第36話 社畜、魔法少女に絡まれる 下

《名前:朝来アサゴ 蒔菜マキナ


《性別:女性 年齢:14歳》


《身長:144cm 体重:38kg》


《干渉不能》


《干渉不能》


《I市在住、T市聖桜学園に通う中学2年生。性格は大人しく、引っ込み思案で意思表示が苦手。友達は少なく休み時間はトイレにこもりこっそり持ち込んだゲーム機でずっと遊んでいる》


《ひと月ほど前に『妖魔』に襲われ致命傷を負うが、『■■■■(干渉不能)』の力で一命を取り留め、力を得た。以後、『魔法少女ミラクルマキナ』として活動中》


《この者ではありません》



 俺の目に、次々と流れてゆく文字列。


 『鑑定』により得られた魔法少女の情報だ。


 これで彼女との対話の糸口を掴みたいと思ったんだが……



 正直、まっっったく役に立たねぇ!



 通ってる学校? そりゃJCだとか見りゃ分かるって!

 

 性格は大人しい?


 どこがだよ! コイツ虎みたいに狂暴じゃねえか!


 名前? 正統派魔法少女だなそれがどうしたってんだ!


 そのほかの情報はありきたりなものでこの場で役に立ちそうもない。



 それに、この子を魔法少女にしたというナニカについては『干渉不能』らしい。


 要するに今の『鑑定』レベルでは確認不可能な情報ということだ。


 それともう一点。


 『この者ではありません』というコメントが気になったが……なんの話だ?


 よく分からんぞ。



 いずれにせよ、相手を怒らせて得た対価としてはかなり渋い結果だ。


 だが、今の俺の『鑑定』レベルではこれが限界だということだろう。


 こればかりはどうしようもない。



「このっ! 絶対に! 殺す! 殺すッ! 死ねッッ!!」



 ただ……しばらく観察していたせいか、俺は魔法少女の攻撃を徐々にだが見切れるようになってきていた。


 それに、彼女は激高しているせいか攻撃が単調になった気がする。


 今や武器をムキになってブンブン振り回しているだけだ。


 速度も威力も増しており当たれば即死間違いなしだろうが、もうあまり恐怖は感じない。



 ……正直、黙らせる・・・・ことなら簡単にできる気がする。



 度重なる魔物との戦闘で鈍麻してしまったのか、相手を制圧・・することに対する抵抗感は自分でも驚くほど薄かった。


 ただ、それをやってしまえば……俺はもう人として生きていくことはできないだろう。


 本能ではない、理性がストップをかける。


 こんなくだらないことで犯罪者になるのはイヤだ……と。



「なんでっ! 当たらないのっ! このセクハラ妖魔がっ!」


「セクハラっ、なんかっ……して、ないっての!」


「うるさい妖魔が喋るな死ね!」


「ご無体なっ!?」



 顔を真っ赤にして武器を振り回す魔法少女。


 相手の底が見えたことで少し冷静になった俺は、彼女の攻撃を躱しながら罵倒と攻撃に付き合いつつ、思考を巡らせる。



 そして、疑問に思った。


 彼女のことじゃない。



 俺たちを取り巻く環境のことだ。



 なぜ、これだけ大騒ぎをしているのに誰も家から顔を出さないのか。


 警察どころか野次馬が集まってくる様子すらない。



 こんな深夜に、女の子の金切り声やら打撃音がそこら中に響き渡っているのに?


 そんなバカな。



 そこで俺は一つの可能性に思い至る。



 この状況……もしかして、何か結界とか施されている?


 あるいは強力に遮音する魔法のようなものが周囲に掛けられている?



 もちろんこっちの世界のマジカル謎パワーのことなんぞ全く分からない。


 だがここまで静かだと、それらの可能性を考えざるを得ない。



 だが、どうすればいい?


 遮音結界の類だと仮定して、それを張っているのは魔法少女か?


 ……いや、違うな。



 明らかに彼女は脳筋系魔法少女だ。


 その証拠に武器をぶん回して俺を攻撃しているが、マジカルなビーム的飛び道具だとか、バフ・デバフのような魔法を使っている形跡がない。



 もしかしたら、俺の魔眼と同様に身体能力強化などのスキルを使用している可能性はあるが……


 少なくとも俺を弱体化させているものではないと思われる。


 俺の身体が重いのは、あくまで現実世界だからだ。



 となれば……そうか、あのマスコットか。



 アイツが黒幕かどうかは分からないが、少なくとも魔法少女よりは状況を打開するヒントを得られる可能性がある。

 

 ……さすがにアイツにまでセクハラ呼ばわりされると微妙な気分になりそうだが……背に腹は代えられない。


 ええい、ままよっ!


