第43話 社畜と異世界勇者譚
「……なるほど、そんなことが」
ロルナさんに聞かされた『勇者譚』はノースレーン王国では子供でも知っているお話だそうだ。
といっても何百年も前のことではなく、比較的最近のことだそうだけども。
ちなみに話が長くなりそうだからと、ロルナさんが気を利かせてクロの為に干し肉を持ってきてくれた。
クロは俺たちの足元でご機嫌な様子で干し肉を
俺には冷えた水。
身体を動かして火照った身体にはとてもありがたい。
ちなみにこの水、井戸水などではなく砦にいる魔法使いの人が生成したものだそうだ。
この辺りは飲用に適した水源がないので、雨水を貯める以外にはこうして日々生成して蓄えているとのことだった。
なので、飲んでもお腹を壊すことはない……と思う。
ロルナさんも自分で持ってきた冷水に口を付けつつ、先を続ける。
「この国は、『魔界』と国境を接しているのだ。この砦の向こう側、森のずっと先に山脈があるだろう。あそこを越えた先が『魔界』だ」
『魔界』は魔物の支配する領域のことで、多くの魔物が生息している。
魔物にも知性あるものがいて、そういう連中がまとまりいくつかの国家を造り上げた。
歴史的にノースレーン王国と『魔界』の魔物国家群は互いに不干渉を貫いてきたそうだが(というか、そもそも大半の魔物国家とは言語や生態が違いすぎてコミュニケーションが成立しなかったそうだ)、十数年前に突如として、とある魔物国家がこの国に侵攻を始めた。
魔物たちの力は強大で、あっという間に国土の三分の一を占領され、多くの人々が家を失ったり命を落としたそうだ。
もちろん当時の国王はこの事態に手をこまねいていたわけではなく、魔物たちの侵攻を食い止める傍らで魔物の王……魔王を直接討伐するための策を練っていた。
そして、この国の国教であるシャロク教の司祭さんが主導して、当時偶然にも古代遺跡で発見された召喚魔法を使い、特別な力を持った人間を『異郷』より召喚することになったのだそうだ。
その召喚魔法を介してこの世界に
他人である俺からすれば、完全に賭けだ。
だが、これ以外に魔王討伐の可能性はないと当時の王たちは考えていた。
そして、文字通り神に縋る思いで召喚魔法が実行された。
で、結果はというと。
無事(?)、一人の少年が召喚された。
彼は俺と同じ黒髪黒目を持っており、魔王討伐のために必要な力を有していた。
そして、お人よしだった彼は国王たちの願いを聞き届け、魔王討伐の旅に出かけることになった。
魔王の魂を封印する力を持つ、二人の聖女と一緒に。
ちなみにその間ノースレーン王国の軍隊はどうしていたかと言えば、魔物の侵攻を食い止めるのに精いっぱいで『魔界』に攻め込む余裕はまったくなかったそうだ。
まあ、自国の領土を防衛しつつ敵地にまとまった数の軍隊を投入するのが難しいというのは、素人の俺にも分かる。
それゆえ魔王暗殺部隊として『勇者』を送り込むのが、唯一の方法だったのだろう……多分。
で、ここからが肝心なのだが……結局三人は王国に帰ってくることはなかった。
もちろん国王らは勇者が戻ってこないことを心配し、選りすぐりの騎士や兵士たちを集め捜索隊を結成し『魔界』に向かわせた。
けれども魔王が住んでいた城は『魔界』の奥深く。
結局、誰もそこまで到達できずに捜索活動は終了したそうだ。
ただ、『勇者様一行』が魔王を討伐したことだけは確かだろう、とロルナさんは言った。
なぜかといえば、彼らが『魔界』へ旅立ってから数年後に魔物たちの侵攻がパタリと途絶えたからだ。
『魔族』と呼ばれ魔物の大軍を指揮したり単体で各地に甚大な被害をもたらした強力な個体もいなくなり、王国に平和が戻った。
その後は勇者が魔王を討伐したとして、彼と二人の聖女は英雄として祀り上げられた。
街と言う街に彫像が建てられたり、魔物が来なくなった日を『魔王討伐記念日』として祝日に指定したりと、国を挙げてその偉業を祝ったそうだ。
