第35話 社畜、魔法少女に絡まれる 中

「なっ……妖魔のくせに私の攻撃を躱した!?」



 少女――魔法少女が驚いたような声を上げ、俺を見た。


 とても可愛らしい顔立ちの少女だ。


 年齢的には中学生くらいだろうか?


 学校ではさぞかし男子からモテモテだろう。



 だが、俺にとっては明確な脅威としてしか映らない。


 そもそも子供相手になにか感情が湧くということもないが……


 強いて言うのなら、俺……オヤジ狩りされてる!?



 とはいえ、相手はただのコスプレ少女ではないらしい。


 手に持った長い柄の槌は本物だ。



 でなければ、地面に大きなクレーターなんてできない。



 ……てことは、マジの魔法少女!?



 こっちの世界でも魔物を退治したから多少はファンタジーな要素があるとは思ってたけども、こっちもこっちで意外とファンタジーしているらしい。



「あの……俺、変質者とかじゃないんだけど」


「ガルル……!」



 珍しくクロがかなり警戒してるな。


 確かに、これまで戦ってきた魔物と違ってかなり強そうに見える。



 というかもう武器からしてメチャクチャ強そうだ。


 なんたって彼女の背丈より長い柄の大槌だからな。


 あんなのが直撃したら、人体なんて簡単に木っ端みじんになってしまう。


 とはいえ、だ。



「クロ、お前は手を出すな。こっちの世界では、人に対する暴力は犯罪なんだ」



 彼女がこの世界における『普通の人間』なのか、それとも『別の存在』なのかが判然としない以上……こちらから攻撃をしかけて、重傷を負わせたり死なせてしまうのは絶対マズい。


 俺は犯罪者になりたくないからな。



「……フスッ」



 と、クロが唸るのをやめ、代わりに鼻を鳴らした。


 それからタタッ! と猫みたいに跳躍し、塀伝いに近くの民家の屋根に飛び移った。



 まるで俺の言葉が通じているような行動だった。


 というか、前々から思っていたけども……もしかしてクロ、俺の言葉を理解してる……?



 なんか俺の方を向き、「無理するでないぞ」みたいな視線を送ってきているし。


 とはいえ、今はクロの賢さに感動している場合じゃない。


 まずは目の前の魔法少女だ。



「大丈夫だ、俺は負けたりなんかしないよ」



 とりあえず、そう言っておく。



「チッ……ルーチェ、あいつ『擬態型』? それとも『寄生型』? 一緒にいる犬もなんか忍者みたいな身のこなしだけど」


「うーん……分からないっチュ。ていうか、あんな妖魔みたことないっチュよ?」



 一方、魔法少女は舌打ちをしながらこちらを睨みつけ、訳の分からないことを呟いている。


 そして困惑した様子を見せているのは、彼女の隣にふわふわと浮かぶ太ったリスみたいな小動物だ。


 あれは『マスコット』か?


 それはさておき妙にカートゥーンめいた見た目と仕草が妙にイラッとくる。



「は? どう見ても妖魔でしょ! あんな片目が燃えてる人間なんて見たことないわよ」


「でもでも、『書庫アーカイブ』の検索に引っかかってこないッチュ。おかしいッチュ」


「あんたの探し方が悪いでしょ!? もっとちゃんと探しなさいよ」


「うぅ……人使いの荒い魔法少女ッチュ……」



 なにやら魔法少女とマスコットが言い合いをしているが、どうやら力関係は魔法少女が上らしい。


 マスコットがパワハラめいた仕打ちを受けて黄昏たそがれている様子は妙なシンパシーを感じるが、彼(?)を助けてやる義理はない。



 それより、どうやってこの場を切り抜けるかを考えなければ――


 と、その時だった。



「ま、『擬態型』よね。『寄生型』が私の攻撃を見て避けられるとは思えないし」


「……っ!?」



 声は、耳元で聞こえた。


 目の前の魔法少女がいない。



 左側から、貼り付くような殺気。


 とっさに横を見れば、すぐ近くに魔法少女の顔が見えた。



 ウソだろ。


 今の一瞬で距離を詰められたっ……!?



 すでに彼女は長柄の槌を振りかぶっている。


 やばい……っ!



「大人しく私のポイントになりなさい」


「くあっ!?」



 とっさに俺は身体を沈み込ませる。



 ――ボッ!