 俺はマスコットに視線を合わせて『鑑定』を発動させた。



 《名前:ルーチェ》


 《種族:干渉不能》


 《『■■■■(干渉不能)』による派遣(非正規)マスコット。『干渉不能』であること以外は『干渉不能』。『干渉不能』で『干渉不能』、『干渉不能』となるが『干渉不能』。》


 《干渉不能》


 《干渉不能》


 《干渉不能》


 《この者ではありません》



「なんだコイツ……」



 あまりの異様なステータス表記に、俺は一瞬息を呑んだ。



 マスコットは魔法少女と違い、俺の『鑑定』に気づいた様子はない。


 理由は分からないが、魔物を『鑑定』しても特に反応しなかったことを思えばヤツも魔物寄りの存在なのかもしれない。



 だが、そんなことはともかく……


 どう考えてもこのマスコット……魔法少女なんか比じゃないくらいヤバいだろ!


 少なくとも彼女と比べて情報のガードがあまりに固すぎる。



 どうやら魔法少女よりもマスコットの方が重要度が上だということは間違いなさそうだ。


 ただ、コイツも『この者ではない』らしい。


 何のことかよく分からんが……魔眼的には敵ではないということか?



 と、そのときだった。



「チュッ!?」



 ビクン! とマスコットが痙攣し、動きが止まった。



「ルーチェ?」



 マスコットの異変に気付き、魔法少女が攻撃をやめ、ヤツの方を見る。


 と、マスコット――ルーチェが急に周囲をキョロキョロと見渡し、慌てだした。



「チュチュチュッ! は、はいお疲れ様ッチュ! えっ、視られた? 別に気づかなかったチュけど……えぇっ? もうッチュ!? でもボクの時きゅ……活動限界はまだで……いえ文句など……申し訳ありませんッチュ!」

 


 なんか耳のあたりを押さえながら、街角のサラリーマンみたいにペコペコしだしたぞ。


 察するに、どうも外部通信とか電話的なモノがヤツに入って、それに応対しているようだ。


 俺と魔法少女を見比べて、なんか焦りまくっている。



 その動きは、コミカルを超えて妙に悲哀を感じさせる動きだった。


 どうやらマスコット業界も結構世知辛いようだ……



「……はい、承知いたしましたッチュ! お疲れ様ッチュ! ……ミラクルマキナ、ちょっとストップッチュ! ちょっとなんか上の方が今すぐこの場を撤収しろって言ってるッチュ」



 と、通話(?)を終えたルーチェが慌てて魔法少女のもとに飛んできた。


 当然、彼女は顔をしかめて抗議する。



「はああっ!? あとちょっとなのに!」


「ゴメンッチュ。でも無理ッチュ。あと三分で『力』を強制終了するって言ってるっチュ。そうなったらボクもこの『結界』は保てないッチュ。下手をするとミラクルマキナのエロ可愛い姿が全世界に曝されてしまうッチュ」


「……なんなのよもう! ていうかエロ可愛いって何のこと?」


「っ!? い、今のは言葉の綾ッチュ!」


「チッ……! 仕方ないわね。今日は撤収するわ。……そこの妖魔のおじさん!」



 と話が付いた魔法少女が俺を睨みつけ、ビシッ! と指を突き付けてきた。



「アンタ、顔は覚えたわよ。今度は絶対に殺すから待ってなさい! ルーチェ、行くわよ!」


「あっ!? 待ってッチュ!」



 捨て台詞を残して、魔法少女が跳躍。


 あっという間に夜の闇へと消えていった。


 そのあとを、ふよふよとマスコットが追っていく。



 と、連中の姿が見えなくなった途端、急に周囲から様々な気配がするようになった。


 遠くから聞こえる犬の遠吠え。


 周囲の民家から聞こえるテレビの音や話し声。



 どうやら『結界』とやらは消滅したらしい。


 気が付けば、周囲のクレーターや破壊された塀などもキレイに修復されている。


 いつも通りの、何の変哲もない帰り道だ。



 過程はどうあれ、連中を追い払うことには成功したらしい。


 その事実を認識して、俺はホッと安堵の息を吐いた。



「はあ……なんだったんだアイツら」



 というか。


 顔を覚えられるも何も、こっちは絶対に連中のこと忘れないっての……

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