瞬、他の可能性が頭をよぎる。
そもそもこの結界、一般人が迷い込むようなモノなのだろうか?
今まで遭遇した魔物は討伐してきたけども、普通の人間は見かけなかった。
お隣さんだって、もぬけの殻だった。
となると。
いや、そんな……
少なくともこの子は、俺の記憶の中の顔とは全然違う。
ということは別の魔法少女だろうか?
少なくともあちこちで聞こえる戦闘音とかほぼ街全体を覆っているように見える結界の規模から考えると、たった一人しかいないとは考えにくい。
……うん。
多分別人だろ。
俺はひとまずそこで思考を打ち切った。
この子が誰であれ助けてしまった以上、これより先を考えても仕方がないと思ったからだ。
それはさておき、とりあえずこの子が凍えない場所に退避させないと。
俺は女の子を抱えながら、路地を見渡しつつ走っていく。
この状況だと、とにかく魔物に見つかりづらい場所に匿うべきなんだが……そんな都合のいい場所は見つからない。
とはいえ、このままこの子を抱えたまま魔物と戦闘を継続するわけにはいかない。
さて、どうしたものか。
「…………フスッ!」
と、悩みつつ路地を走っていたら後ろで鼻息が聞こえた。
振り返れば、どういうわけかクロが立ち止まっている。
「どうしたクロ」
「…………」
クロは俺が止まったのを確認すると、くるりと身をひるがえして別の道を行こうとする。
意図を図りかねてしばらく観察していると、クロは少し進んでからこちらを振り返った。
「待て、そっちの方は駅側で……そうか」
俺はクロの意図を理解して頷いた。
絶対に安全で、かつ誰にも見つらないと思われる場所が一つだけあった。
そこは……
「ダンジョンだな?」
「…………フスッ!」
正解、とばかりクロが鼻を鳴らす。
確かにダンジョンの入口付近の通路ならば、ほぼ間違いなく誰にも見つからないうえ奥から魔物がやってくることはない。
もちろん、本当に外をうろつく魔物たちに見つからないかと言われると分からないが……
少なくとも、そこ以外に安全そうな場所は思いつかなかった。
◇
「…………これでよし」
『隠密』でコソコソ路地を駆け抜け、首尾よくダンジョンまで到着。
幸運なことに、周囲にいた魔物はこのダンジョンの扉の存在にまるで気づいていない様子だった。
それを確認してから魔物を排除する。
これで入口の在処は俺以外に知る者はいなくなった。
例によってビルに似つかわしくないゴテゴテした扉を開くと、すぐさま女の子をダンジョンの通路に横たえた。
入口付近には俺がこれまでダンジョンでゲットしたお宝が袋に詰めて放置してある。
それの形を少し整えて、枕にしてやる。
女の子はいまだ目を覚ます様子はない。
とはいえたまに寝言かうわ言を喋っていたから、生きているのは間違いなかった。
「さて、もうひと暴れしてきますか……と、そうだ」
ダンジョンから出ようとして、俺は立ち止まった。
……この子、俺がいないうちに目を覚ましたらここがどこか混乱するよな。
それにここから奥に進まれてスライムに襲われたら元も子もない。
どうしようかと少し考えたあげく、俺はメッセージを残すことにした。
「たぶん……ちょっとくらいは大丈夫だよな」
ダンジョンは一定時間で魔物のリポップが起きたり、構造物が修復されたりすることが分かっている。
しかし何度か攻略したときに観察していたのだが、その修復は最短でも半日単位で数分とか数時間の間に行われるわけではないようだ。
ならば俺が戻ってくる間の一、二時間くらいならばメッセージは消えずに残っているはずだ。
「これで、よし……と」
お宝の中から『イーダンの短剣』を取り出して床に『ココカラ先 キケン 立入禁止』、扉に『出口 タダシ シバラク出ルナ』と刻んでおいた。
カタカナにしたのは……なんとなくノリだ。
「……フスッ」
と、クロが鼻を鳴らした。
そういえば公園で一緒にご飯を食べる予定だったのにオークのせいでまだだった。
「俺も腹減ったよ……よし、さっさと戻ってご飯にしよう」
「…………!」
そんなわけで、急いで公園まで戻ったのだが……
敷地に足を踏み入れようとして、俺とクロは慌てて近くの茂みに隠れた。
「なんかいるぞ……」
公園のベンチ周辺に、若い男女がたむろしていた。
男はホストのような金色のロンゲと黒いスーツ。
顔立ちは……イケメンというか日本人離れしているな。
女の子たちは……うんあれ魔法少女だわどう見ても。
男はベンチに腰掛けてふんぞり返っており、そいつに侍るように魔法少女たちがぴったりと身体をくっつけている。
なんだこれハーレムか?
もっとも魔法少女が全員地雷系っぽい恰好だしそもそも連中にいいイメージがない俺には、あまり羨ましい光景ではなかったが。
……ていうかそこ、俺たちの食事場所(予定)なんだが?
などと思っていたら。
――キンッ!!
いきなり耳の奥で甲高い音が弾け、刺すような頭痛が襲ってきた。
「ぬわっ!?」
慌てて頭を押さえる。
それと同時に目の前にステータスメッセージが浮かび上がってきた。
その字面をみて、俺は背筋が凍った。
《状態異常:魅了……レジストに成功しました》
《従魔の状態異常:魅了……レジストに成功しました》
《模倣:レベル1 により『魅了』を習得できます 取得マナ:30,000》
《……………………》
《不死族ごときが私に『魅了』を仕掛けるなど……笑止》
……魅了!? どうやら
まさか。
「……やばっ」
そのまさかだった。
ホストもどきがこちらを見ていた。
クソ、ちゃんと『隠密』も使用して隠れていたつもりだったのにバレていたらしい……!
「ほぉう? オレの『魅了』を拒絶するとはな……雑魚かと思ったが、どうやらそれなりにやるようだ」
ゆらり、とホストもどきが立ち上がる。
「なるほど……『轟拳』を
そう言い放ち、ホストもどきが酷薄な笑みを浮かべた。
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