第46話 社畜、前向きに考える
「クロ!」
「……!」
自宅へ急いで戻り扉を開く。クロは玄関のすぐ内側で待っていた。
そわそわしていて、俺の帰りを心配していたように見える。
「ごめん、心配かけたな。とりあえず外に出よう」
とりあえずスーツから私服に着替え、冷凍庫にあったクロ用のご飯や鍋用カセットコンロなどの調理器具をリュックに詰め込んでから外に出た。
さすがにこの状況で部屋に立てこもるのは危険に思えたからだ。
玄関の扉はともかくとして、仮に窓の雨戸を閉めていたとしてもベランダに侵入されて鉈やら棍棒なんかでぶっ叩けば簡単に突破されてしまうからな。
攻め込まれて部屋をメチャクチャに荒らされるのは勘弁だ。
そもそも、俺には立てこもるメリットはほとんどない。
ここまで帰ってくる途中に何度か魔物に出くわしたが、どいつも俺の敵ではなかったからな。
それならば、外に出て襲ってくる魔物を片っ端から倒していった方が早いし被害が少ないだろう。
あとは、こちらの勝利条件だが……何をすればいいのだろうか。
間違いないのは、魔物たちの殲滅か。
次点で、この魔物たちを指揮しているヤツを倒すことだろうか。
それ以外だと、この『遮音結界』とやらが張っていると思しき魔法少女たちが魔物たちを全部片づけるまで『隠密』を使いどこかに隠れていることだが……それをする気はない。
というか、魔物倒せるのにわざわざ隠れる意味がないからな。
あいつらマナの塊だし。
せっかくの機会なので、ここでできるだけ狩りまくって俺のレベルアップの糧にしたいところだ。
問題は、魔法少女との遭遇だが……これはもうどうしようもない。
まあ、俺もかなり強くなっているし出たとこ勝負だ。
ただ、積極的に連中と事を構える気はない。
特にマスコットは何らかの組織に属しているというか上位存在がいるっぽいからな。
連中の正体が不明な以上、今はなるべく敵に回したくない。
ということで、以下方針。
・マナゲットのためにも、魔物は積極的に狩っていく。
・魔法少女とマスコットには極力手を出さない方向で。ただし向こうからケンカを売られたのなら、さすがにその限りではない。
こんな感じだろうか?
そうと決まれば、さっそく行動だ。
しっかり魔物と戦うならば、できるだけ見通しがきいて広々とした場所がいい。
となると……少し先にある公園に向かうべきか。
と、道を歩き出したところだった。
『ブルルッ』
「……さっそくお出ましか」
道を少し進んだところで今度はオーク兵に出くわした。
こいつらはどうやら単独行動らしく、一体だけだ。
見た目は大柄で凶悪そうに見えるが、コイツも実はたいしたことがないことが分かっている。
「さっそくマナゲット!」
『ブルルァッ!!』
オーク兵が吼え、手に持った戦斧を振り下ろしてくる。
半歩ほど身体をずらし回避。
遅い。
鈍重にもほどがある。
そのまま間合いに入り、オーク兵のでっぷりした腹に手を触れ『バッシュ』を発動。
――ドシュッ!!
オーク兵の巨体が一瞬で消し飛んだ。
ダメなら『魔眼光』を使うつもりだったが、その必要はなかったようだ。
「……俺にとっては、コイツも『弱い魔物』なんだよなぁ。いや、なっちまった……のかな」
「…………」
しみじみと手を見つめていると、こちらを眺めるクロの姿が目に入った。
ちょっと誇らしげな様子で「主よ、とうぜんだろう?」と言っているように見えた。
……この信頼感よ。
とはいえ、ここでクロをひたすら愛でているわけにはいかない。
どうやら魔物はかなり多数で、しかもここら近所一帯に出現しているらしい。
こうしている間にもあちこちで連中の鳴き声が聞こえてくる。
少し遠くではドン、ドンと大きな音が聞こえたり、足元から地響きが伝わってくる。
結構派手な戦闘のようだ。
あれは魔法少女とかが戦っているのだろうか?
というかこの状況……普通の人は大丈夫なのだろうか?
さっきの轟音とか、明らかに家屋か何かが倒壊した音だったぞ。
「と、そうだ」
隣に住むおばあさんのことを思い出す。
あの人、独り身だったよな……
高齢のご婦人とか、ゴブリン兵に襲われたらひとたまりもないぞ。
できれば安全なところに避難をさせておきたかった。
もちろん他のご近所さんの安否が気にならないわけではない。
だが、まずは顔見知りだ。
いったん自宅のある階まで戻って、隣のインターホンを押す。
返事はない。
「こんばんはー!」
大声でドンドンと扉を叩く。
やはり返事はない。
もしかして外出中だろうか?
それにしては換気扇は動いているし、中からは魚の煮つけを作っているらしき美味しそうな香りが漂ってきている。
人の気配がしないのは、気のせいだろうか?
いや、しかし……
と、そこで思い出す。
お隣さんは昔の人だからか、自分が起きている間に扉に鍵を掛ける習慣がない。
以前立ち話に付き合った時に、危ないから鍵は掛けるべきだと諭したのだが……「亡くなった夫がふらっと帰ってきたときに、鍵が掛かっていたら困るでしょ?」と言われて困った覚えがあった。
ならば……今だって。
「すいません、お邪魔します」
扉の向こう側へ声をかけてから、俺はダメ元でドアのノブを捻ってみた。
カチャリ、と音がして扉が開いた。
やはり鍵は掛かっていない。
「高田さん、いますかー?」
扉を少し開き、中を覗き込む。
しかし、おばあさん……高田さんが出てくる気配はない。
漂ってくるのは、美味しそうな煮魚の匂いだけだ。
「……お邪魔します」
俺は玄関に入ると廊下の先を見た。
このアパートは玄関の先に廊下があり、その先のリビングと簡易的なダイニングがある構造だ。
結論から言えば、リビングにもダイニングにも高田さんの姿はなかった。
それどころか、どこかで倒れていないかテーブルの下や念のため手洗いや風呂場まで探してみたが、本人はおろか人がいた形跡すらない。
ただ、ダイニングのコンロでは、魚の煮つけが入った鍋が作りかけのままホカホカと湯気を上げているだけだ。
「……なんだこれ」
まるで神隠しだ。
たしかにこの結界の中では、人の気配や物音が一切聞こえなくなっていたが……まさか人ごと消えていたとは。
ていうかこの状況、事態が収束したら戻るんだよな?
頼むぜ魔法少女とマスコットの皆さん!?
とはいえ、これなら俺も好き勝手暴れてもあとで文句は言われなさそうだ。
それにこの状況で人的被害の生じる可能性がほぼなくなったことについては、ちょっとホッとしている。
うん、前向きに考えよう。
「よし、クロ。公園に向かおう」
「…………!」
俺たちはアパートを出ると、当初の目的どおり近所の公園に向かうことにしたのだった。
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