第29話 社畜、商談をする

 城壁の中は、いかにも中世ヨーロッパの砦という感じだった。


 もちろんドイツの某お城みたいな綺麗な方ではなく、武骨な要塞の方だ。



 通路は殺風景な石積みで、曲がりくねっているせいで見通しがきかない。


 たまに通る中庭は上こそ開けているものの圧迫感のある高い石壁に囲まれていて、上には兵士たちが慌ただしく動き回るのが見えた。


 たぶん、ここは敵が攻め入った時に矢とかを浴びせて一網打尽にするような目的で設けられた場所なのだろう。



「ヒロイ殿、こちらへ」



 ロルナさんに案内されるがままに、ついていく。



 行く道すがらすれ違った兵士の皆さんには、出くわすたびに驚いたようにジロジロ見られた。


 まあ、戦闘が終わったかと思えばいきなり妙な風貌のヤツが砦内を歩いていたらビックリするのも無理もない気がする。


 ……とはいえ視線の先は俺と俺の足元を行き来していたから、もしかしたら犬を連れたヤツが珍しいだけなのかもしれない。



 そんな感じでしばらく砦の中を歩き、奥まった場所にある小部屋に通された。


 ダンジョンみたいな殺風景な石造りの部屋で、広さは六畳間程度。



 家具は、簡素なテーブルと粗末な椅子しかないものの、三人で入るとめっちゃ狭い。


 それと、かなり薄暗い。



 一応壁面に明かり取り用の窓があるが、かなり小さくほとんど照明としては役に立っていない。


 主な光源は、壁に掲げられた松明の弱々しい明かりだ。



「すまないヒロイ殿。この砦は来客用の部屋を準備していないのだ。私も心苦しいが、ここで我慢してほしい」


「いえいえ、お構いなく。こちらこそ押しかけてきてしまってすいません」



 ちなみにフィーダさんは扉の脇に立って俺たちの様子を無言で眺めている。


 彼はロルナさんの護衛兼、俺の監視役ってところだろうか。



 まあロルナさんにしてもフィーダさんにしても俺が竜とオークコマンダーとかいう魔物を倒した以外の素性なんて知らないわけだし、砦内まで通してくれたのは破格の扱いだと思う。


 俺も二人に不安を抱かせないよう、うまく立ち回るようにしなくては。



 ちなみにフィーダさんの視線は頻繁に俺と俺の足元でリラックスしたように寝そべるクロを行き来している。


 俺には鋭い視線を投げかけてくる反面、クロを見るときはニヨニヨ気色の悪い笑みを浮かべているし、どんだけ犬好きなんだこのオッサン。



「それで、ヒロイ殿。貴殿はこの砦に何を売りに来たのかな?」


「ああ、そうでしたね。まあ、基本的には雑貨などですが……お近づきのしるしとして、取り扱っている品の中からこちらをロルナさんに差し上げようと思います」



 言って、俺はまずリュックから万年筆を取り出した。


 これはロルナさんへの贈り物として購入した、結構値の張るやつだ。



「これは……ペンの類だろうか?」



 ロルナさんは万年筆を受け取ると、不思議そうな様子で眺めている。


 この世界と言うか国の文明度によっては、もしかしてこの程度では驚かないかな……と思ったのだが存外悪くない反応だ。



 万年筆をペンと察することはできるが、あまりこの形状は普及していないようだ。


 となると、普段は羽ペンとかを使っているのだろうか。


 鉛筆はあるのかな?


 なんとなくありそうに思えるが、その辺は分からない。


 

 とりあえず、羽ペンあり、鉛筆もありそう……と仮定して話を進めてみる。



「はい。私ので普及しているインク式のペンで、『万年筆』と言います。普通の羽ペンなどに比べるとインクをいちいちつけなくてもいいので便利ですよ」


「ほう……それはどういう意味だ? ペンのインクが乾きにくい、という意味か?」



 お、なんか知らんけど妙に食いつきが良いぞ。


 ただ、半信半疑な様子ではある。


 とりあえず説明を続ける。



「いえ、むしろ普通のものよりインクは乾きやすいと思います。この『万年筆』の特徴は、羽ペンなどと違って胴の内部にインクが入っているため、常にペン先にインクが供給される構造になっています。なので、インク切れを気にせず書くことができるんですよ。……ほら、こんな感じです」



 俺はあらかじめデモンストレーション用に準備していた万年筆と紙(コピー用紙はマズい気がしたので、念のため粗めの和紙にしておいた)を取り出すと、サラサラと書いてみせる。



「……!?!?」



 そんな様子を眺めていたロルナさんに変化が起こった。


 さきほどまでは「ふーん?」みたいな様子だったのに、今や俺がペンで書くその手先を食い入るように見つめている。



「と、こんな感じです」


「なん、と……まさかこのような魔法のごときペンが存在するとは!」


「!?」



 いきなりロルナさんが大声を上げたので、思わずビクン! としてしまう。


 だが彼女は心底嬉しそうな笑みを浮かべながら、先を続ける。



「ああ、驚かせてしまってすまない。実は私はこの砦の事務を担当していてな。日々大量の書類を捌かねばならない立場なのだ。そうなると、書類を書くたびにペン先をインク壺に漬け込まなければならないからな。もう慣れたとはいえ、何度も何度も同じ動作を繰り返していれば肩も凝るしたまにインクをつけすぎて書類を汚すしで……そのわずらわしさから解放されるというのならこれほどありがたいことはないのだよ!」


「そ、そうだったのですか」



 なんかロルナさん、ホクホクしてるのに圧が凄い。


 めっちゃ早口だし。


 そっか……よく分からないけど、この人も意外と苦労人のようだ……



「それで、このペンはいくらで売ってくれるのだ!?」



 だから圧がすごいって。


 ただでさえ狭い部屋なのでテーブル越しに身を乗り出されると、のけぞるスペースがほとんどない。


 ていうか顔近っ!


 ていうかこの人、近くで見てもめっちゃ美人!


 とはいえ何とか顔に出さずにやりすごす。



 ……で、フィーダさん。


 アンタはなんで顔を背けてプルプル肩を震わせてるんですかねぇ?


 この人絶対俺たちのやり取り見て楽しんでるだろ!


 

 ……まあいい。


 それはさておき今はロルナさんだ。



「あの、どうか落ち着いてください。……さっきも申し上げましたが、それはお近づきのしるしです。どうぞお使いください」


「ホントかッ!? ありがとう、ヒロイ殿! やはり貴殿を招いてよかったよ」


「お、お役に立てて何よりです……」



 いやホント。


 文明の利器の力なのかはともかく、ファーストコンタクトは無事にクリアでいいのかな……これは。



「で、ヒロイ殿。あんたが面白いモノを売りに来たのは分かった。で、他の商品ってのは何なんだ? 雑貨売りってのは分かったが、何か良い感じの武器とか売ってないのか?」



 と、横やりを入れてきたのはさきほどまで無言(笑っていたが)だったフィーダさんだ。


 どうやらロルナさんの反応が良好だったので彼も興味を持ったらしい。



 まあ、一応彼が興味を引きそうなものは持ってきている。


 というか、こっちが本命だ。



「もちろんです。とはいえ、お気に召すかどうかは分かりませんが……」



 言って、俺はリュックから短剣を取り出した。


 ダンジョンのミミックが落としたヤツだ。


 魔物との戦闘などでちょっとだけ使ってしまったが……傷もないし、問題ないだろう。



 と、思ったのだが。



「……!? おい、これは……マジかよ」



 と、短剣を見たフィーダさんの顔つきが変わった。




 も、もしかして俺……やっちゃいました?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る