第44話 勇者、慟哭する/新米騎士、静寂を訝しむ【side】

「なんで……こんなことに……ッ!!」



 その気持ちだけが駒田こまだユウの胸の中を占領していた。


 まさか結末がこんなことになるとは。



「ミーネ……ライラ……! こんなことなら……俺はお前たちに命じなかったのに……!」



 ユウは、もう二度と動くことのない聖女たちの身体を抱きしめながら、絶叫した。


 彼の滲む視界の先には、胸に剣を突き刺されたまま横たわる魔王ブラドムーゼの巨大な躯が見える。


 巨人族の長だそうだ。


 さっきユウたちが倒した側近の魔族が言っていた。



 確かに強大で、魔王の名にふさわしい者だった。


 側近たちの攻撃も苛烈を極め、何度も窮地に陥った。



 ……もしかしたら、ユウをここまで向かわせた国王たちは自分を捨て駒にするつもりだったのかもしれない。


 そう確信させるのに十分なほどに、魔王は強かった。



 死闘だった。


 何度も諦めかけた。



 けれども、聖女たちに励まされ……共に戦った。


 そしてついに、ユウの剣が魔王の心臓を貫いたのだ。



 いずれこの魔物の王の身体も魔力の粒子に分解され、この世から永遠に消え去るだろう。


 魔王が死んだあと別の身体で転生できるようにその魂に転生魔法を掛けていたようだが、それも対策済みだ。



 すなわち、聖女二人の魔力と生命力のすべてを代償として発動した古代魔法――『次元牢』で魂をこの世界から切り離す。


 魔王の魂は転生することができず、永遠に亜空間を彷徨さまようことになる。



 討伐は成されたのだ。



 けれども。



「封印だって……!? そのためだけにミーネとライラが存在していたなんて……俺は聞いてないッ!!」



 聖女たちは、旅路で生い立ちを決して明かしてくれなかった。


 長い街道を進むときも、魔物たちと戦ったあとも、宿の寝室で……二人と寝床を共にした後でさえも。



 結局、彼女たちが自分たちの秘密を教えてくれたのは、魔法を発動する直前だった。


 きっとユウに止められるだろうと、知れば力づくでも止めただろうと……彼女たちは分かっていたのだ。



 普通の人間は、『スキル』を一つしか保有することはできない。


 しかし『聖女』は複数の『スキル』を保有することができる。



 これにより、聖女は最低二人以上で、いくつものをスキルを相乗的に使用することで古代魔法『次元牢』は完成する。


 魔王討伐のためだけに、『次元牢』を放つためだけに、魔法的な強化と調整を施した改造人間。


 それが彼女たち『聖女』だそうだ。



「だったら……!」



 それを先に知っていれば……もっと他の方法を探ることができたのに!


 でも。


 きっと、いくら探してもそんな方法はなかったのだろう。


 だからこその、聖女だ。


 ユウも、そのくらいは分かる。


 それに、今さら嘆いても遅い。


 二人の命は使い果たされ、『次元牢』は発動し、魔王の魂を亜空間へと切り離された後なのだから。



「――――――――――――――ッッッッ!!!!」



 しばらくユウの慟哭が魔王城の大広間に響き渡っていたが……日が落ちる頃には、それも止んでいた。


 主の無い王座にもたれたまま、彼は表情が抜け落ちた顔で周囲を見渡す。


 そして、ふと思った。



 ミーネとライラの魂は、どこへ行ったのだろうか……と。


 魔法『次元牢』は聖女の魔力と生命力をすべて使い果たすことで発動する。


 しかしながら、魔力や生命力と魂はまた別の概念だと、以前ミーネが語っていたことを、ユウは思い出した。


 ならば……二人の魂はどこへ?


