第34話 社畜、魔法少女に絡まれる 上

「なんか、普通に売れちゃったな……」



 俺はクロと一緒に砦を出て遺跡へと続く小道を戻りながら、ぼんやりと呟く。


 手には、「せっかくだから」とロルナさんが手渡してくれた金貨入りの革袋を持ったままだ。



 軽く袋を振ってみると、チャリチャリと小気味の良い金属音が響いてきた。


 袋を開けてみると、金色に輝く硬貨が三枚。



「ふふっ……! おっと」



 なぜか笑みがこみあげてきて、俺は慌ててもう片方の手で頬を押さえる。


 やはり金貨のインパクトは凄い。


 500円玉程度の硬貨がたった三枚だけ。


 だというのに、その存在感たるや。


 なんだかもうこれだけでお金持ちになった気がするのだから、もしかしたら金貨にはそういう魔法が掛けられているのかもしれない。



 ちなみに金貨に『鑑定』を掛けてみたところ、



 『ノースレーン王国および周辺諸国で流通している金貨。刻印されている人物はノースレーン王国建国の父、蛮王ザルドニク・ノースレーンである』



 と出てきた。


 この世界における金貨の価値が分かればありがたかったのだが、まあ相場なんて変動するからな……こればかりは仕方ない。



 万年筆の対価として金貨三枚を支払ってもらったあとは、『イーダンの短剣』の話題に移った。


 内容は主に武器商と会う時の段取りだとか、日程の調整だ。


 武器商の方は定期的に砦に武器とか雑貨などを卸しにやってくるらしく、次の訪問が三日後で予定が合わず。


 ただ、そのときに話を通してくれるとのことだった。



 次々回は七日後とのことだったので、そのタイミングで面会する運びとなった。


 ちょうど土日に当たるので一安心である。



 その後はいろいろと、それとなくこの世界や情勢を聞いたりした。


 まず、この砦が森の奥にある『魔界』から侵入してくる魔物を見張るための砦だということ。


 だから、万里の長城みたいに城壁がやたら長く伸びているのだそうだ。


 といっても、険しい岩山だとか峡谷が砦からほど近い場所にあるので、そこに突き当たるまでだそうだけども。



 それと、俺が倒した魔物『オークコマンダー』のこと。


 コイツは『魔王軍』の現場指揮官だったそうだ。


 ていうかこの世界、やっぱ魔王がいるんだな。


 まあ、魔物がいるのだから魔物の王がいても不思議ではないけど。


 ちなみになぜこの砦が襲われていたのかは教えてくれなかったが、代わりに最近はどうも魔王軍の動きが活発になってきているので砦でも警戒を強めていた矢先だったのと、俺が指揮官を討伐したことでどうにか持ちこたえることができた、と話していた。



 そんな時期に、素性の知れない俺を歓迎してくれたうえ取引に応じてくれたロルナさんには感謝しかない。


 もちろん兵士長のフィーダさんもだけど。



 そんなことをつらつら考えながら、遺跡の前までやってきた時だった。



「……フスッ」



 足元で不機嫌そうな鼻息が聞こえた。


 見れば、クロがこちらをじっと見上げている。



「悪い、腹減ったよな。早く帰ろうな」



 すでに昼過ぎだ。


 時差を考えると、現実世界は今、だいたい深夜くらい。


 来る前に昼飯は食べておいたから俺はまだ余裕があるが、クロは空腹が辛くなってくる時間だろう。



 できればもう少し異世界に滞在して、可能ならば砦の先にある村とか街を見て回りたかったのだが……ロルナさんに聞いてみたところ、どうやらこの砦は人里からそこそこ離れた場所にあるらしく、徒歩ならば半日、馬車を使っても数時間はかかるそうだ。


 そうなると、砦と街を行き来するだけでまる一日かかることになる。


 さすがに今回の滞在では無理だ。


 クロのための食糧調達は、そう簡単にはいかないらしい。



 というわけで、今度来るときはできるならば有休を取って滞在したいところだ。


 問題は、その有休をどう取るかなんだよな……


 ウチの会社では有休を取るヤツがほとんどいない。



 理由はシンプル。


 冠婚葬祭以外は課長が却下するからだ。


 正直、完全にパワハラだしブラックそのものなのだが……皆課長が怖くて文句を言えないのでそういう風土が出来上がってしまっている。



 だが……俺は今回、その風土に風穴を開けたいと思う。


 いや、課長怖いけど……ここは気合を入れるべきところだろう。



「……よし!」



 俺は遺跡の転移魔法陣に乗りながらパチンと両頬を張った。




 ◇




「……さっむ!!」




 ダンジョンの魔物を倒しながらダンジョンを抜け、現実世界へ。


 時刻は深夜一時すぎ。


 立ち並ぶ雑居ビルの間を冷たい風が吹き抜けてゆき、俺は思わず首を縮めた。


 異世界は季節のせいかかなり温暖だったから、余計にこちらの寒さが身に染みる。


 さっさと家に帰ろう。



 と、思い歩き出した瞬間。



「ガルッ!」



 足元でクロが小さく唸り声をあげた。



「どうしたクロ?」



 腹が減りすぎて抗議の声を上げたのかと思ったが、どうやら違うようだ。


 クロは毛を逆立てて、俺を通り越して……真上を見ていた。



「……なんだあれ?」



 見上げれば、月夜の下、黒く浮かび上がる電柱の頂上に。


 長い髪をなびかせた、小柄な人影が立っているのが見えた。


 手には、何か巨大な鈍器のようなものを持っている。


 …………??



 最初はそういう飾りかと思った。


 もちろん違う。


 ハロウィンはもう一月以上前のことだ。


 クリスマスは近いが、サンタの人形ではない。



 『人影』はゆらりと傾き、電柱の上から落下するように見え――



 消えた。



 背筋に強烈な寒気が走る。


 これは……殺気!?



 同時に左目がチリチリと疼いた。


 視界の半分があかく染まる。


 久しぶりの灼熱感。


 スキルで魔眼の色を解除していたのに、強制的に戻りやがった!


 クソ、なんだこれ!



「くっ……マジかよっ!?」



 フィーダさんに飛ばされたものどころではない、強烈な殺意が俺の全身にまとわりつく。


 それが耐え難いほどに強くなった。


 ここにいるとヤバい……!


 反射的に、俺はクロを抱えてその場所から飛びのいた。



 ――ズガン!



 次の瞬間。


 人影が勢いよく降ってきて、地響きとともにさっきまで俺のいた場所にクレーターができた。


 それをしでかしたのは――



 電灯の明かりに照らされ、『彼女』の姿が浮かび上がる。


 フリフリの衣装。


 派手なピンクのツインテール。


 歳は十三、四くらいだろうか。


 彼女の周辺には、冬眠前のリスみたいな丸い小動物が浮かんでいる。



 そして手に持っているのは、長い柄のハンマーだ。



「…………魔法少女!?!?」



 ソイツは、そうとしか思えない衣装を身にまとった小柄な少女だった。




 ◇



 本日付けの近況ノートで、最近コメント欄で多く寄せられる

 質問・疑問点などをまとめてみました。

 よろしければご一読ください。

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