第30話 社畜、緊張する

「……!? おい、これは……マジかよ」



 短剣を見たフィーダさんの顔つきが変わった。


 さきほどまでとは打って変わって、彼のまとう空気が真剣なものに変わっている。



 も、もしかして俺……やっちゃいました?



「すまん、ヒロイ殿。こいつを詳しく見せてもらっても構わないか?」



 そう申し出てくるフィーダさん。


 しかしながら、表情の割にはさきほどのロルナさんのような圧はない。


 どちらかというと、真剣というよりは困惑している……と表現するのが正確かもしれない。



「ええ、どうぞ」


「では、お借りする。……騎士殿」


「うむ」



 うわ……ロルナさんまで同じ表情になってるよ……



「あの、何か問題でも――」


「「すまない、ヒロイ殿は少し黙っていてくれないか」」


「アッハイ」



 なんかロルナさんとフィーダさんの声がシンクロした。


 えぇ……その短剣、実はヤバいブツだったりするの?


 どう見ても普通な感じの短剣、といった趣なんだが……



 それに『鑑定』の結果でも、この国で一般的に生産されている短剣だそうだし。



「――で、――――のだぞ」


「――――、――――か」



 ロルナさんとフィーダさんは真剣な顔で短剣をいろいろいじくり回し、あれこれ話し合っている。


 ちなみに二人の会話はこちらに聞こえないようヒソヒソ声なのだが、ぶっちゃけ丸聞こえだ。


 どうやら『身体能力向上』スキルが良い感じに仕事をしてくれているらしい。



 しかしながら、内容はほとんど分からなかった。


 なぜなら俺が、向こうの地名とか時代とか人名とかについて全くの無知だったからだ。


 いちおう、内容から察するに短剣の年代とか銘とかについて意見を出し合っているように聞こえるのだが……それ以上のことは分からない。



「すまないヒロイ殿、待たせた。……この短剣についてひとつだけ、貴殿に聞きたいことがある」



 そうやってしばらく話し合っていた二人だったが、なにがしかの結論に達したらしい。


 神妙な様子で俺の方を向き直り、ロルナさんがテーブルに短剣をゴトリと置いた。



「この短剣はどこで手に入れたのだろうか?」



 ……うん。


 まあ二人の様子から、聞かれるとは思っていた。


 ここで誤魔化すことはできなくないのだが……それはおそらく悪手だ。



 そもそも俺は副業を成功させるためにもロルナさんたちと良好な関係を築きたいと思い、この場に臨んでいる。


 曖昧に答えたり誤魔化すような態度を取ることは、彼女らの信頼を損ねることになる。



「もちろん、お答えするのはやぶさかではないのですが……」



 とはいえ、である。


 ここまで真剣な様子で迫られると、俺も自分の発言に注意を払わざるを得ない。


 それに、なぜ二人がここまでただの短剣(と思われる)について聞いてくるのかが気になる。



「その前に、この短剣について教えて欲しいのです。実はこれ、知人から譲り受けたものでして」



 もちろん正確には、ダンジョンのミミックがドロップした武器なのだが……『嘘も方便』というやつである。



「……知人、か。まあいいだろう。そういうことで話を進めよう」



 ロルナさんは俺の話を完全に信じ切っていないような口ぶりだったが、特に突っ込んだりする様子はなかった。


 彼女が続ける。



「この短剣は『イーダンの短剣』という」


「イーダンの短剣、ですか」



 そんな名前だったのか、コイツ。


 『鑑定』はそこまで詳しく教えてくれないから、知らなかった。


 もう少しレベルを上げたら分かったかな?


