第37話 社畜は強くなりたい

「…………」



 魔法少女の襲撃のあと。


 コンビニで食事を買い込みクロを連れて自宅に戻ると、ドッと疲れが全身から吹き出してきた。


 無言で靴を脱ぎ、そのまま玄関に座り込んだ。


 今日は一日でいろんなことがありすぎた。


 もう心身ともに限界だ。



「はあ……疲れた……」


「…………」



 へたり込んだまま頭を項垂れていると、俺のほっぺたにクロが鼻先をくっつけてきた。


 冷たく湿った鼻の感触と、フンフンと吹き付ける鼻息の感触がくすぐったい。


 どうやら心配されているようだ。



「大丈夫だ、疲れただけだって」



 抱き寄せて頭をワシワシ撫でてやると、クロは気持ちよさそうな様子で目を細めた。


 その様子を見ていると、だんだんと疲れが抜けてくるのが分かった。


 はあ……マジ癒されるなコイツは。最高かよ。



 心と身体の活力が戻ってくるにつれて、さきほどの出来事が鮮明によみがえってくる。



 魔法少女の襲撃。


 ゴブリン兵とは比べ物にならない本格的な戦闘。


 無傷で生還できたのは奇跡だと思う。



 それにしても、まさかこっち側が魔法少女のいるファンタジー世界(しかも割とデンジャラス)だとは思わなかった。


 まあ、俺が魔眼なんかに覚醒したり魔物が人に憑りついて悪さしてるっぽい世界な時点でそこはお察しか。



 となると、これまで目を向けないでいた問題を直視せざるを得なくなる。


 今回相手に手を出さずに済んだのは、ただの幸運だろう。


 武力で撃退せざるを得ない状況に追い込まれたときに、その手段がないと詰みだ。



 それにマスコットの話しぶりからして、連中よりもずっと強大な存在がいるっぽいし。


 他にも魔法少女がいる可能性だってある。


 そいつらは、あのミラクルマキナとかいう子より強いかもしれない。


 それにこちら側の魔物が、以前遭遇したようなザコばかりだとは限らない。


 ソイツらと遭遇したとき、今日みたいに生き残れる保証はどこにもない。



 強くならなければ。


 真剣にそう思った。



 幸い俺には、成長する『魔眼』がある。クロもいる。


 今よりも、もっともっと強くなれるはずだ。



 うん。


 そう思うと、ちょっと気が楽になってきたな。



 それにしてもあの魔法少女、やたら狂暴な子だったな……


 マスコットもふざけた見た目だったが中身はヤバい感じだったし、連中とは今後はなるべく出会いたくないものである。



 そういう意味では、『鑑定』で彼女が住んでいる場所と通っている学校が分かったのはかなりラッキーだった。


 I市も学校があるT市もここからは多少離れた場所だから、そっちに近づかないようにすれば偶発的な遭遇はないだろう。



 ただ、奴らに襲われたのはダンジョンから自宅まで帰り道だ。


 魔法少女が偶然俺を見つけたのか前々からマークされていたのかは分からないが、行き来するルートを変更することは必要だろう。



 ダンジョンから出てくるところは見られただろうか。


 状況からして、見られている可能性はあるが……それが『ダンジョン』と認識できているかどうかは分からない。


 ただ、同じところを見張っている可能性については何とも言えない。


 現状では、なるべくダンジョンに近づかないのが安全策と言えるだろう。


 いや……待てよ。



「……そういえば、『隠密』はまだ使ってなかったな」



 マナの獲得もかねてダンジョンの敵は通るたびに殲滅してたから、スキルを使う機会がなかったことに今さら気づく。


 ダンジョンの出入りでこのスキルを使っていたら、もしかして魔法少女に絡まれることがなかったかも……と思ったが後の祭りだ。


 まあ明日にでもレベルを上げつつ効果を検証していくことにするか。



 もっとも、そもそも『隠密』があの魔法少女やマスコットに有効かどうかは分からない。


 仮に有効だとしても他の存在に見破られる可能性はある。


 だから、なるべく強くなっておく方針は変わらない。



 で、肝心の強くなる方法だが……基本的には魔眼とスキル強化が軸になっていくのだが、それとは別に戦闘自体の訓練も必要だと思われる。



 ただ、戦闘訓練ってどうやればいいんだ……?


 特に対人の。


 格闘技系のジムとか道場に通う? 剣道場とか?

 

 いや……微妙なところだ。



 となれば、やっぱ異世界に行く必要があるか。



 あっち側ならばゴブリンやオークなど人型の魔物もいるし、ロルナさんやフィーダさんは軍人で白兵戦もできるっぽいから頼みこめば何かしら教えてくれるかもしれない。


 それに、冒険者になるという手もある。


 これは時間的な問題で今は難しいが……選択肢の一つとしては検討すべきだろう。



 よし、今後の方針がだいたい決まったな。



 明日……日曜は、どうにか『隠密』を使い異世界に行ってロルナさんたちに戦闘訓練をお願いする。


 それと並行して、なるべく魔物を倒してマナを稼ぎレベルを上げるようにする。



 あとは……まとまった時間を確保するためにも、やはり有給の取得は必須か。


 できれば来週いっぱい取りたいが、さすがにそれは課長に却下される可能性が高い。


 せいぜい来週金曜の一日……いや木金の二日くらいだろうか。


 もちろん直近は難しいだろう。


 それに自分の仕事もあるので、あまり長期の取得は自分の首を絞めることになるしな。


 もしかしたら、強くなるより有給のやりくりの方が難易度が高いかもしれないな……



 くそ、今日ほど社会人の身分が煩わしいと思ったことはない。


 だが、生きていくためにはそう簡単に仕事を辞めることはできないわけで。


 それより転職することを検討するべきだろうか。


 もっと気軽に休めて残業も少ない、ホワイトな会社に……



 …………。



「はは……こんな状況で仕事のことを考えてるなんてな」



 自嘲気味の笑い声が出た。


 これが正常性バイアスってやつなのだろうか。


 

 まあ、今はどうにか頑張るしかない。



「…………フスッ!」


「……っと」



 と、俺のわき腹にツンツンアタックを繰り返すクロ鼻先の感触で我に返った。


 そこで、俺が玄関に座り込んだままで夕食すら取っていなかったことに気づく。



「あぁ、ごめんごめん。早くご飯を食べようか。今準備するからな」



 そんな感じで遅い夕食をクロと一緒に食べ、シャワーを浴び、すぐにベッドにもぐりこんだ。


 できれば今回得たマナでレベルとスキルに割り振りたかったのだが……そんな余力は残っていなかった。


 とりあえず、それは明日……



 同じ布団にもぐりこんだクロの感触もあってか、眠りにつくのはあっという間だった。




 ◇




《……………………》



《ようやく手がかりの一つが見つかりました》



《ですが……まだ今はそのときではありません》



《それと》



《覚えていないかもしれませんが、貴方に対しては到底返しきれない恩があります》



《ですので、しばらくは貴方の都合を優先させて頂きたく思います》



《ぜひとも、強くなって頂きたいのです》




《…………私の目的を達するためにも》





 夢を見た。


 またあの綺麗な女の人だ。



 言っている意味は、あまりよく分からなかった。




 ◇



 12/24付でなんと現代ファンタジー週間1位、総合週間2位になってました!

 たくさんの方にお読みいただき感謝感謝です!


 今後とも「社畜おっさん~」をよろしくお願いいたします……!

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