 そして……思いついてしまった。



「魂は流転する……んだったっけ」



 これも、以前ミーネが語っていた。


 流転……つまり、魂はいずれ誰かの身体に宿ることになる。


 もちろん記憶や人格がそのままではない、とも言っていたが……



 輪廻、という言葉はユウも知っている。


 現実世界でも存在する概念だ。


 そして……思い至る。



「もしかして、二人はどこかの誰かに転生している……?」



 ユウの虚ろな目にわずかな光が灯った。



「はは……なんだ、そうか……そういうことなのか……!」



 彼はゆっくりと立ち上がった。


 それからミーネとライラの亡骸を王座の近くに整然と横たえ、静かに見下ろす。


 決意に満ちた目で。



「ミーネ、ライラ。待っててくれ。俺はきっと……必ず君たちを取り戻してみせる。それまでは……そのままでいてくれ」



 言って。


 ユウは虚空に手を差し出した。


 突如、彼の前に虚空が姿を現す。



「大丈夫。君たちの身体は、俺が君たち・・・を取り戻すまで、ずっと綺麗なままだから」



 彼は彼女たちにも、王たちにも誰にも言っていない、もう一つのスキルを持っていた。



「……この空間に収納したものは、時間経過が止まる。狩った獣や殺した魔族を入れて確認済みだ。安心しなよ」



 彼は慈しむように……スキル『アイテムボックス』へと、聖女たちの亡骸を収納した。



「さあ、これからが正念場だ。忙しくなるぞ」



 ユウはおもむろに立ち上がる。


 それからパンパンと自分の頬を張った。


 決意に満ちた顔だった。



「転生魔法の構築には、まずは古代魔法そのものの理解が必要だな。魔界にある古代遺跡系ダンジョンを巡って古文書を集めよう。それに……そうだ、俺のいた世界にミーネとライラが転生しているかもしれないな。向こうに転移する方法を探さないと。あ、でも転移できるかは先に魔物で実験した方がいいかな? それと、王国には……聖女の『製法』を知っているヤツがいるはずだよな。そいつを連れてこないとダメだ。万が一の場合は、ミーネとライラの『器』が必要になるかもだし。そのときに国王と司祭は絶対に殺そう。でも……俺だけで押し入ったらさすがに返り討ちにあうかもしれないか。ミーネとライラを使い捨てにするようなヤツらだしな……やっぱ魔物たちの力を借りなければ無理か。うん、でも、生き残った魔族を使えば支配しやすいかも知れないな。どうせ魔王より弱いんだし、反抗するようなら見せしめに何体か殺せば言うことを聞いてくれるだろ。……さあ、行動だ!」



 すべてが決まったあと、ユウは宮殿の外を見た。



 夕日が魔界の地平線へと完全に沈み、淡い蒼と微かな赤の残光が空を照らしている。


 しかしそれもやがて消えた。


 夜が宮殿の広間を覆い尽くしてゆく。


 ユウの瞳と同じ、闇色に。




 後の世の者は、かつて勇者だった彼をこう記した。


 ――『魔王』と。




 ◇




「転移魔法を使用した痕跡があったというのは、ここか」


「はっ」



 レーネ・ロルナは伝令兵の案内で魔界の境界にほど近い『大森林』の湖のほとりまで来ていた。


 この湖は遠浅の浜が続いており、季節や気候の変動により水位が上下する関係で高い木が生えない。


 今は季節柄水位が下がっており、騎馬訓練すら可能なほど広々とした砂地が広がっていた。



 おまけに砦からも遠く、森の木々が視界を遮っているので大軍を待機させてもバレにくい。


 魔王軍が作戦行動の前段階として大勢の兵を待機させるにはもってこいの場所だ。



 そして実際、先日の砦襲撃の際もここが大規模転移魔術の中継地点として使用されたことが分かっている。


 もちろん再使用の可能性を考慮し、ロルナのいる砦やほかの砦から兵を出して昼夜監視に当たらせているのだが……



「足跡も何もないぞ。本当にここで転移魔法が使用されたのか?」


「それは間違いありません。昨日の朝、魔物の大軍がこの場所に出現したとの報告が監視兵より上がっております。その中には、『魔族』と思われる強力な個体も数体確認されていたそうです」


「だが……だとしたら、その魔物や魔族はどこに行ったのだ? すでにこの場所にいないということは、どこかに転移したということだろう」


「申し訳ありませんが、そこまでは……」


「……ふむ」



 ロルナたちのいる監視砦よりも内側は、監視の目が厳しい。


 街や村に衛兵が駐在しているし、街道は商人や冒険者たちが活発に行き交っているからだ。


 魔物の大軍など、どこかに出現すればすぐに分かる。



 だが……そんな報告は、未だどこからも上がってこない。


 魔法で転移可能な距離を鑑みれば、少なくとも昨日の夜の時点で周辺の街などから救援あるいは兵の派遣要請があってもおかしくはなかった。


 だがそれも未だにない。


 それどころか、今朝はその街から出入りの商人たちが物資を運んできたのを確認しているのだ。



「一体、魔物たちはどこへ転移したのだ……?」



 ロルナは難しい顔で、しばらく湖を眺めていた。

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