第45話 社畜、有給を勝ち取る

 異世界から帰還した翌日は月曜日。


 つまりはお仕事が始まる。


 楽しかった時間土日は終わり、お前は自分の人生に向き合う時なのだ……というミームに反逆するためには、相応の覚悟と痛みを伴う。



 つまりは有休申請である。


 俺の胃はキリキリと悲鳴を上げていた。



 ありていに言えば、弊社の社風は世間一般で言う『体育会系』というカテゴリに分類される。


 社員は汗水たらして働いてナンボ、有給なんぞ冠婚葬祭と病気のときに取っておけ、というのが全社一貫した風潮である。


 つまり弊社における有休取得は大変ハードルの高いミッションなのである。



 もちろん、さすがに俺もいい大人なので『親や親族を殺す』ことはできない。


 というか以前それをやってバレたヤツが懲戒を喰らっていたのを見ているので、やるつもりはない。



 ではどうするか、という話だが。



「課長、有給申請願を書いてきました。ご確認のほどよろしくお願いいたします」



 昼食後の課長の機嫌が最も良さそうなタイミングを見計らい、サッと書類を出した。


 まあ人間、正直が一番である。



 今は自分の仕事も落ち着いている。


 時期的に繁忙期というわけでもない。


 それに業務の効率化を進めた結果、残業もかなり少なくなった。



 そのまま通る可能性は、未だかつてないほど高まっている。



「あ? 病気でも葬式でもないのに認めるわけないだろーが。却下だ却下」



 即却下された。


 まあ、知ってましたよ。こうなるって。


 だが、今回ばかりはここで引き下がるわけにはいかない。



「そこをなんとか!」


「お前な……このまえ佐藤が辞めたばっかりだろ。そんな中で二日も休みをやれるわけがないだろうが」



 課長が有給願をチラっと見てからため息交じりでそう言った。



 佐藤、というのは俺が以前客先で起きていたトラブルを解決した案件の前任者だ。


 どうやらいろいろあって取引先と会社の板挟みになって参ってしまったらしく、ストレスで体調を崩したまま休職→退職という最悪の結末を迎えてしまったのだ。


 とはいえ元から優しく繊細なタイプだったせいか客先からの評判もけっして悪くなく、不運が重なった結果こうなってしまった、としか言いようがない。


 だから、俺も同情こそすれ彼を責めるつもりはない。



 などと物思いにふけっていたら。



「と言いたいんだが……まあよかろう」


「…………えっ、いいんですか?」



 まさかの逆転OKが出た。


 無慈悲な却下は課長なりの前振りだったようだ。


 そういう冗談は心臓に悪いからやめて欲しい。



 それにしても……


 正直、『あぁ? ふざけたこと言ってないで仕事しろ!』とか一喝されるのを覚悟してきたんだが、どんな風の吹き回しだろうか。



 なにか心境の変化でもあったのだろうか?


 行きつけのキャバクラでお気に入りの嬢との仲が進展したとか?



 などと思ったのだが、何か様子がおかしい。


 課長はしばらく腕組みをしていたが、重々しい口調でこう言った。



「申請があった以上、受諾せねばならん」


「あ、ありがとうございます……?」



 気になる発言だ。


 『受諾せねばならん』というのは、どういう意味だろうか?


 と、課長も俺の表情で心境を察したようだ。



「まあ、お前らはまだ知らんか。ついさっき課長以上の役職宛に社長から直々メールが届いていてな。親会社の買収があって、急遽トップが交代したそうだ。社員用には明日の朝イチに詳細が上がるそうだから、そのときにでもイントラ(※)を確認しておけ」


「はあ」



 これまた急な話だ。


 もっともこの手の話は秘密裏に進めるだろうから、俺たちがいきなり知らされるのは当然といえば当然なのだろうが……


 課長が続ける。



「それに伴い労働環境向上とコンプライアンス強化のお達しが出ていてな。端的に言えば、お前が有給取得を申請してきた場合、いかなる理由でも受諾義務が生じることになった」