そして……その後十年ほどは平和そのものだった。
ここ最近、再び魔物たちの動きが活発になるまでは。
「先日の魔物の大軍も、魔王の差し向けたものだった、というわけですね」
「おそらくは、な。あの統率の取れた動きは、上に指揮するものがいることを示している。魔王以外ありえない」
「勇者さんは本当に魔王を討伐することができたんでしょうか?」
「今となっては……真相は誰にも分からない」
ロルナさんは難しい顔でそう言った。
「だが勇者が魔王を討伐したと思われる時期に、その側近である『魔族』の全てが姿を消したのは確かだ。魔物ゆえ死体が残らないので討伐を確認できたわけではないが、奴らが生きていたとすれば、今、連中が魔王軍を率いていないわけがない」
「あの『オークコマンダー』は魔族ではないんですか?」
「定義が難しいが、あれは『魔族』ではないはずだ。魔族はたった一体でこの砦くらいなら攻め落とすことが可能だろうからな」
「なるほど……」
ていうか魔族、強っ!
仮に俺が今そいつらと遭遇したら、勝てるだろうか?
多分不意打ちの『魔眼光』ならばやれそうだが、肉弾戦だと厳しそうな気がする。
まあ、すでに滅びているのなら会うこともないか。
仮に出会ったとしても、絶対に全力で逃げよう。
「……ロルナ殿、ご休憩中失礼する」
と、話をする俺たちの元に兵士の方がやってきた。
しっかりと武装しており、訓練に参加していた人ではない。
どうやらかなり急いでいたらしく息が上がっている。
表情もかなり硬い。
兵士さんの顔を見てロルナさんは何かを察したようで、顔つきが変わった。
「伝令兵か。……ヒロイ殿、すまないがしばらく中座させてもらう」
「いえいえ、お構いなく」
二人は練兵場からいったん離れ、何かを話していたようだ。
ロルナさんはすぐに戻ってきたが、表情が険しいままだった。
「ヒロイ殿。申し訳ないが、急な用事ができてしまった。今日はこれにて失礼したいのだが」
「いえ、こちらこそ長居をしてしまいました。ロルナさんはお仕事を優先されてください」
「うむ、すまない。……ヒロイ殿はいつも城壁の外から訪ねてこられるようだが、どの集落に滞在しているのだ? 見送りの者を出そうと思うのだが」
今日はなぜかロルナさんがそんなことを提案してきた。
もしかして、結構危険な情勢になってきたとか?
魔王軍の話を聞いたばかりなので、そっちの想像をしてしまう。
だが、帰る先は遺跡のダンジョンなので見送りはちょっと困る。
「お気遣い、ありがとうございます。ですが、これから立ち寄る場所もありますのでお見送りの方は結構ですよ」
「しかし……いや、ヒロイ殿がそう言うのならば大丈夫か。いらぬ心配だった。許せ」
言って、ロルナさんが苦笑する。
どうやら俺は相当な強者とみられているらしい。
当の本人はいまいちその自覚がないけどな……
「それでは、私はこれで」
「……ああ、ヒロイ殿」
と、俺が帰ろうとするとロルナさんに声を掛けられた。
「もし滞在している集落が砦の西側のものならば、できればそちら側に向かう街道は使わず、数日は東側にある集落で過ごすといい」
「……お気遣い、ありがとうございます。口外しませんのでご安心ください」
なるほど、そっち側で何らかの動きがあるということか。
おそらく軍事機密に関わる事情だろうに、それとなく伝えてくれたのは俺を信頼してくれている証だろう。
ありがたく情報は頂戴して、現実世界に帰ることにする。
「それでは、また後日」
「ああ。またの来訪を楽しみにしているよ」
その後フィーダさんにも別れの挨拶を告げ、俺の異世界強化合宿はある程度の成果とともに終了したのだった。
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