 マナはそれなりに溜まっているはずだから、他のスキルより優先して『鑑定』を上げていくか。



 それはさておき。


 ロルナさんがさらに続ける。



「これの元々の所有者は、かつて千人もの無法者を率いたイーダンという名の大盗賊だ」


「大盗賊ですか」


「冒険者の職業に『盗賊職シーフ』ってのがあるのも、大盗賊イーダンの冒険譚からだったよな」



 フィーダさんが横やりを入れてくる。


 というかこの世界、やっぱ冒険者とかもいるのか。


 夢が広がるな。



「兵士長、しばらく黙っていてくれないか。話の腰が折られる」


「へいへい」



 ロルナさんは説明を一気にしたい性格らしい。


 フィーダさんは肩をすくめつつ口を閉じた。



「話を続けよう。大盗賊イーダンはこの短剣をあしらった旗を掲げ、当時はほとんど未踏の地ばかりだった『魔界』を冒険し、わが国――ノースレーン王国の国土の拡張に多大な功績を残した。英雄の定義を『国に莫大な富と利益をもたらした者』とするならば、彼は間違いなく英雄だ」


「しかし同時に、我が国――ノースレーンの国土や周辺諸国を荒らしまわり多くの人々から財産や生命を奪った。そして最終的にイーダンは王国騎士団に捕縛され処刑されることとなったのだ。この国の住人ならば、子供でも知っている逸話だよ」


「……この短剣にそのような逸話があるのは理解しました」



 なんというか、イーダンという人物は俺の世界でいうところの海賊とかヴァイキングみたいな人物だったようだ。


 ただ……『鑑定』によれば、この短剣自体はありふれたものとのことだった。


 たしかに壮大な話ではあるが、真剣な様子で逸話を説明するほどのことなのだろうか?



 俺は短剣を眺めながら続ける。



「この形状の短剣自体は、大して珍しいものではないですよね? 少なくとも私は、知人(鑑定のことだ、嘘も方便である)からそう伺っておりますが」


「ああ、そうだな。確かに、ヒロイ殿の言うとおり、この短剣はありふれた武器だった・・・



 彼女はそう言って頷いた。


 同時に俺は違和感を覚える。



 ……『だった』?



 俺の表情から、ロルナさんは怪訝な様子を読み取ったようだ。


 彼女は「ふむ」と軽く頷く。


 それから苦笑しながら先を続けた。



「その短剣がありふれていたのは、五百年前・・・・のことだ。この短剣はもう、製法すら失われた過去の遺物なのだよ。だから、もしこの短剣が本物ならば私のような素人ではとても値など付けることはできない。おそらく、ざっと見積もっても金貨五十枚はくだらないだろうが……」


「甘いな騎士殿。俺の見立てでは金貨七五枚ってとこだな。ここの砦主ならば喜んで払ってくれるだろうが、俺や騎士殿の報酬程度じゃとても買い取れん。いずれにせよ、正式な鑑定が必要だ。さすがに証文付きでないと、いくらコイツが本物でも誰も買い取ってくれないぜ」


「うむ。少なくとも街から、きちんと鑑定できる武器商を呼び寄せる必要があるな」



 ……マジか。



 俺にはこの世界の物価なんぞ分からないが、金貨ウン十枚ってのがかなり高価だということくらいは分かる。


 しかもロルナさんやフィーダさんのポケットマネー程度では手が出ない代物らしい。


 おそらくだが、日本円に換算しても数百万円単位の価値があるということになるだろう。



 これは参った。


 気軽に「ほい、100ゴールドね」みたいな感じで終わると思ってたんだが……


 なんだかとんでもないことになってしまった。



「……ヒロイ殿。私は人を見る目がある方だと自負している」



 ロルナさんはためらいがちに、しかし俺の目をしっかりと見据えて続ける。



「貴殿が商人としても一人の人間としても誠実な人物だということは、私にも分かる。だからこそ、聞かざるを得ない。……この『イーダンの短剣』をどこで手に入れたのだ?」


「……………………」



 俺は黙った。


 さすがに黙らざるを得なかった。



 そしてまず、こう思った。



 …………オイ鑑定イィィ!!!!




※時系列について違和感を覚えた方のために、本日付の近況ノートで補足しておきました。興味があればご一読ください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る