「なるほど」



 よく分からんが……とりあえず俺の有休は確定したらしい。


 どこの会社がウチの親会社を買収したのかは後で確認しておくとして、どうやら多少はホワイト化が進むようでちょっと嬉しい。



 とはいえ、今後、俺の待遇がどうなるのかはまだ未知数だ。


 ただでさえ少ない給料が減ったりしないといいのだが……



 まあ、今は無事有給を取得できたことを喜ぶべきだろう。




 ◇




「……何か変だな」



 どうにか月曜日を乗り切り、自宅へと向かう途中のことだった。



 魔法少女に出くわさないよう、住宅街に入ったところで『隠密』を使用して帰路を急いでいたのだが……


 そこで違和感に気づく。



 今日に限って、この路地に入ってから通行人に全く出くわさないのだ。


 もっと言えば、民家に灯りはついているものの物音は聞こえてこず、人の気配も全くなかった。



 もしかしてこれ……あの魔法少女が連れていたマスコットの結界か?


 そう訝しんだ直後。



『ギギッ!』



 聞き覚えのある鳴き声は、曲がり角の先から聞こえた。


 すぐにパタパタッ、とアスファルトを踏みしめる音がして、子供ほどの背丈の影が二、三、俺の前に躍り出た。


 街灯の光がそいつらの正体を露わにする。



 緑色の肌に下っ腹が膨らんだ醜悪な体型。


 凶悪そうな顔つき。


 手には、鉈や棍棒を持っている。



「……なんでゴブリン兵がこっちにいるんだよ」


『ギギッ!!』


『ギャギャッ!!』



 ヤツらが襲いかかってきたのと、俺が思わず呟いたのはほとんど同時だった。



 が、所詮はゴブリン。


 こっちは徒手空拳だが、今は『バッシュ』があるし『魔眼光』もある。


 やつらの動きもよく視える。



『ギャギャッ!』


「おっと」



 突出してきた個体の攻撃を躱し、最小出力の『魔眼光』を相手の『弱点』に放つ。



 ――キンッ!



『ギッ――』



 胸元を稲妻めいた閃光で貫かれ、ゴブリン兵はあっけなく消滅した。



 おお……やっぱこのスキルは強いな。


 まあ、元々がドラゴンを瞬殺する威力だからな。


 少々オーバーキルだった気もする。



『ギギィッ!!』



 ということで、続いて襲いかかってきた個体には『バッシュ』で対応。


 鉈を振り下ろし終えたその隙に、そいつの頭に触れスキルを発動。



『ギ――』



 ――ボシュッ!


 ゴブリン兵の頭が一瞬で吹き飛んだ。


 直後、そいつの身体も光の粒子に変わり消滅。



「やっぱヤバいスキルだ……」



 思わずドン引きな声が出た。


 もしかして、フィーダさんとの模擬戦のときに俺が弱かったらこうなっていたのだろうか。


 考えたらちょっと背筋がゾッとした。


 まあ、そもそも弱ければこんなスキルを使われることはなかったわけだが。



 それはさておき、残るは一体だけだ。



『ギッ!?』



 ――バシュッ!


 こちらから距離を詰めて『バッシュ』で粉砕。


 討伐完了。



「……ふう」



 再び静けさを取り戻した路地で、俺はほっと息を吐く。


 しかし、異世界でちょっと修業(?)したせいか、案外こっち側でも動けるようになっている気がする。


 これで、また魔物が現れても十分対処できるだろう。



「……っと、早く帰らないと」



 なぜこっちに異世界の魔物が現れているのか分からないが、クロの様子も心配だ。


 俺は自宅へ急いで戻るべく、路地を駆けだした。







 ※イントラネット。社内ネットワークのこと。今は社内ポータルとか呼ぶそうですね。


 ※言うまでもありませんが、物語に出てくる会社・団体・組織等は架空のものであり現実のそれとは一切関係ありませんのでご了承ください。




 ◇




 明けましておめでとうございます。

 今年も『社畜おっさん~』をよろしくお願いいたします!

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