 直後、空気が爆ぜる音が頭上から聞こえた。


 どうにか俺の頭は無事だ。



 だが、チリッと髪が削れる感触があった。


 そして視界の端にパラパラと舞う数本のマイ毛髪。



「なっ……なあぁっ……!?」



 サァッと血の気が引く感覚がした。


 おい……なんつー真似を……っ!


 この年になると……っ! 命と……毛根が……っっ!! 同価値になるんだぞっ……!



「あはっ♪ いい大人が情けない声なんか出しちゃって……そんなに私が怖いのぉ?」



 そんな俺を見て、嗜虐的な笑みを浮かべる魔法少女。


 くそ、ふざけやがって……!


 だが、魔法少女の猛攻はこれだけでは終わらない。



「ほらっ♪ それっ♪ 逃げても無駄なんだから! ……逃げるなッ!」


「そう、言われてもっ、だなっ……!」



 振りかぶっての薙ぎ払いを躱す。


 頭上からの叩きつけを避ける。


 足払いを躱したところに襲い掛かるフルスイングは背面跳びの要領でギリギリ回避成功。



 次々と超人的な速度と威力で繰り出される彼女の打撃を、どうにか躱してゆく。


 ギリギリでしか躱せない。


 ビュン、ビュンと風圧を受け、俺の髪が……髪がああぁっ!!



「このっ、ふんっ! ちょこ……まかとっ! ポイントが……逃げるなっ!」


「…………ッ!」



 クソ、このドS魔法少女め……!



 つーかなんだよポイントって!


 ゲームのやられキャラじゃないんだぞ!


 心の中で毒づくが、口にする隙はない。


 閉じていないと舌を嚙みちぎってしまいそうだからだ。



 それにしても、クソ、身体が重い……!


 今のところはどうにか躱せているが、やはり現実世界ではダンジョンのようにうまく身体が動いてくれない。


 このままじゃジリ貧だ。



 どうにか起死回生の策を……せめて、この子の弱点とかが分かれば……!


 いや、弱点そのものは分かっている。



 彼女の胸元にあるペンダントが、赤く光っている。そこだ。


 だが素早く動き回るこの状況で狙い撃つのは無理だ。



 そもそもあれを『魔眼光』で撃ち抜けば、そのまま彼女の身体を貫通してしまうだろう。


 重症で済めばいいが、死なせてしまう可能性を考えると躊躇せざるを得ない。



 まあ状況的に間違いなく正当防衛なのだが……年端もいかない女の子を殺めてその論理が本当に通じるのか、俺には判断が付かない。


 ゆえに俺が取るべきは……できれば非殺傷で、対話可能な手段で……



 そうだ。


 まだ使っていない手があった。


 『鑑定』だ。



 これで少なくとも、相手の素性が判明するはずだ。


 正直、人に使うのは絶対にマズいと俺の本能が言っている。



 しかも相手はどう見てもJCだ。


 そんな子を『鑑定』で覗き見るとか、犯罪かどうかはさておいてもいかがわしすぎる行為だ。



 だがこの状況で彼女と対話するための材料を得るためには、どうしても必要だった。


 少なくともこの状況で俺に思いつく最善の手段はそれしかなかった。



 ええい、ままよっ!!



 ――『鑑定』っ!



 俺は暴れ狂う魔法少女に視線を合わせ、スキルを発動する。


 一瞬の間をおいて、目の前に彼女のステータスらしき文字列が浮かび上がり……



「ひゃんっ……!?」



 いきなり魔法少女が変な吐息を吐き出した。


 それと同時に、ピタリと攻撃が止まった。



 そして……



「あんた今、私に何をしたの……?」



 俺を睨みつける彼女は赤面し、涙目だ。


 しかし底冷えするような声色だった。



 それに……今までとは比べ物にならない殺気が彼女から放出されている。


 周辺の空気が歪むほどの濃密な殺気だった。



「…………」



 これ、俺完全に何かやっちゃった感じ……ですよね……?


 ……異世界でロルナさんとかフィーダさん相手に使わなくてマジでよかった。



「このセクハラ妖魔が…………絶対……絶対に絶対に絶対にブッ殺すッ!!!!」



 これ以上ないほど激高した魔法少女が、猛然と襲いかかってきた。

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